第7話 二人で散歩してみた

 酒場を出た俺とビビは夜の街を散歩する。

 別に宿に直帰してもよかったのだが、なんとなく歩きながら話したい気分だったのだ。

 酔い覚ましにもちょうどいいだろう。

 すっかり暗くなった通りを二人で進む。

 俺は前を向きながら話を切り出した。


「派手にやってしまったな。すまない、選ぶ店を間違えた」


「私こそごめんね。我慢できなかった」


「仕方ないさ。あれは俺だって無視できない」


 あの冒険者の言動は酷かった。

 無視し続けるのは不可能だ。

 どのみち向こうから暴力を振るってきたに違いない。

 だからビビの対応は正解である。

 殴られるくらいならば、こちらから先手を打つべきだ。

 それで怪我をせずに済むのだから。


 ビビが俺の腕にしがみ付く。

 酒とは違う甘い香りが広がってきた。

 彼女は上目遣いに俺を褒める。


「ご主人、かっこよかったよ」


「毒をぶちまけただけだ。卑怯すぎるだろ」


「卑怯じゃない。穏便に解決した」


 ビビは強めの口調で主張する。

 果たしてあれが穏便だったのか。

 些か疑問が残るものの、ビビはそう解釈したようだ。


 まあ、死人が出なかったのは良かった。

 いくら乱暴者の冒険者でも、殺してしまうのは不味い。

 正当防衛の域を逸脱しているだろう。


 日頃から無力化用の毒を持ち歩いていて良かった。

 仕事柄、咄嗟に使える道具は揃えてあるのだ。

 突出した実力がないからこそ、俺は備えを欠かさないのである。


 ビビが何かを思い出したように手を打った。

 それから不安そうな表情になる。


「お金、大丈夫? 私、たくさん飲んじゃった」


「ちょっと散財したな。また稼がないといけない」


 俺は財布の中を覗く。

 飲食代に加えて、迷惑料を払ったのも大きい。

 またギルドで依頼をこなさないと生活が危うかった。


 もっとも、俺はそこまで焦っていない。

 ビビと一緒なら大金を得るのもそこまで難しくないからだ。

 今までは避けてきた魔物の討伐もできるし、迷宮の深い階層まで探索できる。

 その分だけ稼ぎが増えるのだ。

 生活費くらいは簡単に貯まるだろう。


 ビビは申し訳なさそうな様子で頭をすりつけてくる。

 まるで小動物のような仕草だ。


「ごめんね。がんばって働く」


「気にしなくていい。また一緒に迷宮に潜ろう」


「うん」


 何も考えずに歩いていると、周囲の風景がだんだんと変わってくる。

 怪しげな雰囲気の店がそこかしこに並んでいた。

 いつの間にか娼館が集まる区画に入っていたらしい。


 ビビは興味深そうに見回しているが、散歩に適した場所ではないだろう。

 道を何本か外れれば別の区画に出られる。

 さっさと通り過ぎるべきだ。

 そう考えた時、客引きの男が話しかけてきた。


「やあ、兄貴。久しぶりじゃないか。今日は女連れかい」


「ああ……」


 俺は目をそらしながら応じる。

 間の悪いことに、相手は顔馴染みの客引きだった。

 一緒に酒場巡りをしたこともある仲だ。

 最近は会っていなかったが、元気そうで何よりであった。


 いや、そうではない。

 俺は腕に抱き付くビビを見る。

 先ほどまで上機嫌だったビビが無表情だ。

 全身から冷気のようなものを発しており、迂闊に話しかけられない。

 どうしたものかと思っていると、彼女から質問してきた。


「来たことがあるの?」


「付き合いで仕方なくだけどな」


「おいおい、嘘を言うなよ。お前さんは常連だろうが。お気に入りのミナが出勤しているがどうする。少し寄っていくかい?」


 客引きが余計なことを言う。

 ここが迷宮なら事故を装って攻撃しているところだ。

 意地の悪い顔をしているので、こいつはわざとやっている。

 ちょっとしたイタズラのつもりかもしれないが、俺からすると死活問題だった。


 突如、ビビが俺の手を引っ張って歩き出した。

 その先はなぜか娼館だった。

 困惑する客引きを視線で黙らせて、ビビは俺を引きずるように運ぶ。


「行くよ」


「お、おい。ちょっと待ってくれ」


 止めようとしても無駄だった。

 俺は強引に娼館へと入らされる。

 ビビは受付で淡々と話を進めていた。

 やはり当惑気味の店員に要望を告げる。


「ミナを指名する」


「じ、時間はどうされますか」


「一晩でお願い」


 そのまま案内された部屋には、蒼い髪の美女がいた。

 ハーフエルフのミナだ。

 何度か世話になったことがあり、まとまった金が入った時はよく利用していた。

 ミナは妖艶な笑みを湛えて俺達を部屋に招く。


「へぇ、珍しいお客さんだね。三人での遊びを希望かな」


「違う」


 ビビのぴしゃりと否定する。

 彼女は俺をベッドに放り投げると、その上に容赦なく圧し掛かってきた。

 俺の胸板を押さえるビビは、立たされたままのミナに言う。


「二人でするから見てて」


「えっ、それでいいの」


「うん」


 ビビは頷いてから俺に視線を戻す。

 暗い部屋の中で、彼女の双眸は独特の色を見せていた。

 嫉妬と発情が入り交じっている。


「なあ、ビビ」


「何も訊かないで」


 ビビが遮るように言った。

 彼女はそっと顔を近付けてくる。

 甘ったるい酒の香りが鼻腔をくすぐってきた。


 だんだんと俺もその気になってくる。

 状況的に仕方ないだろう。

 理性が降参寸前であるのと自覚しながら、俺はやんわりと提案する。


「なあ、どうせならミナとも――」


 ビビが情熱的なキスをしてくる。

 俺は何も言えなくなった。

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