第5話 贅沢をしてみた

 その日の夜、俺とビビは街の酒場へ向かった。

 稼いだ分でご馳走を食う話になったのだ。

 二人で迷宮を探索した記念日でもあるので、少しくらい贅沢をしてもいいだろう。

 ビビがいれば効率よく稼げることも判明したため、出費に関してもそれほど痛くない。

 ギルドから依頼達成の報酬を貰った俺は強気になっていた。


 酒場はほぼ満席に近かった。

 通りに面した立地で、酒も料理も安いので人気なのだ。

 俺も金に余裕がある時は利用している。

 盛り上がる客を見たビビは、少し驚いた顔になる。


「にぎやかだね」


「どいつも酔っ払っているからな。騒がしいだろ」


「でも楽しそう」


 ビビはふんわりと微笑んだ。

 うるさい雰囲気が苦手なら店を変えるつもりだったが、杞憂だったようである。

 俺達は店の端にあるテーブルを確保した。

 ビビと向かい合うように座ってから尋ねる。


「酒を飲んだことはあるか」


「ないよ」


「そうか。じゃあ最初は弱めのやつを頼もう。色々と飲んでみて、気に入ったものを探せばいい」


 俺は給仕を呼んで酒と料理を何品かずつ注文する。

 ビビが飲めなかった分の酒は俺が貰えばいい。

 特に嫌いな種類が無いので問題ない。

 料理はビビの希望を聞きつつ頼んでみた。

 彼女が興味を持ったのは魚や肉を使った味の濃い料理だった。

 どれも酒との相性が良く、なかなか的確な選択である。


 雑談をしていると料理と酒が運ばれてきた。

 ここの酒場の名物と言えるタレの香りが広がる。

 それだけで空腹が刺激された。

 肉が焼けて油の弾ける音も耳を楽しませてくれる。


 素晴らしい。

 やはりこの店を選んで正解だった。

 心の内で称賛しつつ、俺はビビと乾杯をする。


 ビビが手に取ったのは果実酒だった。

 慎重な動きで飲むと、彼女は少し笑って二口目に移る。


「甘くておいしい」


「そうか。こっちはどうだ」


 俺は自分の酒を渡す。

 麦を発酵させたもので、鼻を通る香りと喉越しが抜群なのだ。

 受け取ったビビは嬉しそうに飲んだ直後、口を曲げて悲しそうな顔になる。


「苦い……」


「甘い方が好みらしいな」


「うん」


 ビビの好みが分かったところで、次々と追加注文をしていく。

 酒は甘めのものを重点的に選んだ。

 料理をつまむビビは、一定の速度で飲み干していく。

 頬が少し赤らんでいるが、特に気分が悪くなったりはしていない。

 獣人族は酒に強いらしい。


 ビビがこれまで飲んだ量を計算してみる。

 普通ならぶっ倒れてもおかしくない状態だった。

 そして、金銭的にも危険域に達しそうである。

 さすがに報酬が残らず消し飛ぶ展開は避けたい。

 酒を置いた俺は、やんわりとビビに告げる。


「そろそろ止めるか」


「まだ飲む」


「無理しないでくれよ」


「大丈夫」


 微笑むビビはテーブルに残る酒を空にしていく。

 料理よりも酒が優先のようだった。

 奴隷である彼女にとって、飲酒はそれほど未知の経験だったのだろう。


(今晩くらいは満足するまで止めないでおくか)


 俺は財布の防衛を諦めて肉料理を頬張る。

 その時、背後から粗暴な声がした。


「おう、見ない顔だな。新入りの冒険者か?」


 どうやら俺達に話しかけているらしい。

 振り向くとそこには、屈強な体躯の冒険者が立っていた。

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