エンカウント・エン・カウンター(九条史桐)




「『ずっと前から好きでした!

付き合ってください!』」



ボクこと、シド。

そして、可愛い後輩である村時雨ひさめ。

その二人は今、一人の男にそう言っている。


…無論、そのままそっくり本当の修羅場ではない。




「……」




「…なんだその眼は。健全なる男子生徒が、ボクらのような美女から告白を聞いた時の態度じゃないよ。さては同性愛者かい」



「えっ!?そ、そうなんですか?」



「ち!違う、違うって!…シド!あんまりひさめの教育に悪い事言うんじゃない!」



「親かキミは」




思い切り彼に向けてそう言えば、ほんの少しは顔を赤らめたり照れたりするかとも思ったけれど、なんともまあ反応は淡白だ。つまらない、全く。




「で、どうだい感想は。

そこまで下手くそって訳でもない筈だよ」



「なんていうか…お前が上手いのはなんかわかってたけど、まさかひさめまで上手いとは思わなかった」



「ふふん。女の子は皆、名役者なのさ」



「なんでお前が得意げなんだ」



「え…!僕、うまかったですか?」



「ああ、すごくな。経験でもあるのか?」



「まさか!人前に出ようなんて事も初めてで…!でも、それなら嬉しいな…」



「徒に人前に出そうものならそれこそパニックが起きかねないからね。彼女がこの純朴さを保てたのは奇跡と言ってもいい」



「…またお前は、なんていうか冷める事を」



「ん?ごめんごめん、単純に彼女とその周囲の優しさを褒めてたつもりだったんだけど」




ああ、そうそう。ボクらは計らずとも『人前に出る』事になる。


近くにある文化祭。

いつも通り生徒会は何もやらず、管理だけをする予定だったのが、一つ、何かしらやらなければならない…なんて言われたものだからさあ大変。使える予算もほぼ無く、予算無くして売店等は立ち行かない。


結局、友好関係にある皆から何とか『らしい』服を集めて、軽い演劇をやる事で茶を濁そうという訳だ。




「本当は目立つのは好きじゃあないんだけど。まあ、仕方がないか」



「…嘘こけ。今回わざわざお前が台本書いたんだろ?めっちゃノリノリじゃねぇか」



「大衆の前で演じるのとは話が別さ。まあ、頼れる新入生くんと協力者くんが居てくれるからボクはなんとか心が折れてないがね」



そう、生徒会ですらない古賀集くんは今回も今回とて無償でこの生徒会を非常に強力にサポートしてくれているのだ。

ああ、ありがたい事だ。本当に優しい友人を持ってボクは本当に幸せだ!



「…協力っていうか、脅迫だったがな…」



「?」



ボソリと何かを呟いた彼を、新入生、村時雨ひさめちゃんの純真できょとんとした目が貫く。どうもそれを向けられてしまったら弱いらしく、そのまま彼は笑う。



「な、ひさめもなんか大変だったらコイツみたいにガンガン頼ってくれ。ケータイでもいいからさ」



「は…はい。そう、します!」




微笑ましい会話。

だが、すこーし今のボクにとっては気になる事があるな。つっつきたくなるような。




「さっきから思ってたが…キミ達ずいぶん仲良くなってるんだねぇ」



「…ん?」



「ちょっと前までちゃん付けだったのが呼び捨てになってるし、ひさめちゃんも古賀くんへ堅さが取れかけてる。どうやら携帯電話の連絡先も交換してるようだ。ほうほう」



あと、話してる時二人とも凄く楽しそうだったとか、そういうのは言わないでおく。



「あー…いや、学校に入ったくらいから一応敬語とかにしてと思ってたんだけどさ。この前ひさめの方から今までと同じ呼び方や話し方で良いって言ってきてくれてさ」




ほお。なら連絡番号やら口調は最近仲良くなったのではなく、かなり前から既に、って事だったらしい。


ふと、ひさめちゃんを見てみた。

赤リンゴがそこにはあった。




「…えっと、これは違くて…」



「いやいや、仲が良いみたいで安心だよ。この間から少しぎこちないみたいだったからね」



「あれ、そうだったか?まあひさめも緊張してたんだろ。同じ学校にいる事だし、シドも居たし」



「そうだね。緊張は確かにしてただろうね。ふふふ」



「なんだその含みを持たせた言い方」



「そりゃあ二人きりで居たら緊張しちゃうだろうよ。だって、ねぇ?」



顔が、赤くなるのを通り越して白くなっている。なんともいじらしい。弄りがいがある。


まあ、これ以上やろうものなら万が一にもこれから怖がられてしまうかもしれない。それは嫌だ。彼女とは是非普通に仲良くなりたいんだ。

いささかマッチポンプ気味ではあるが、助け舟を出す事にしよう。




「さて…どうしようか。話してる内に遅くなってしまったし、解散にする?」



「っと、こんな時間か。悪いな、長いこと邪魔しちまった」



「いえ、僕達が引き留めてしまいましたし。

それに、良い気分転換にもなりました!」




そうして、結局の所解散する事となった。

使っていた部屋を軽く箒で掃き、用具はひさめちゃんが自分から申し出て片付けに行ってくれた。


二人となった部屋で、ふと疲労感に襲われながら彼に軽口を叩く。




「ひさめちゃんの言ってた事、同意する。

キミのお陰で肩の力が抜けたよ」



そう言うと、ふと。古賀くんの顔が真面目な趣になる。どうしたのだろう。今頃最初の告白が効いてきたって訳でもあるまいし。



「…本当に、無理だけはするなよ。

お前は断れないし、頑張っちまうからさ」




…コイツは、こういうところが厄介だ。


いつもはデリカシーも無いし、紳士でも無いのに。こういう時だけ一番言って欲しいような事を言ってくるんだ。もしもボクが顔に出易いタチだったらと思うとゾッとする。



「大丈夫さ。さっきも言ったろう?

有望な新入生はその存在と見た目でボクを癒してくれて、優しい協力者くんはボクを…」


「…強力に助けてくれている。

キミらがいる限りきっと大丈夫さ」



「…本当に、か?」



「本当に本当さ。知っているだろう?

ボクは嘘をつかないからね」



だから。劇の練習であろうとも、キミに最初に言った言葉は…



「なら、あの劇のセリフも嘘じゃないのか?」



「え?」



「ずっと前から好きだったってのも。

嘘じゃないのかって。そう言ってるんだ」




ああ、わかっている。わかっている。


彼にはこれは冗談のつもり。

悪友に向けた、悪いジョークだと。


でも、心が期待をやまない。

その言葉に、つい上気する。


ああ、クソっ。どうしてこうも、ボクが求めている言葉を、ボクが求めていない心で言ってくるんだ。




「…ってオイ、顔赤くないか?

やっぱり熱とかあるんじゃ…」



「無いよ!全く心配性だね!

ほら、そろそろ帰るよ!ひさめちゃんが気まずそうに待ってるじゃないか!」



そう言うと扉がガタッと大きく揺れる。

カマかけ的な一言だったが、まさか本当に居たとは。我ながら神がかり的な勘の良さ。



「え、あ、ああ…

おい、なんかキレてないか?」



「知らないよ、ばーか!」



背を向けて、早歩きで彼から離れる。ああ、手痛いカウンターを喰らってしまった。


ええい、いつか仕返ししてやる。

今度から、この借りは返してやるぞ。


ボクは復讐の決意を沸々と秘めて、憤懣やるかたなく、邪悪に笑った……




「良かったですね。

顔、凄く嬉しそうですよ?」



…嬉しそうに笑われながらひさめちゃんに言われてしまった。



あれま。

ボクの顔も、やっぱり嘘をつけないみたいだ。






ーーーーーーーーーーーーーーー





こうなるまでの顛末?どうしてこうなったかって?

彼はただ、やさーしく受け入れてくれただけだよ。

ボクへの助力をね?





「なあ、頼むよ古賀くぅん。こんな事頼めそうなのは君しか居ないんだって」



「嘘こけ!ぜってぇ周りに山ほど居るだろ!他の事なら大体やるけどそれだけはマジで無理だから勘弁しろって!」



「およよ、こんなに頼んでるのにダメなのかい?冷血漢、鬼、強姦魔」



「風評被害をバラまくのやめろ!

…って、どんな事言われても断るからな!」



「…そっかぁ。なら仕方ない。

ああでも、悲しみから口が軽くなるかもしれないなぁ」



「あ…?」



「ところで、これから職員室に向かうところなんだけどさ。君、バイト経験あったっけ?」



「やらせてもらいます。やらせて下さい」



「わぁ!ありがとう古賀くん!

やっぱり君は優しい人だぁ!」



「…てめぇなあ…」



うーん、優しいね!

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