第10話

 私達がヴィクトール・ハイルブラントの先導でヒトの街『レンディア』の道を歩いて城へ向かう途中、リリアナは何度もヴィクトール・ハイルブラントにあれこれ質問していた。

 あれは何か、これは何か、と言った具合である。ヴィクトール・ハイルブラントはその度に、喜んでその質問に答えていた。


「あれは冒険者と、そのギルドですな!」


 今回も、興奮した様子で彼は答えた。その大きな建物の前には派手な鎧や服に身を包み、武器を持ったヒトが多く立っている。彼らは何やらざわめいて、こちらを見ていた。

 

 冒険者と呼ばれていると言う事は、彼らは何やら遠くへ旅でもするのだろうか。しかしギルドと言うものは初耳だった。


「冒険者ってなに?」

「平たく言えば傭兵です。依頼を受けて魔物と戦ったり、貴重な物品を調達したりするのですが――」


 彼はそこで言葉を切り、歩調を緩めて私と並び、声を小さくした。遠ざかる冒険者のギルドとやらをチラチラと見ている。


「――所詮は身の怪しい、流浪の荒くれの集まりです。あまり関わり合うことはお勧めしませんな」


 そう言われたが、そもそも私には傭兵と言うものも、彼らが戦う魔物と言う存在も初耳だった。確かに流浪の民であるならば、あまり信用してはいけない事は理解できるが。


「傭兵ってなに?」


 すると、リリアナはその無邪気さで、すぐさま質問するのだった。これは少し便利かもしれない。


「リリアナ様。傭兵とは、誰かにお金で雇われて戦う、誰にも仕えていない兵士さんの事ですよ」

「へーっ! 凄いね!」


 ヴィクトール・ハイルブラントはリリアナの事を外見相応の、子供だと思っているようだった。だからこのように優しく教えている。

 ただしリリアナは邪神だ。神々が滅ぶ前から存在する筈なので、少なくとも千年以上は生きているのである。それがこの有様なのは、少し面白いのかも知れない。

 しかし、誰にも仕えず、金で雇われて戦う兵士とは面白い。エルフは生まれ持った素質で王に使える戦士や魔法使い、又は一般の生産者等になることが決定されていたので、そのような存在はいなかった。皆決められた事を訓練し、務めているだけでよかったのだ。

 とにかく冒険者とは、ヴィクトール・ハイルブラントが言う傭兵のような存在らしかった。


「ヴィクトール・ハイルブラント」

「おお、アリアンドール殿。私のことはどうか、ヴィクトールとお呼び下さい」

「そうか。何故、彼らは傭兵ではなく、冒険者と呼ばれている?」


 私がそう問いかけると、何故かヴィクトールは一瞬、固まって黙った。ふとリリアナを見れば、何やら呆れたような表情をしている。


「……あ、はい。冒険者ははるか昔、この大陸に我々がやってきた時に、大冒険をして土地の開拓に大きな貢献をしたと伝説が残っておりまして。それで、彼らは今だに冒険者と名乗っているのです、はい」


 ヴィクトールの話はとてもわかりやすかった。彼らは自称、冒険者らしい。


「それに彼らのギルドは通常、人と争う様な依頼は受け付けておりませんので、そこは普通の傭兵とは違う所ですな。魔物専門の傭兵、みたいなものです」


 ギルドとは察するに、冒険者の依頼を管理する、団体の様な物らしかった。しかし、彼らが戦う魔物とは何なのだろうか。


「あっ、魔物って言うのはね、竜の末裔の事だよ!」

「何?」


 すると、思いもよらなかった所から答えが来た。リリアナである。


「竜の死体から生まれた悪い存在で、あらゆる生命を襲うんだ。地上にはいっぱいいるんだよ!」


 物凄く得意げな顔をして、リリアナはそう言った。

 魔物は竜の死体から生まれた存在らしい。確かに竜は途轍も無い魔力を内包していたが、その死体から新たな存在が生まれるなんて事があり得るのだろうか。


「確かに、エルフの方々が遺した文献にも、その様に書かれていましたな。リリアナ様はとても物知りなようで」

「ふふん。私は賢いんだよ」


 賢くはない。絶対に。

 リリアナはヒトの事に関しては無知なようだったが、魔物の事は知っているようだった。竜が死んで、ヒトが繁栄するまでの地上については知っている、と言う事だろうか。

 どうも彼女の知識は虫食いの様に、抜けている所がある。あまり信用してはいけない気がする。


「ぐふふ、その通りですな。確かこうです。死した古代竜の血肉から悪しき者達が生まれ、それによって我々は――あっ」


 ヴィクトールはそこまで言うと、何故かバツの悪そうに口をつぐんだ。


「――い、いや、申し訳ない。あなた方の文献には魔物に襲撃され、大きく数を減らしつつあると記されていたものですから……それで滅んだのだと私は思っていたのですが、どうやら間違いだったようですな」


 あぁ、そういう事か、と思い至った。ヴィクトールはエルフである私に気を使ったのだろう。

 リリアナによるとエルフは滅んでいる。もちろんリリアナの情報であるので、あまり鵜呑みにしないほうがいいのかもしれない。

 しかし、激しく竜と争った上に生命の樹を失ったエルフに、もう戦う力はなかっただろう。竜の死体から魔物とやらが生まれたなら、滅ぼされても何ら不思議はない。


「特に間違ってはいないだろう。気にするな」

「あ、ありがとうございます。しかし、それではあなた方は――あいや、詳しいお話は、お城でしましょうか」

「……そうだな」


 私は普通のエルフではなく、不老不死で、ずっと空の上にいたのである。この事をヴィクトールに話しても良いのか、少し悩んだ。

 しかし、特に隠すような事でもないと思い直した。わざわざ自ら吹聴して回るような事はしないが、聞かれれば答えても良いだろう。


「ねーおじさん! あれは何?」

「ぐふふ。あれは肉屋ですな。冒険者達が狩ってきた魔物のお肉も扱っておりますよ」

「魔物を食べるの!?」

「一部の魔物は、食べられますよ。中々に美味な物もありましてな。特にホーンラビットやクラウンディアの肉などは臭みも少なく――」


 リリアナがどこかを指さして元気よく質問し、ヴィクトールが答えて、解説する。

 そのような流れを幾度も繰り返して、私達は現在ヴィクトールの住処となっているらしい、エルフの城へ向かっていった。

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