マッカナウソ(菜種アオ)
エイプリル・フール。
変わった風習で、実は嫌いでは無い。
エイプリル・フール。
面白い慣習と思い、少し、結構好きだ。
そして折角ならこれを、大切な人と一緒に過ごしたいと。初めて実行可能になることに鼻歌混じりに楽しみにしていた。
…
……
「シュウ、シュウー」
「…なんだアオ。
朝っぱらから随分と距離の近い」
それはいつものことだけど、と諦めたように呟きながら彼がこっちに振り向いた。その彼の目は相変わらず真っ直ぐで、私をじっと見据えているような、そんな気がしてくる。
その目を向けられるたびに私は、降参するようなどうしようもない気持ちになるのだ。
閑話休題。それは、いつものこととして。
エイプリルフールは午前中にしかウソをつけない。故にこうして登校してきた彼にこのまま張り付いたのだ。
「ア…そういえば今日の学食のメニューはステーキらしいですよ」
「?…ああ!エイプリルフールの嘘か。
はは、アオは可愛いなあ」
…むう、何やら子ども扱いされるような、そんな生暖かい視線。かわいいと言われて、頭を撫でられるのはやぶさかではないけれど。それはそれとして、微笑ましいものを見るようなそれにむっとする。
「…っと、ごめんごめん。そんなにむくれないでくれ。馬鹿にしたりするつもりじゃないんだ」
そう、慌てて取り繕って、謝る。
私の表情を、こうもすぐに読み取ってくれるのは相変わらず彼だけだ。我ながら、なんと都合のいい女だろう。ただその事実を改めて示されるそれだけで、気分が治ってしまう。どうでもいいくらい、嬉しくなってしまう。
「…はあ、やはりというべきか無理でした。嘘を吐くならもっと他に考えてこなければいけませんでしたね…」
「アオはウソをつくのが下手くそなんだなあ。
真面目なことは美徳だしいいことだと思うぞ?」
と、言われても。
折角なら愛する人とエイプリルフールを楽しみたかったという目的だけは残っている。それを踏まえた上で少し考えて。
はあ、と一度息をついてから私は言った。
「じゃあ。…大好きですよ、シュウ」
「えっ?」
「アイ、ラ、ビューです。そういう貴方の態度の一々が、私の琴線に触りまくり、です」
理解が出来ない、というように首を傾げるシュウ。そうして戸惑う姿を見たかったから、この作戦は成功だ。私は心の中でふふんと誇らしげに笑うフリをしてみせた。
だけれど、もし。
エイプリルフールという日故の勘違いをされたら嫌だから、と、彼のカワイイ顔をある態度堪能してから、言い加える。
「今のはウソじゃないですよ?
私がずっと思ってる事です」
「え、ああ…え、ええ?」
エイプリルフールに好き、と言われる事の意味について考え始めていただろうシュウが、またそれをひっくり返すワタシの発言にくらりと頭を悩ませる。その、普段見せない悩ましげな態度をどうにも愛でたくなり、ぎゅっと彼に抱きついた。
「あ、アオ…近い。その距離はまずいって、何回も言ってるはずだぞ…!」
「それなら、それを何回言っても私は聞かないということを学習してください、シュウ先生?」
困らせる、だけなら彼の迷惑になってしまうからそんなことはしたくない。でもきっと、これで彼は少し喜んでくれてるから。だから私は、彼にそう言われてもやめない。
「…確かにな。じゃあ、まあ、いいか。
その、さっきの発言はつまりどういう?」
「?どういう、もなにも…ウソをついていい日ではあるけど、ほんとを言ってはいけない日ではない、ですよね?」
そうとも。この気持ちが嘘であってたまるか。
そう言うと、彼はそのまま突っ伏せてしまった。私が重かっただろうか?そういえば、悲しいかな体重がまた増えてしまっていたことを思い出す。体型にあまり変化は無いはずなのだけど。
そう思って彼から急いで離れる。
だが、そう言うわけではなさそうだ。
「……はぁ…やめてくれよな、アオ。君みたいな可愛くていい子にそうやって好意を向けられたら、男の子はコロッと好きになっちまうんだぞ」
顔を真っ赤にそう、かすかすの声で言ってくるシュウ。ただ、その発言内容を、なんとなく疑問に思って。
「む。それは、エイプリル・フールの嘘ですね」
ああ、そうだ。
きっと、シュウなりの嘘にちがいない。
男の子が、そうしたらコロっと好きになってくれるならば、私はここまでやきもきしていないというのに。
だって、それなら、私は一番振り向いて欲しい人に、とっくのとうに振り向いてもらえるはずなのに。
「……」
彼は、私の顔をじっくりゆっくりと見て。
そうしてから、赤い顔のまま笑って言った。
何かを包み隠すような笑いだった。
「嘘じゃないよ」
ただ、そう言っていた。
その彼の顔を見て、浮かんだ感情はなんだろう。
悪感情ではない。
だけど、なんというか。胸がむずむずする感情。
それに名前をつけることは、私にはまだ出来ない。
「…嘘つき」
「いいだろ。
どうせ、エイプリル・フールなんだ」
私は時計を見る。
まだ、朝。午前中の最中だから、嘘を付いていい時間はまだずっと続いている。じゃあ、彼の嘘はどこからどこまでなのかを突き止めることは出来ない。
私の愛しい、大好きな嘘つきさん。
「じゃあ、明日以降にちゃんと聞けば。
シュウはちゃんと答えてくれますか?」
「う。……ぅーん」
その懊悩は、きっと、この今にイエスで答えてもノーと答えても、不誠実となるから。この、嘘が許されたこの今の時間には、どの答えをしてもその質問者への冒涜となるを
そうして言葉に詰まり、窮することを求めて、むしろワタシはそう聞いたのかもしれない。
『…私は嘘をつくのが下手くそかもしれないけど。貴方だって、そうして嘘を吐くのが得意ってわけではないと思いますよ?』
『ふふ。そんなところも。
私は好きで堪らないのだけど』
敢えて、曖昧に小さな声で彼に呟く。
そうしてから背中を向けて、ホームルームの時間だと囁いた。そっちだけは、ちゃんと聞こえるように。
呟きが聞こえていたら、それでいい。聞こえてなくても構わない。彼はホームルームの中で、どんな顔をするだろうか。
人形のような、私に全てをくれた人。
愛を、嫉妬を、好きと嫌いをくれた人。
とてもいい人で、嘘つきの、変な人。
ならば私もお揃いにしてくりゃれ。
私も貴方のように嘘つきにさせてくりゃれ。
嘘をついた可愛らしい人形に。
貴方だけの愛するピノーキオにして頂戴。
るんるんと、そう思う。
やっぱり私は、エイプリル・フールが好きだ。
…
……
「あ、そういえば話はぜんぜん変わるのですが。以前、私たちの関係について両親に話したんです。そしたら母と父がシュウに是非会いたいと言っていましたよ。3人で、じっくりと話したいと」
「へ」
「ついでの話はそれだけです。
それでは、また後で話しましょう?
大丈夫、日程はこちらが合わせます!」
「あ、あーっ。アオ、それエイプリルフールの嘘だよな?…そうなんだよな?そうだと言ってくれ!」
「……ふふ」
「おい、おーい!ちょっと!待ってくれ!
せめて答えてくれアオーッ!!
…これが嘘かどうかは。
すぐにわかることでしょう。
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