第28話


蔦ごと謝花蜜璃を飲み込む蕾の祅。

一切の余裕も無く、噛み砕き飲み込み肉塊と化し殺し栄養に繋げようとした。

だが、蕾の口からは、感じた事も無い痛みを発していた。

段々と、口の中から煙が溢れ出す、灰色の煙、それは、強い酸性による腐蝕の特性。

蔦による酸性、ではない、それ以上に強い、別の何かであった。

どろどろと、崩れ出す蕾。


樹木に絡まり高見に居た蕾は、衰弱しだして地面へと落下する。

そして、地面に倒れると、腐った果実と同じ様に潰れる。

ぐちゃり、と音を鳴らし、口の中から出てくるのは、黒色の液体を体に付着させた謝花蜜璃だった。


「あーあ…もう、惜しいなぁ、さっきの叫び声でセッくんが来てくれたら、白馬の王子様フラグとか立ってたかも知れないのに…折角、衣服だけを溶かしてくれるタイプの祅だったから、ワザと衣服を溶かされて貞操の危機を煽らせてセッくんの怒りを買わせて『俺の女に手を出すな』ルートに入ると思ってたのに…これじゃあ、衣服損だなぁ…」


心底残念そうな言葉を口にしながら、体に付着しちゃ体液を手で払う。

彼女の肉体から、流力がハチミツの様な粘液と化し、彼女の体を覆っている。


「まあ、でも…これはこれでセッくんが心配してくれるかも知れないし…思う存分セッくんの胸の中で『あーん怖かったーっ!』って泣きながら胸の中に飛び込むのもあり得るかもッ…うへへっ!妄想が止まりませんなぁ…」


恍惚とした笑みを浮かべながら、謝花蜜璃は再び歩き出す。


「うーん、取り合えず…どっちに行けば良いのかな?」


胸元を片手で隠しながら、謝花蜜璃は先程を同じ様に、自分よりも背丈の長い草木に向けて手を伸ばす。

指先から紫色の体液を生み出す彼女の手が草木に触れると、ただそれだけで草木は枯れ出してしまう。

謝花蜜璃は視界を確保しながら歩き出す。


謝花蜜璃。

謝花家の淑女。

彼女の父親は、両角切の父親、両角慚愧とは一人の女性を奪い合った関係性だ。

結果的に、両角慚愧がその女性と結婚し、謝花家の当主である彼女の父親は悔しい思いをしながらも、その結婚を祝福したと言う。

まだ、両角切が幼少期の頃、その面影が両角慚愧の母親に似ている事から、何かと気に掛けていた謝花家の父親。

時折、謝花蜜璃を連れて行っては、共に遊ばせたりしていた。


父親は常に、両角切とその母親の事を気に掛けていた。

元々、自らの術理によって肉体が欠損し、内臓も欠陥だらけだった彼女の為に、謝花家特有の術理による植物改造による治療薬を差し入れしたりしていた。


その度に、謝花蜜璃は両角切と一緒になっていた。

それが当たり前であるかのように、彼女の父親は謝花蜜璃に『両角切は家族も同然』である事を教え込まれてきた。


そうして、謝花蜜璃と両角切が順調に成長していた中。

ある日を境に、両角慚愧の妻が死んだ。

その後、両角慚愧は正式な当主となり、継承の儀に謝花蜜璃の父親が怒鳴り込んで入って来た事は、周囲の人間からは軽い事件として語られた。


その後、謝花蜜璃の父親は荒れた。

だがそれは決して自らの娘に与える事はしなかった。

それどころか、僅かに残った両角慚愧の妻に対する愛情を謝花蜜璃に注ぎ込んだと言っても良い。


『あの男は最早、見限った、だが、息子である切くんは違う、蜜璃、今、彼は傷心している、あの子を救えるのは、共に過ごしてきた蜜璃しか出来ない事だ、家系の宿命から彼を救えるのは、お前だけなんだよ、蜜璃、…だから』


だから。

謝花蜜璃は、父親が言った事を想い出す。

そして泣き出す両角切の傍に寄り、母親を喪った彼に告げたのだ。

両角切を救う為に、謝花蜜璃は傍に居ると約束した。

そして彼の母親になるのだと、心の奥底で誓ったのだ。

それは、今でも彼女の中で遵守している事だった。


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