第8話 仲をさらに深めてみた

 限界を超えた疲労感と共に意識が浮上した。

 娼館で目覚めた俺は、昨晩の記憶を振り返る。


 嫉妬によるものか、ビビはとてつもなく激しかった。

 何度も求められたので、俺もそれに応えた。

 結果として瀕死状態に陥っている。

 心身が満ち足りた感覚があるが、それ以上に倦怠感が凄まじい。

 このまま半日くらいは寝たきりになりたかった。


 右側にはビビが抱き付いている。

 彼女は安らかな顔で熟睡していた。

 心なしか、肌が艶やかになっている。


 喉が渇いたが、起き上がるのも面倒だ。

 何もできずに横になっていると、額を軽く叩かれた。

 視界の端にハーフエルフの娼婦ミナがいた。

 彼女は俺の頬をつまんで引っ張る。


「そろそろ起きな。こっちも仕事が待ってるんだ」


 俺はビビが目覚めないように注意しつつ、上半身だけ起こした。

 そして頭を掻きながらミナに謝る。


「……色々とすまない」


「別に気にしなくていいよ。あんたは悪くないしね。ただ、女の嫉妬の怖さは思い知ったんじゃないかな?」


「まったくだ。これからは夜遊びできそうにない」


 俺は肩をすくめる。

 すると、ミナが首に手を回して身を寄せてきた。

 彼女は耳元で囁いてくる。


「寂しいことを言わないでおくれよ。内緒で来たらいいじゃないか。そういう男は多いよ。別に構いやしない――」


「臭いでわかる」


 冷静な声が雰囲気を打ち破る。

 ビビが起きていた。

 俺とミナを瞬きせずに凝視している。

 場の空気が凍り付いていた。

 耐え切れなくなった俺は、とりあえず挨拶をする。


「おはよう」


「うん。おはよう、ご主人」


 起き上がったビビはミナの前に移動した。

 何をするつもりだろうか。

 どうか喧嘩だけはやめてほしい。

 そう願っていると、ビビは真剣な顔で話しかける。


「ねぇ」


「ん? 何か用かな」


「技を教えて」


 ビビの言葉を聞いたミナは意外そうな顔をした。

 それから少し考え込み、慎重に確認する。


「技って……夜の技だよね」


「うん。ご主人を虜にしたい」


 ビビは前のめりになって頷いた。

 予想外の展開だが、まあ納得はできる。

 困り事は本職に聞くのが手っ取り早いだろう。

 嫉妬とは別に、ビビは今後のための情報収集を試みているのだ。

 なかなかの策士である。


 頼み込まれたミナは微笑した。

 ビビの心境を察した彼女は、顎を撫でつつ回答する。


「タダじゃ無理だね」


「ちゃんとお金を払って指名する」


「それはいい。物分かりが良い子は好きだよ」


 ミナがビビの頭を撫でる。

 されるがままのビビは、目を細めて嬉しそうにしていた。

 なぜか今のやり取りで意気投合したらしい。

 よく分からないが、喧嘩になるよりマシだと考えるべきだろうか。


 その後、俺とビビは退店のための支度をする。

 去り際にミナから「大事にしてあげなよ」と言われた。

 なので俺は「当然だ」と答えておく。

 ビビのことは気に入っている。

 見捨てるつもりは欠片もなかった。

 これからも仲良くやっていきたいと考えている。


 娼館を出ると、すぐさま客引きの男が駆け寄ってきた。

 まさかずっと待っていたのだろうか。

 彼はすっかり気弱な様子で頭を下げてくる。


「すまん、兄貴。俺のせいで迷惑をかけちまった」


「気にするな。娼館通いは事実だったんだ」


「でも余計なことを言ったのは事実だろ。謝りたかったんだ」


 客引きはまったく引こうとしない。

 よほど反省しているのだろう。

 根は真面目なので、自分の軽口が問題を起こしたことを気にしているようだ。

 どう落ち着かせようか考えていると、客引きは懐から指輪を取り出す。

 彼はそれを俺に押し付けてきた。


「こいつは防壁を張る魔道具だ。どっかの商人から賭博で巻き上げたんだが、俺には使い道がない。兄貴なら上手く活用できるんじゃないかな」


「さすがに貰えない。絶対に高いだろこれ」


「気にしないでくれ。日頃の感謝も込めてるってことで……」


 断ろうとする俺に対し、客引きは一向に意見を譲らない。

 そこにビビが加勢してきた。

 彼女は俺を見上げて言う。


「貰えばいいよ」


「そうそう、ビビの姐さんも言ってることだし。申し訳ないと思うなら、また飲みに誘ってくれよ。それで奢ってくれればいいさ」


「……分かった。ありがとう、大切に使わせてもらう」


「へへ、兄貴の力になれて光栄だぜ」


 客引きは誇らしそうに言って立ち去った。

 俺は受け取った指輪を懐に仕舞う。

 魔道具が冒険に役立つのは事実なので、しっかり使わせてもらおうと思う。

 ここは素直に感謝するのがいいだろう。


 俺とビビは歩き出す。

 夜明けの街はまだ人が少ない。

 涼しい空気が心地よかった。

 空を仰いだビビは俺に笑いかける。


「また一緒に来ようね」


「娼館にか?」


「うん」


「また他の女に見せつける気か」


「悪くなかった」


 ビビがおかしな性癖に目覚めた気がする。

 そのことに触れず、俺は別のことを提案した。


「どうせなら三人で楽しんでもいいんじゃないか」


「だめ。ご主人を独り占めしたい……でも、こっそりなら浮気もいいよ」


「なぜだ」


「ご主人を束縛したくない。あと、他の人に取られない自信がある。きっと私のところに戻ってきてくれる」


 ビビは自信満々に言う。

 珍しく流暢に喋ったと思ったら、かなり強気な発言だった。

 まあ、あながち間違っていない。


「気遣ってくれて助かる」


「わがまま言ってごめんね」


「これくらいはどうってことない。何かあれば遠慮なく言ってくれ」


「うん」


 手を繋いだ俺達は、ゆっくりと宿屋への帰路を辿るのだった。

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