25 復讐の痛み
キースは、もといハリー・ヘイズは、ボーン・フィールドで絞首刑に処せられた。
通常、罪を犯したからといって安易に爵位がお取り上げになるものではないが、この場合は男爵位を与えられた経緯そのものに問題が認められたため、爵位を返上させられ、男爵のキースではなく、元傭兵のハリーとして絞首刑が適用されることになったのである。
もし都市法で裁いたとしても、貨幣に換算して大銀貨に相当する金額以上の盗みを働いただけで死罪であるから、ましてや殺人を犯した者が死罪を免れるすべなどない。もちろん、グロスター伯爵が故人となった今、弁護してくれる有力者もいない。
本件については特に、プリシラが裁断を下す権利を得たので、仮に誰か庇い立てする者がいたとしても、プリシラを押しのけるほどの力を持っていなければ用を成さなかったろう。
プリシラの裁定は、
一、ハリー・ヘイズを絞首刑に処す。
一、同人を処刑後、医学の発展に資するため、遺体は王立病院に提供する。
一、王立病院は遺体を腑分けに用いたのち縫合し、試刀(刀剣の試し切り)に資するため、王盾騎士団にこれを提供する。
一、騎士団は試刀に用いた遺体を皮剥ぎ人(埋葬請負人)に引き渡す。
一、皮剥ぎ人への始末料はシファール伯爵の負担とする。
…という、至極公正なものであった。
ハリー・ヘイズは事情聴取時に、罪滅ぼしをしたいので修道院に置いてほしいというような反省の念を述べていた。何が何でも生き延びたいという、浅ましい了見からの発言であったかも知れないが、万が一にもそこにいくばくかの悔悟があったのだとしたら、死後にいくつかの分野に貢献させることでその思いを叶えてやったともいえるだろう。
まさに、罪の重さを左手の天秤で量り、右手に持つ剣で両断する〈裁判の女神〉のごとき裁きであった。
連続強盗殺人罪に問われたエルフェス人三名については、金鷹騎士団のブライアンが捕縛に貢献したとして巷で評判になっていた。どのようなやりとりがあったか知らないが、エリザは捕縛の手柄をそっくりブライアンに譲ったらしい。
この外国籍の犯罪者三名については、年明けにエルフェス国家監察局に身柄引き渡しを行うまで中央拘置所に留め置きと聞いた。国家間の何らかの取引の結果、エルフェス人ゆえにエルフェスで裁かれる結果になったということであろうが、国家の威信にかけて、エルフェス当局が他国の王都の治安を乱した者たちに甘い処断を下すことはないだろう。
魔法具の不正取引に関与していた嫌疑をかけられたグロスター伯爵が、事件の審理の最中に急死してしまった件では、王都巡察隊は大いに面目を失った。その上、エルフェス人による連続強盗殺人事件の方まで騎士団に手柄を持っていかれたのでは形無しといったところだが、それでもシファール伯爵の古代遺物盗難事件と、ベル・ストリートの古物商殺人事件を極めて迅速に解決したことで失点を取り戻した感があった。
おまけに、一連の事件の捜査を進める上で、多数の故買屋を芋蔓式に捕らえることができたのだ。王都巡察隊も、これで安心して新年の美味い酒を飲むことができるというものだろう。
この年末の、もう一つの大きな事件、キャンベル家の魔法具不正取引事件だが、こちらの続報はない。情報は伏せられ、不気味なほど静まり返っている。最後の公示によると、年内に異端審問が行われるとのことであったが、今年も残すところもう一週間を切っている。もしかすると、すでに審問は終わったのかも知れない。
ライオスに訊けば、もしかすると何か知っているのかもしれないが、敢えて尋ねていやな思いをさせることもあるまい。そうまでして状況を知りたいわけでもない。ただライオスとエリザが心を乱されることがないよう、穏やかに日々を過ごせるよう、祈るばかりである。
「そろそろ、今年も終わりだな。」
俺は食堂室で銀器を磨きながら、ぼんやり呟いた。
独り言に聞こえるかも知れないが、無論、違う。〈見えざる従者〉のハーティーに話しかけているのだ。
シルバーポットの丸い腹は、月の女神の神聖魔法を籠められた、あの手鏡を想起させた。
月都の門が開いたあの満月の夜、彼女の発言について不可解に感じた部分があった。
――私は父さん自身から聞いて、それを知っている。
――お前は盗みを咎められて仲間であるはずのペリーを殺し、父さんを馬ごと崖から追い落としたんだ。
…と、エラは言っていた。
これは、どういう意味なのだろう。
エラの父親がハリー・ヘイズの盗みに気付いた当日、娘にその事実を話したとすれば、エラが聞き知っているのは盗みに関してのみということになる。が、「父さんを馬ごと崖から追い落とした」と死にざままで詳述しているのだから、殺す現場を見ていたか、父親の遺体を確認したということになる。
しかし、実際のところ、ダニエル・イーシュとペリー・カーチスの遺体は未だ確認が取れていないのである。今が冬ということもあり、寒さの厳しいエインディア北部の崖下を捜索するのは費用がかかることであるし、二次被害を発生させかねないというので保留になっている。
このため、ハリー・ヘイズに適用された殺人罪は古物商のジェイムズについてのみのものであった。彼が男爵としての扱いを受けるのであれば、全ての材料を揃え、現場検証を行った上で、希望があれば弁護士も付けさせて裁判を経ることとなったのかも知れないが、爵位を返上させられ、ただのハリー・ヘイズの身の上となったからには、長々と審理に時間をかけてはもらえない。
拘置所とは、飽くまで一時的に拘置する場所であって刑務所ではない。留置中の代金を自分で支払ったり、監禁場所を自分で用意したりすることのできない者を長期にわたって拘禁しても出費が嵩むばかりである。このため、庶民の審理は極力速やかに進められ、吊るされるか、炙られるか、打たれるか、罰金をむしられるか、強制労働に差し向けられるか、離島に流されるといったような結果を迎えて事件終了する。
ハリー・ヘイズがボーン・フィールドで吊るされたのは、つい昨日のことである。適用された殺人罪が古物商のジェイムズについてのみのものであったとしても、殺人罪が確定すれば絞首刑であるし、このほか窃盗罪、横領罪、詐欺罪、贈賄罪等々の罪状、さらに複数の違反行為まで加えれば、数十回吊るされるほどのことをしでかしているという次第であった。
俺もアデュレイもわざわざ処刑を見に行きはしなかったが、エラはきっと見に行ったことだろう。それは彼女が展開した復讐のスプレッドカードの、最後の一枚であるから。
エラは、いまどうしているだろう。在留証はもう使えないから、王都から出ることもできないだろうに。
まだ少女というほどの年頃なのに、たった一人で、ならずものに身を任せてまで仇を追って、あらゆる手段を使って父親の無念を晴らそうとしたのだ。そして、成し遂げたのだ。賢く、意志の強い女性だ。
しかし、俺は知っている。復讐を成し遂げるまでの道も乗り越えがたいものだが、成し遂げた後にもまた苦渋の時間が待ち受けているということを。愛する者を失ったというだけでも悲劇なのに、その人との時間を奪った相手を憎むという地獄をみて、その対象を追い詰めるための試練を受け、それを乗り越えてもなお愛する人は戻ってこないという残酷な現実を今更のように突き付けられるのだ。
そう。
戻ってこないのだ。
胸の奥に錐を差し込まれたような痛みが走り、俺は手を止めた。
俺自身を顧みる。先の大戦で、根こそぎ、全てを失った。自分一人で何とかすると大ぼらを吹いて、実際はいかに自分が無力な存在かということを思い知らされるだけの結果に終わった。最愛の家族を守ることさえできなかった。
あれから二百年以上経つ。そのほとんどを空虚に過ごしてきた。さすがに時がこの痛みを癒すかに思えたのだが、ふとしたきっかけで、忘れかけていた古傷が唐突に口を開く。厄介なものだ。家族を、友人を、一族を、丸ごと全部失った記憶を、どうしたら消し去ることができるのだろうか。
見ると、隣席のクロスの動きも止まっていた。〈見えざる従者〉のハーティーは、銀器を磨くのをやめてこちらに注意を向けているらしい。
「ごめん、手が止まってた。」
俺は隣席に苦笑を向けると、勢いよくシルバーポットを磨き始めた。
「リー・リー! ハーティー!」
そこに、アデュレイが飛び込んできた。
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