第4話 依頼をこなしてみた

 俺はゴブリンの死体を見下ろす。

 片手にナイフを握っていた。

 刃は短いものの、それなりに砥がれている。

 殺傷力は十分だろう。

 ゴブリンの手からナイフを引き剥がした俺は、それをビビに差し出す。


「これも使うか。ビビの戦い方に合いそうだ」


「うん。貰っておく」


 ビビは剣とナイフを左右の手に持って構える。

 予備の武器にしてもらうつもりだったが、二刀流にするらしい。

 素振りする姿に不慣れな感じが無いので訓練済みなのだろう。


 ゴブリンの倒し方で確信した。

 ビビは戦闘奴隷として優秀である。

 冒険者の活動の手伝いは建前に過ぎなかったが、これは本当にありがたいかもしれない。

 今後、二人分の生活費を稼ぎ続けるのは難しくないだろう。

 あの奴隷商には礼を言わなければならない。


 俺はゴブリンの死体を仰向けに転がして、自前の道具で目玉をくり抜く。

 納品依頼の一つにゴブリンの目玉があったのだ。

 滋養強壮の効果があるのだという。

 以前、目玉を材料に入れたポーションを飲まされたが、不味すぎて即座に吐いた。

 健康になるとしても、あの味では割に合わないと思う。

 しかし、納品依頼として出される程度には需要があるらしい。


 目玉を回収した俺は、ついでに周囲の薬草を採取する。

 俺の作業に気付いたビビが尋ねてきた。


「それも依頼?」


「違う。持ち帰って調合して傷薬にするんだ。専門職じゃないが、それくらいなら俺にもできる」


 塗り薬として加工すれば、いざという時に命を救ってくれる。

 冒険者という仕事は、些細な負傷が致命的な結果を生む場合がある。

 手軽な治療手段があるだけで心の余裕が違ってくる。

 しっかりと備えを作っておくのは必須なのだ。


 この薬草なら、回復ポーションにしても便利だ。

 効能が若干落ちるものの、飲んだり浴びるだけでも傷の治りが良くなる。

 鎮痛や解毒作用もあるため、仕事の際は必ず何本か所持するようにしている。


 そういったことを説明すると、ビビは感心した顔になった。

 彼女は薬草採取を手伝いながら言う。


「器用だね」


「正確には器用貧乏だ。なんでも人に頼むと、いくら金があっても足りないからな。最低限のことは自分でやれるようにしている」


 自嘲しつつ、辺りの薬草を集め終える。

 それから俺達は数匹のゴブリンを倒して納品分を確保した。

 ビビがいるので戦闘ではまったく苦労していない。

 二刀流となった彼女は、華麗な動きで瞬時にゴブリンを倒してしまう。

 俺が出る幕は一切なかった。


 場所を移動してまた草を毟っていると、ビビが手を止めてきた。

 彼女は少し眉を寄せて述べる。


「その草、ちょっと危ないかも」


「獣人の嗅覚はすごいな。これは毒が含まれているんだ」


「傷薬にできるの?」


「普通に毒薬として使う。矢に塗っておく時が多いな。肉が食えなくなるから、狩猟なんかでは使えないがね」


 俺みたいに無個性な冒険者にとって、毒の有用性は高い。

 少し格上の魔物でも、不意打ちで毒を打ち込めば楽に勝てたりするのだ。

 扱いにさえ気を付けていれば便利な武器である。


 毒草の採取を済ませた俺達は、下り階段で別の階層に移動する。

 次に待っていたのは森ではなく遺跡だった。

 入り組んだ通路が多く、あちこちに湿った苔が生えている。

 油断すると足を滑らせそうだ。

 俺は松明を片手に前進する。


「遺跡型の階層は罠がある。注意して進むぞ」


「わかった」


 しばらく進むと、床の違和感に気付く。

 一部分だけ苔が生えておらず、少し膨らんで段差ができていた。

 屈んだ俺はその床を注視する。

 そして、肩越しに見るビビに説明した。


「見ろ、これが罠だ。踏むと発動するやつだな」


「何が起こるの?」


 尋ねられた俺は、近くの壁に触れる。

 腰くらいの高さで横一列に穴が並んでいた。

 暗い通路なので発見は難しい。

 よほど意識して探さなければ見過ごすだろう。


「この穴から何か出てきそうだ。ついでに確かめておくか」


 俺は持参した工具で壁を弄り始めた。

 かなり大雑把な造りなのでどうにかできそうだと判断したのだ。

 ビビは後ろで不安そうにしている。


「危なくないの?」


「大丈夫だ。罠の解除には慣れている。知り合いの盗賊から習ったんだ」


「やっぱり器用だね」


「貧乏を付け忘れるなよ」


 そう言っている間に罠の解除が完了する。

 崩した壁の裏には、穴の数だけ槍が設置されていた。

 床の段差を踏むと飛び出す仕組みのようだ。

 ありふれた罠なので解除も簡単だった。

 俺は罠の槍を残らず外して紐で束ねておく。


「一応、持っていくか。ギルドの武具屋で売れば金になる」


「いいね」


 その後、遺跡内で数種の魔物と戦って納品用の素材を集める。

 ゴブリンより強い魔物ばかりだったが、やはり苦戦することはなかった。

 狭い場所でもビビの素早さは健在で、一方的な連勝を披露してくれた。

 俺も多少は援護したものの、目立った活躍はしていない。

 やはり才能の差は大きいと痛感させられたのだった。


 まあ、それで後ろ向きな気持ちにはならない。

 劣等感を覚えるのはいつものことである。

 自分より若い人間がどんどん成功する姿を見てきたのだ。

 優れた存在を目の当たりにしても、少し卑屈になるだけであった。

 嫉妬を露わにするよりは健全だろう。


 納品する素材をすべて揃えたので、俺達は食事をすることにした。

 ずっと動き回っていたので腹が減っていたのである。

 遺跡内で小部屋を発見すると、持参した結晶の杭で簡易結界を展開して安全地帯にした。

 結界には魔物除けの効果が込められている。

 定期的に魔力を充填するだけで何度も使える優れモノだ。

 迷宮内では必須の道具と言えよう。


 俺とビビは手分けして肉と野菜を切って、水と一緒にまとめて鍋に放り込む。

 それを焚火でひたすら煮込んだ。

 良い具合になったところで木の器によそって食い始める。

 ビビは息を吐いて頬を緩めた。


「おいしい」


「香辛料で臭みを消したからな。風味が良くなっているんだ」


「ご主人、料理人になれる」


「お世辞はよしてくれ」


「本音だよ」


 そんなことを言い合いながら鍋を食べ終える。

 腹が膨れたので寝転がっていると、唐突にビビが圧し掛かってきた。

 焚火に照らされる彼女の横顔は、ほんのりと紅潮している。

 ビビは俺の耳元に口を寄せて囁く。


「ねぇ、しよ?」


「ここは迷宮だぞ」


「大丈夫。結界があるし」


「だけど――」


 尚も反論しようとした俺の唇をビビが塞いでくる。

 そこから流れを止められるはずもなく、俺達は三度ほど愛し合った。

 他の冒険者に見つからなくて本当に良かった。

 さすがにギルドで変態扱いされるのは心苦しい。

 噂好きの奴はここぞとばかりに吹聴することだろう。


 しっかりと休憩してから、俺達は迷宮を出てギルドに帰還する。

 まず最初に武具屋を訪ねた。

 俺は持ち帰った罠の槍を店主に見せた。


「買い取ってくれ」


「迷宮産か。悪くないな」


 店主は銅貨を銀貨を投げ渡してきた。

 彼の目利きは的確だ。

 ほんの僅かな時間で武器や防具の価値を見極めることができる。

 貰った金も適正と考えていい。


 店主は罠の槍の手入れを始めつつ、ビビに質問をした。


「嬢ちゃん、迷宮はどうだった」


「楽しかった」


「そいつは良かった。金が貯まったら、また装備を買ってくれよ」


「うん」


 二人のやり取りが終わってから武具屋を後にした。

 寡黙で頑固な店主だが、どうやらビビを気に入ったらしい。

 ビビも店主の優しさや気遣いが嬉しかったようだ。

 今後も一緒に顔を出しに行こうと思う。


 俺達は依頼達成を報告するためギルドの受付に向かう。

 そこではいつもの職員が笑顔で待っていた。

 彼女は意味深な声音で話しかけてくる。


「おかえりなさい……お楽しみだったみたいっすね。ほどほどにしないと枯れちゃいますよ」


「余計なお世話だ」


 俺は依頼の品をまとめて提出した。

 職員は一つずつ確かめながら意外そうに呟く。


「おお、結構な収穫じゃないっすか。腰振ってただけじゃなかったんすね」


「腰もちゃんと振ってたよ」


「おや。おやおや」


 ビビの思わぬ発言に、職員はニマニマと笑みを深めた。

 その視線を受けた俺は舌打ちする。


「勘弁してくれ……」


 ビビは不思議そうに首を傾げていた。

 自分のやらかしに気が付いていないようだ。

 俺は叱るのを諦めてため息を吐いた。

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