サナギ第1話

 あの日のことは忘れられない。


 それは雲ひとつない昼下がりの光景だった。


 のどかな田園が広がる村の中に紫色の斑点のようなものが無数に見える。それらは茅葺きの屋根にもモルタルの壁にも無舗装の道路にも、あらゆるところに群がっている。


 そして、村のいたる所に人間が横たわっていた。肉も骨もむき出しの人間の骸だ。肉は腐り、骨は腐蝕し、髪の毛と目玉ばかりが鮮明に見える。血は流れずゆっくりと死体はただ土に帰っていくようだった。辺りには腐臭が満ちている。


 俺は酷い吐き気と眩暈を覚え地面に膝をついていた。


 傍らではマテラが目を見開いたまま黙ってその光景を見ていた。彼女が何を思っていたのかはわからなかったが目の下が濡れているのは見えた。


 遠くの方で一人の女が地面を這うようにこちらに近づいてくるのが見えた。肩の下まで伸びた髪の毛は今にも千切れそうなほど痛んでいる。脚より下は腐敗して肉と骨がむき出しになっていた。


「ああ、ああ」


 女は叫んでいた。言葉にならない言葉を発して嗄れた喉を鳴らした。


「この、バケモノ……」


 最期の言葉。


 そして、女は地面に顔を付けたまま動かなくなってしまう。


 マテラはゆっくりと歩き出し、走り始めた。


 そして、マテラは叫びながら女の正面に立った。


「マテラ」


 俺が言葉を発すると同時にマテラはその女の顔を蹴り飛ばした。


 うつ伏せになっていた女性の身体は転がって、仰向けになった。腹の中身があらわになっているのが見えた。


 もうほとんど食われてしまってる。


 マテラはそれを見て笑っていた。何が可笑しいのかわからなかったが、目には涙が溜まっている。


「マテラ!」


 俺が叫んでもマテラは返事をしない。


 途方にくれて俺は空を仰いだ。やけに青く澄んだ空だった。腹立たしいほど綺麗だった。


「サナギ、僕は人間を殺してやったんだ」


 マテラはそう言って笑った。

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