13 消えた傭兵

 エリザは傭兵と聞いて、大きく反応した。


「何かやらかしたんでしょう。そうに違いない。」


 拳を握りしめて、グランと目配せを交わす。


 プリシラは淑女らしからぬその所作が気になったのか、ちらりとその拳に視線を落としたが、当のエリザはそれに気づかず、誰かを懲らしめるかのようにその拳を小さく振った。


「傭兵は二つ名が付くほどの者になりたいと努力するものですし、自分の呼び名が広まるのを喜ぶものです。身分を変えて、名前まで消したいとなると、何かやらかしたに決まっています。」


「そうね。」


 プリシラはこの場では礼儀作法の先生であることを諦めたのか、苦笑して相槌を打った。


「わたくしの領地には魔物が跋扈していますから、陛下の…、」


 そこで軽く王城の方角に向かって面伏せして敬意を表し、それから言葉を続けた。


「お許しを得て、強力な軍隊を配備しています。領内には古代遺物を抱えた遺跡もあって、自領の兵士では足りず傭兵団を雇うことも珍しくありません。もちろん、長い付き合いの手堅い傭兵団を選ぶのですが、それでも不祥事が皆無とはいかないことはおわかりいただけることでしょう。ハリー・ヘイズは、契約期間を満了する前に失踪してしまった傭兵です。ペリー・カーチスと、ダニエル・イーシュもそうです。」


「失踪、なのですか。」


 エリザは急いで念を押した。


「死体は見つからなかったということですね。」


「ええ、死亡は確認されていません。失踪時の状況からみて、例の古代遺物を王都に持ち込んだ張本人は彼らである可能性が高いですわ。」


 俺は仰天した。


 すると、国際倶楽部のサロンに集ったあの夜、盗んだ加害者が盗まれた被害者の酒を飲んでいたというわけか!


 どれほど分厚い面の皮を持っていたら、そんな真似ができるんだ?


「あなたの前でキース卿…、つまりハリー・ヘイズは、消え入りたいといった風情でしたね。」


 アデュレイは記憶を追うように視線をさまよわせながら、呟いた。


「もちろん、彼はあなたの前に姿を現したくはなかったのでしょう。しかし、ハーヴィー卿に同席を命じられては逆らうことができない。恐らく彼はハーヴィー卿の父、グロスター伯爵に金を積んで男爵の位を得たのでしょうから。その上、盗品を都内で売りさばく気なら公安関係の有力者との繋がりは容易に断ち切れません。彼はあの夜、どうしても国際倶楽部に行かないわけにはいかなかったのだ。」


 そこで言葉を切って微笑を浮かべると、アデュレイは二、三度、満足げに頷いた。


「キース卿の、傲慢な内心を押し隠した卑屈な態度。顔を見られたくないし、覚えられたくもないといった素振り。そして、それらの隠された事情に全く気が付いていないハーヴィー卿。なるほど、あの夜の彼らの様子に納得がいきました。」


「キース卿がグロスター伯爵という後ろ盾を得て、古代遺物の不正取引に手を染めていたというのですね。」


 エリザは呆れたように首を振った。


「救いようがないな。では、やはり私たちが受け取った帯飾りも盗品かも知れない。」


「それは、恐らく違うと思います。」


 アデュレイはすぐに否定した。


「殺された古物商、ジェイムズ・イアン・アチソンが遺した日記を、私は王立図書館のベルナルド卿と共に解読しました。最近の日記に登場するK男爵とは、キース卿のことと思われます。というのは、キース卿がジェイムズに例の黄金のツタ飾りの加工依頼を行ったことが台帳で確認され、その内容が日記に登場するK男爵に関する記述と合致するからです。キース卿は、ジェイムズの店で後ろ暗い品々の鑑定や売却を行っていたのです。」


 日記を解読し、その記載内容を全ての台帳と照合する。そのような細かい作業を短時間で終わらせるなど、ベルナルドの助力なしにできることではないだろう。彼は、歩く魔法具なのではないか。


 アデュレイは説明を続けた。


「例の黄金のツタ飾りは、将来的にそれらを売却できるように、ジェイムズの店で加工に出されました。その際、キース卿は入手経路を明かし、ジェイムズがそれを記録している。ツタ飾りは亡くなった友人たちとともに記念の品として購入した物で、三つあったうちの二つを加工に出すとしている。つまり、領主に納めるべき遺物の一部を掠め取った物ではありません。そして、それは嘘ではないでしょう。故買屋に対して、ただこの一点についてのみ、嘘をつく必要などありませんからね。」


「それでは、なぜ彼が二つも所持していたのです?」


 プリシラは眉を顰め、やや顔を背けて窺うようにアデュレイを見た。


「ご友人と一つずつ分け持った物のはずでしょう? あなたの魔力感知の結果からみると、誓言の下に分け持たれたそれらが引き合う可能性があるとのことだったではありませんか。」


「キース卿は入手経路について、亡くなった友人たちとともに記念の品として購入した物だと述べている。即ち、三つのツタ飾りの持ち主のうち存命中はキース卿のみで、彼自身、その事実を承知していたということになります。普通は、亡くなった友人の遺品は家族に届けるか、記念に持っておくかするものではないでしょうか? しかし、彼はそうしなかった。」


「形見分けの品を売り払おうとしていたに違いない。」


 エリザは憤慨した様子で、固く握りしめた右の拳を自分の左手で押さえた。


 プリシラは柳眉を逆立ててその手元を見詰め、小さく咳払いした。しかし、エリザはそのまま右の拳で自分の掌を軽く一、二回打った。


「親友の形見の品も一夜で飲み代に化けてしまうことだってあります。そういう傭兵も珍しくはありません。しかもそいつは、予定していなかったサロンに招待されたというので、ちょうど加工が仕上がったそれらを急遽使い回したというわけですね。失礼極まりない奴だ。」


 加工した後、大事に取っておこうとしていたという可能性もない。なぜなら、贈答品として使い回したのだから。


 到底、大切な友人との思い出の品に対する扱いではない。


「彼が亡くなった友人の分と自分の分、つごう二つの黄金のツタを加工して売却しようとしていたのは確かですから。思いがけず貴婦人のサロンに招かれた男爵としてそれなりの品を持参する必要に迫られ、それらを利用したということでしょう。」


 アデュレイはエリザの怒気に同調するつもりはないらしく、ただ淡々と見解を口にした。


「加工はサロンが開かれる日の直前に仕上がったものですから、キース卿はサロン開催日の前日にそれらを受け取りに来ました。そして、サロンが開かれた夜、日付が変わる前に再び来店する予定を入れました。そのことも記録に残っています。閉会後、彼が急いで姿を消したのも道理、彼には次の予定があったというわけです。そしてこの予定は、ジェイムズの店がいかに堅固に魔法錠で守られていようと、それを無効にするものです。店主自ら、訪問者を招き入れるのですから魔法錠など意味を持ちません。」


 アデュレイはプリシラに目を向けた。


「レディ・プリシラ、私がお願いした、短剣の確認をしていただけましたか。」


「もちろんですわ、アデュレイ卿。いつ申し上げようかと思っていました。」


 プリシラは熱心に頷いた。


「殺人現場に残されていたというあの短剣は、恐らくわたくしどもの領地で傭兵に支給した装備品の一部です。なぜそれがわかるのかといえば、余所では手に入らない素材を使用した物だったからです。」


「握りの黒革の部分?」


「おっしゃるとおりです。レストア・ウルフ、…エインディア連合王国北東部に位置する危険地帯に出現する黒き災い。その魔物の革を使用しています。生きている魔物は脅威ですが、死んだ魔物はよい素材です。レストア・ウルフの革は手に馴染み、濡れても滑ることがなく、加工しやすいというのに、途方もなく頑丈です。これを傭兵部隊にまで支給できるのは、辺境の領主をおいてほかにありません。」


「やはりレストア産の素材でしたか。…」


 アデュレイは何か言葉を続けようとしたようだったが、結局、そのまま口を閉ざした。


 検死報告によると、実際に殺人に使用された凶器はこの短剣ではなかったはずだ。そのことを、ここで言わないのか?


 俺はちらりとアデュレイの方に目を遣ったが、アデュレイは微かに首を振った。アデュレイが言わないつもりなら、俺がしゃべり散らかす道理もない。


「それでは故買屋を殺害した犯人はキース卿、いやさ、ハリー・ヘイズで決まりだな。」


 エリザは平手で一つテーブルを打った。さほどの勢いはなかったが、受け皿の上で茶碗と匙が揺れて小さな音を出した。


 プリシラは優しげな笑みを浮かべながら卓上の茶器を見詰め、短く咳払いした。


「しかし、動機は何でしょうか。どうお思いになりますか、アデュレイ卿?」


 ダメだ、気が付いていない!


 先程から礼儀作法の先生の減点が続いているというのに、当のエリザに伝わらない状況が俺の重荷になってきた。俺は意味もなく席上で身じろぎして座り直し、プリシラを真似て咳払いした。


「何だい、もじもじして。落ち着きがないな。何か発言したいのか?」


 とんでもないことに、要らぬ注目を浴びてしまった。


 アデュレイが追い討ちをかける。


「では、どうぞ。動機について、君の意見を述べたまえ。」


「はっ?」


 俺は目を丸くして、一同を見渡した。


 少しばかり気の毒そうに目を細めているグランや、明らかに面白がっているアデュレイはいいとしても、ご婦人方の期待の籠もった眼差しを無視することなどできない。俺は急いで口を開いた。


「口封じだと思います。」


 エリザがうんうんと頷くのに力を得て、言葉を続けた。


「キース卿はレディ・シファールのサロンに招かれた後、ジェイムズの店に予約を入れています。もしかするとそのときから、すでに捜査の手が近づいているのを察して、口封じを考えていた可能性もあります。故買屋から足が付くのを恐れたんです。」


「なるほど、故買屋から足が付くのを恐れて口を封じたという点には同感だ。」


 俺が言葉を切ると、すかさずアデュレイが後を継いだ。俺の方に身を寄せ、一同に語るというよりも、俺に言って聞かせるように砕けた口調で語り掛ける。


「ならば、なぜすぐにも故買屋を消さねばならぬほどに危険が迫っていると考えたのか。僕は、あの国際倶楽部のサロンにおいて、彼は自分の破滅を予感したのだと考えているよ。あの夜のカード占いを覚えているか? キース卿のカードは、〈塔〉だった。」


「奴は迷信深く、占いなんかを信じたってことですか。」


「占い師の言葉を思い出すんだ。」


 俺は、不思議な雰囲気を持つエラという少女の姿を脳裏に描いた。

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