第12話


「それとは話は別で…、けいよ、此方へ来ると良い」


人形傀は後ろを振り向くと、ゆっくりと、堂々とした佇まいで歩き出す。

その歩き方は、肩に乗せている子猿を落とさない様にする為に、振動をしない様にした歩法だった。


人形傀に呼ばれ、その言葉のままに両角切は後ろを歩く。

そして、校舎を抜けた先に広がる、半径二キロもある巨大なグラウンド前へと到達した。

其処で周囲を見回しながら、人形傀の後ろ背に向けて両角切は声を掛ける。


「…あの、傀さん、此処で一体、何をするんですか?」


歩き続ける人形傀は、両角切に顔を向ける事無く、彼に向けて話をし出す。


「やつがれが見極めておきたい事がある、その為には、兄が必要なのだ」


見極めておきたい事。

それはなんであるのか、両角切は即座に伺う。


「それは一体…」


だが返答はない。

未だ、答える気が無いのだろう。

歩き続ける彼の背中を、視線を向けながら距離を保つ様に歩き出す。


ざっ、と砂利を踏み締める音。空から降り注ぐ太陽の熱が、じんわりと体の外側を温めていく。

不思議と暑苦しいと言う感情は無かったが、何れ真夏日がやってくると思うと、この暖かさも熱地獄に変わるのだろう。

だが、今は悠然と歩き続ける人形傀の額に一滴の汗も掻かれていない。

恐らく、真夏の熱地獄になろうとも、その冷静さと凛とした佇まいは永久に変わらない。

正に、名の通りの人形として変わらぬ日々を過ごすのだと、両角切は思った。


物思いに耽けた時、グラウンドの六分の一、校舎から少し離れた位置で人形傀は止まった。

それに対応する様に、両角切も適度な距離を保ったままで停止すると、人形傀が振り向いて両角切の方に視線を向けた。


そして、先程の、両角切の問いに、彼は答える。


「さて、久方ぶりに、力量を見せてみるが良い、兄よ」


唐突な発言に、両角切は昨日言われた東洲斎白黒の言葉を思い出す。

自分も本格的に耳を買い替えなければならないのかと思える程に、我が耳を疑ってしまった。

頭の中で、何か言い間違えがあったのかと思うが、人形傀が間違える筈などない、ならば自分が間違えたのだと聞き間違えを想定して、人形傀の言葉を反復してみるが、やはり、人形傀の言葉は聞いた通りの言葉でしかなかった。


「ちょ、え?!俺が、傀さんと戦うって事ですか!?」


反応が遅れて驚愕の表情を浮かべる両角切。

その一拍置いた行動に、人形傀は思わず口端を薄く引いた。

そして、再び袖から手を引くと、片手を伸ばして自らの目線前に持っていく。


「なに、殺しはしない、術理は使役するが、模擬戦闘の様なものだ、…それと、やつがれを倒せぬ男に、愚妹はやれぬからな」


ぼそりと、人形傀は両角切の耳に入らぬ様に告げた。

前述の話とはまったく関係なく、単純に力を見てみたい。

とは方便であり、もしも愚妹と結婚するならば、先ずは己を倒してからにしろ、と言う考えであるらしく、今回は両角切の力量を図ろうとしていた。


「模擬戦闘、ですか、それでも緊張しますよ…でも、戦えと言うのなら、傀さん、胸を貸させてもらいます、宜しいですか?」


確認する様に聞く。

首を縦に振ると、両角切の言葉を肯定した。


「存分に来るが良い、…と、そうなると立会人が必要になる」


誰かを呼ぶか、と人形傀は思うが、自分から動こうとはしない。

人形傀の必要な人材を察した両角切は、携帯端末を懐から取り出して連絡しようとした。


「この戦いの証人になる奴ですか、でしたら、俺の友達を呼んできます」


その迅速な行動に、人形傀は人知れず頷いていた。


「では、此処で待つとしよう」


そうして、両角切経由で呼ぶ事になった。

人形傀が言い出した事なので、本来は人形傀が立会人を呼ぶ必要があるだろう。

だがそうなると、人形傀が呼び寄せる相手は、立ち合いを生業とする業者であり、そうなると本格的になってしまう。

人形傀は、単純に、両角切の実力を測りたいと言う意図もあったのだ。

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