14 走り人

 占い師であるからというだけでは説明のつかない、謎めいた印象を持つ少女だった。分厚い生地のローブを着て、身を飾る物といえば臙脂色のストールくらいだというのに、妙にコケティッシュな魅力を放っていた。結われずに背中に流し落とされたアッシュブラウンの髪は、少女らしい若さを示すのか、いざないの意を込めたしどけなさを示すのか。


 そして、何よりも、その表情が記憶に染みついていた。翳りがあった。そこに邪悪の気配はなかったが、同時に悲哀も存在しなかった。いやに乾いて、そして、決然としていた。


「エラはこう言った。親しき友の裏切りに注意せよと。そして、裏切り者の末路は破滅なのだと。こうも述べた。安全を得て助かるためには、真の味方たる誠実な友を大事にせよと。占い師独特の、曖昧でもったいぶった表現で煙に巻いているが、短くまとめると、メッセージは三つだ。」


 アデュレイは指を一本立てた。


「親友に裏切られる。」


 アデュレイは指を二本立てた。


「裏切りは露見する。」


 アデュレイはゆっくり、三本指を立てた。


「破滅を逃れるためには親友を大事にしなくてはならない。」


 それから、お手上げというように両手を開いた。


「キース卿は、この裏切りの物語のどこに位置するのだ? 彼は親友に裏切られる人なのか? それとも、…」


「裏切る方の人?」


 俺は急いで応じた。


 アデュレイは頷いた。


「キース卿にとって、エラは死刑宣告に来た地獄の使者だったに違いない。彼がビクビクしていたのは、もちろん過剰な演技であっただろうが、エラの登場に肝を冷やしたのもまた事実だろう。すでに親友が亡くなっているとすると、破滅を逃れるすべなどもはや存在しないと告げられたも同然だ。」


「どういうことだ? 二人は知り合いだったのか?」


 エリザが尋ねたので、アデュレイはそちらに面を向けた。


「私はそのように思います。証拠を示せといわれると、困るのですが。二人の様子を観察して、そう思ったのです。」


 ベルナルドがアデュレイを感知の天才と称えるのは、こういうところかも知れない。


 魔法に頼らずとも、アデュレイは察する・・・のだ。顔面の筋肉の強張りから、さまよう視線から、口元の緊張から、微妙に震える声音から、語る単語の選択から、常とは異なる仕草から、矛盾したボディ・ランゲージ等々から。


「エラは、私の使用人の身分を騙っていました。賊に盗まれた私の父の書状を利用して、入城審査の際、なりすましの手口を使ったのでしょう。とすると、彼女は賊の一味なのかも知れませんが、これは彼女を捕らえて話を聴かねばわからないところです。それなのに、あの国際倶楽部の夜を境に、彼女は姿を消してしまいました。」


「彼女はわたくしに人名を記したカードを託しました。」


 プリシラが呟いた。


「あれがなければ、キース卿の前身を調べようなどと思いもしなかったことでしょう。明らかに、彼女はわたくしにヒントを与えたのです。わたくしは、裁判の女神の役割を期待されているのかも知れませんね?」


 この問いかけに、アデュレイは沈黙を返した。


 数呼吸するほどの間を置いて、沈思から浮上するかのように視線を上げると、アデュレイはプリシラに微笑を送った。


「さて、そこまでの考えがあったかどうかは、わかりませんね。ひとつ言えることは、エラは入室間際になって室内のメンバーにキース卿が存在することを知り、レディ・プリシラに口頭以外の方法をもって情報を伝えることを決めたのだろうということです。ペリー・カーチスとダニエル・イーシュの名前は、ぞんざいに塗り消されていましたからね。」


 確かに、あの場でエラがキースを指差して「この男は盗賊です!」などと言い募ったとしても、摘まみ出されて終わりであった可能性が高い。まずハーヴィーとキースの二人がかりで彼女を追い出してしまったことだろう。ことによると、騒ぎを起こす者を招いた責任を取って、エリザもそれに加わったかも知れない。


「では、彼女は普段からあのカードを持ち歩いていたということかしら?」


「そうでなければ、手持ちのカードにハリー・ヘイズの氏名だけを書き込んで渡せば済んだでしょう。彼女は裁判の女神マートの持つ黒白の天秤の上に不変の友情を示すツタの葉を置き、そこに三名の氏名を書き込んだ。それを持ち歩いていたのです。新たにメッセージカードを用意する時間がなかったので、伝える必要はないと考えた二名の氏名を塗り消して、それをレディ・プリシラに差し出した。」


「奇妙な話ですね。強いこだわりを感じますわ。」


 プリシラがやや慄いたように呟くと、アデュレイは頷きを返した。


「この件について、奇妙な点はこれだけではありません。ジェイムズの店の殺害現場にも、奇妙な点が認められました。数点、台帳に載っていない古代遺物が存在したのです。王都巡察隊は、強盗が押し入ったと見ていましたが、私に言わせれば、全く逆だ。持ち去られたのではなく、持ち込まれたのです。」


「キース卿が、それを持ち込むために店主を殺害したとおっしゃるの?」


「持ち込むためにとまでは申しませんが、キース卿は実際にレディ・プリシラと対面して、あなたから盗んだ物を都内で捌くのは不可能だということを悟ったのです。そして、再び外に持ち出すのもまた同じくらい困難だということも。そこで、強盗殺人を装った現場に、彼にとっての危険物を打ち捨てていったのでしょう。後はグロスター伯爵の背後に隠れてほとぼりを冷ますつもりだったのでしょうが、例の魔法具不正取引事件が発生して急展開です。誰も予想しなかった、予想できなかった事態となりました。」


「一刻も早くキース卿を呼び出さなくてはならないところですが…、」


 プリシラは溜息をついた。


「召喚状を出しても姿を現しません。居宅はフレイル川向こうのエルムント・プレイスとわかりましたから、兵を派遣したのですが、すでにそこにいませんでした。今日に至るまで、ずっと不在のままです。城外にはまだ出ていないことを祈るばかりですわ。」


「エラの行方だけでもわかるといいですね…。」


 エリザも表情を曇らせた。


 俺はアデュレイを見た。


「いや、旦那なら…、ええと、旦那様なら『走り人』も追えるかも知れませんよ?」


 アデュレイは片方の眉を跳ね上げて俺を見つめ返した。


「何を言っている? 魔法は万能ではないのだよ。僕は少しばかり使えるだけ。探査や予知の魔法までは知らない。」


「旦那様は魔力感知の天才だと、ベルナルド卿もおっしゃっていました。それなら、きっとおできになると思います。」


 先の大戦末期、数々の新しい神聖魔法を編み出した俺は、自信を持って頷いた。


「旦那様は、魔法使いならぬただびとが交わした誓言の痕跡まで嗅ぎ当て、ええと、お読みになったじゃあないですか!」


 アデュレイが砕けた口調で語り掛けてくるので、つい俺の口調も砕けてしまいそうになる。今、ここには行儀作法の先生がおわしますというのに!


 俺はプリシラの方にちらちらと視線を走らせ、愛想笑いを浮かべてから言葉を続けた。


「手掛かりが何もなければ絶望的ですが、誓言を受けた信物三つのうち二つまでもこちらにあるんですから、残り一つを手繰り寄せりゃあ…、ええと、引き寄せればよいのだと思います。もしくは、こちらの二つに残り一つを追わせるか。」


 気持ちがはやっているのか、立て直すことができない。もはや面倒臭くなってきた。口調は気にせず、まくしたてることにする。


 そもそも俺は、生まれも育ちもエインディアではない。エインディア語が使いこなせなかったとしても、当然というべきではないか。


「黄金のツタは三つあります。その二つまでも灰色を着た旦那、ええと、キース卿だかハリー・ヘイズだかがお持ちになってたんだから、三つめもお持ちになっていることは大いにありえると思いませんか? 仮にそうだとすると、二つはこちらの手元にあるんだから、残り一つの在り処を探せば、自ずとキース卿に行き当たるって算段だ。他に捜す方法がないのだったら、やってみる価値はあるでしょう?」


 俺はアデュレイに頷きかけた。


「そんなら、例えば犬に獲物の臭いを嗅がせて、それと同じ臭いを追わせるように、同じ波長の痕跡を辿っていけばいいんですよ。そこに存在する魔力を感知するということは、もう十二分におできになるんだから、そこから一歩進めて、同じトーンの波長を追うという段階にいくんです。」


「驚いたな!」


 アデュレイは目を丸くした。


「君はそれができるのか。」


「いいえ? 俺にはできませんよ? 旦那様ならできそうだなと思っただけです。」


 俺は奥ゆかしく微笑んだ。


 最前、注目を浴びる羽目になったきっかけを作ったアデュレイに、いささかなりとも意趣返しできたようで気持ちよい。アデュレイには少しばかり汗をかいてもらおう。


「最初の魔法使いは、どのような魔法も編み出して使ったものですよ。ベルナルド卿が天才と褒め称えた旦那様ですもの。必ずおできになります!」


 思惑どおり、今や貴婦人方の期待の籠もった眼差しを一身に集めているのは、アデュレイであった。

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