第11話

 そうして、私達はヴィクトールに先導され、城に入った。

 大昔に何度か見たその城は、今見たところ、やはり老朽化しているようだった。強化魔法が失われているし、表面にはいくつも穴が空いており、そこに石を詰めて補修している。これはヒト達がやったのだろう。

 城に入った時、ヴィクトールの部下らしき、大勢のヒト達に歓迎された。どうやら食事を用意しているらしく、今はヴィクトールの案内で食事の為の部屋に入った所だ。


「どんなご飯があるのかな。楽しみだね、アリアンドール!」


 リリアナは椅子に座るや否や、相変わらず無邪気に笑って、そんな事を言い出した。

 私としては、特に楽しみではなかった。不老不死になってから一口も食事を口に入れていないので、そもそもこの体が食事を受け付けるのかどうかも不明である。また、私自身、特に空腹は感じていないし、ヒトの食事に興味も無い。

 私も一応、席についたが、それはなんとなくそうしただけであった。ヴィクトールも私達の向かい側の椅子に座って、恐らく、酷く楽しそうではあった。


「少し早い時間ですが、お二方、エルフの客人を迎えるにあたり、当家が用意できる最高の食事をお出しするよう申し付けております。どうぞお楽しみ下さい!」

「ありがとう、おじさん!」

「いえいえ、エルフの方々をご歓待するのですから、当然のことですよ!」

「おじさんいいヒトだね! 大好き!」

「ぐふふふ。ありがとうございます、リリアナ様」


 リリアナはいい調子だ。さっそくヴィクトールの懐柔に成功したようである。彼はこの街の主の様な存在だと思われるので、そうしておいて損はないだろうな、と思う。

 そう言えば、リリアナはヴィクトールの事を『おじさん』と呼んでいるが、彼は年を取っているのだろうか。その丸く膨れ上がった顔を良く見ても、私には彼が年寄りなのかどうか、よくわからなかった。

 その時、ヴィクトールの部下達が入ってきて、机に食事と食器、それに水を入れたコップを並べだした。食器は銀製らしきフォークと、木製の箸が置かれた。この食器、特に箸は、大昔に私も使っていた物と良く似ていた。

 そして白い皿の上に盛られたそれは、見たこともない奇妙な物だった。削り取られた木の皮のように薄い、しかし柔らかそうな、茶色い肉が数枚並べられている。


「こちらは、グレンウッド領から取り寄せた最高の牛を使った、ローストビーフです。これは私達の帝国では最高の料理とされています。どうぞ、お召し上がり下さい」


 ヴィクトールが言う、『牛』とやらが何なのか、私は知らなかった。

 エルフが食べる肉といえば、それは森に生きる鳥だった。牛がどんな姿をしているのか、その肉がどんな味なのか、私には全く想像もできなかったのである。

 そのまま私が牛のローストビーフとやらを見ていると、リリアナが食器を無視し、肉を手で掴んで食べだした。


「おい」


 私はリリアナのその行儀の悪さに少し驚いて窘めたが、リリアナはこちらを見てキョトンとしている。邪神には食器を使う文化が無かったのだろうか。

 いや、そもそも私がリリアナの食事の作法を気にする必要も無いのだった。何故私はこんなことをしているのだろうか。


「まぁまぁ、アリアンドール殿」


 ヴィクトールは相変わらず膨れた面をくしゃくしゃに歪めている。


「とってもおいしい! あなたも早く食べなよ!」

「ぐふふふ。リリアナ様のお口に合ったようで幸いです。アリアンドール殿も、ぜひ」


 食べたい訳ではなかったが、断る理由も無かったので、私は箸を使ってローストビーフを口に入れ、咀嚼した。

 これは美味、なのだろうか。私にはその味がよく分からなかったが、少なくとも不味くはないのだと思う。かつて大昔に食べていた鳥肉の味なんて全く覚えていないから、比較はできない。

 無感動に咀嚼し、飲み込む。空腹を感じない私が食べた物がどうなるかはわからないが、取り敢えず私は食事ができるようだった。

 ヴィクトールは私の顔を見ている。おそらくリリアナのような反応を期待しているのだろうが、特に感想は無いので、少し困る。


「……悪くない」


 結局、私はそんな事を言って誤魔化した。


「それはよかった! エルフの方々も、我々と同じ様な味覚なのですな。これは安心致しました」


 ヴィクトールを無視して、私は自分の体を魔法で観察していた。咀嚼し飲み込まれた肉は、喉から胸部へ入ると、次の瞬間分解され、魔力となって体に吸収された。

 よくわからない現象だった。私はこの数千年、食事をしていない。このような経験は初めてのことだ。

 この不老不死の体が、異物を拒否しているのだろうか。何にせよ、今の私にとって食事は必要ないし、食事によって魔力を吸収できるならば、まるっきり無駄にはならないだろう。


「……ねー、食べないの? じゃあ食べて良い? 良いよね! ありがとう!」


 リリアナは自分の分を早々に食べ尽くしたらしく、勝手な事を言い出して私の前のローストビーフをサッと奪い取って食べだした。

 私はリリアナの『してやったり』と言うような気色悪い笑みに、何だか少し腹が立ったので、魔法で魔力を塊にし、リリアナの額にピシャリと打ち付けた。


「ぴぇっ!」

「お前、意地汚いぞ。少しは落ち着け」


 リリアナは涙目になっている。

 こんな単純な魔法も防御できないのか。私の牢獄を開けようとした鍵の魔法は中々複雑な魔法だったが、こいつはまさか、他の魔法を使えないのだろうか。


「痛いでしょっ! 何すんの! ていやっ!」


 すると、リリアナは人差し指をこちらに突きつけ、何やら魔力を操作して魔法を放とうとしてきた。どうやら少しは魔法が使えるらしい。

 だから私は魔力を練ってその指を捻り上げ、その指を骨ごと圧し折ろうとした。

 相手の魔法を失敗させるために取る手段として、痛みを与える事は最も単純で有効なものだと、私は思う。実際、これはエルフ同士の決闘でも有効な手段だった。


「ギャーーーッ! 待って待って待って! ごごごごめんなさい!」


 流石に本当に折るつもりは無かったが、リリアナの指の骨が思っていたよりも細かったので、危うくそのまま折りそうになった。

 何とか寸前で魔力を消す事ができたが、解放されたリリアナは机に突っ伏してシクシクと泣き出した。


「ちょっとした冗談じゃん……遊びじゃん……うう……」


 邪神って何なのだろうか。私は本気で自分の知識を疑い始めた。

 邪悪な神の姿か? これが。


「お、おお……? もしかして今のは、魔法ですか!? 詠唱無しで魔法を!」


 ヴィクトールは私とリリアナのやり取りに困惑していたようだったが、次第に興奮し始めたようだった。

 ただの単純な魔法のやり合いに、何をそんなに興奮しているのだろうか。


「そうだな。私が不当にリリアナに魔法を使われそうになったから、阻止した格好だ」

「えっ……あ、左様ですか。大丈夫ですか? リリアナ様」

「うう……大丈夫じゃない……死んじゃう……」

「ええっ!? それは大変だ! お前たち、すぐに医者を呼びなさいっ!」


 まったく大げさな奴だ。少し指を捻っただけで死ぬ様な生命体がこの世にいるものか。

 ヴィクトールはリリアナのつまらない嘘に慌てふためいて立ち上がり、部屋の外に待機していたらしい部下に命令している。


「医者はいらない。おい、お前も嘘をつくな。骨は折れていないだろう」

「折れたもん……もう死ぬもん……」

 

 リリアナは完全に不貞腐れたようで、机に突っ伏したままブツブツと何か言っていた。

 結局、リリアナはヴィクトールの部下に、休む為に用意したと言う部屋に案内されるまで、そのままだった。

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