第9話
私が改めて名乗った後、私達はヴィクトール・ハイルブラントの先導で、門を潜った。門番は門に残り、金属鎧を身にまとったヒトが二人、私達の左右それぞれを固めている。
彼らをよく見てみると、金属鎧は全身を覆っている訳ではなく、腕や脚など、要所要所で肌が見えている。全身を覆ってしまえば動きにくくなるため、わざとそうしているのだと思われる。
そしてその鎧で覆われていない部分から見える彼らの筋肉は、とても鍛えられた、鋼のようなそれだ。彼らは兵士階級のヒトで、おそらくは、ヴィクトール・ハイルブラントの部下だろう。主を侮辱されたと思って、私をすぐさま攻撃しようとした事から、忠誠心はかなり高そうだった。
彼らは油断なく私達を警戒しているようで、時折刺々しい視線がこちらに向かう。得体の知れないエルフ二人がいるのだから、仕方がない所もあるだろう。
「わーっ! ヒトがいっぱい!」
特にこの自称邪神には警戒しておいた方がいい。突然何をするか、私にもわかったものじゃないのだから。
門を潜った先には、ヒトの建築物が多数立ち並んでおり、当然そこにはヒトが行き来していた。彼らは皆、やはり奇妙な顔をしている。この顔つきや、丸い耳、そして体型の大きな差異がヒトの特徴なのだろう。
中には女性であろう、胸の膨らんだ個体も見て取れた。初めて見る女性だったが、やはり顔つきは奇妙だ。
彼らは皆、門を潜った途端に大声を出したリリアナを、恐らく奇異の目で見ていた。
「そうですとも。この街はヒトの街です。最もエルフに近い街、レンディアへようこそ!」
ヴィクトール・ハイルブラントは両手を広げ、大げさに我々を歓迎した。その丸い顔は弛んだ肉で膨れており、表情はよくわからないが、得意げであろうことはわかる。
レンディア。それがこの街の名前らしかった。
「凄い! レンディア凄い!」
リリアナは凄い凄いと連呼している。何が凄いのかはよくわからない。
私が見た所、レンディアはただヒトが住むだけの街である。その規模はエルフの都とは比べるべくもないし、立ち並ぶ、石か木で造られている建造物や、そこらのヒト達からは何の魔力も感じられない。
彼らは魔法が苦手なのだろうか。確かに、魔法無しで街を作り上げる事は、凄いと言えるのかも知れない。地道に石を積み上げて建物を作るなんて、その労力を考えると恐ろしく大変な事だろう。
だからと言って、私は凄い凄いと連呼するような事はしないが。
「ぐふふふ。エルフの方に我らの街を褒めて頂けるとは、私も鼻が高いですな!」
ヴィクトール・ハイルブラントは変な笑い声らしきものを上げて、弛んだ肉に包まれた顔を、更にくしゃっと歪めた。
それと同時に、護衛の二人の剣呑な雰囲気も、いくらか和らいだようだった。
リリアナはヒトの敵意を鎮める事が得意なのかもしれない。間違いなく馬鹿だったが、その無邪気さは彼女の良い所でもあるのだろう、と思わされた。
少なくとも私には、リリアナの様な事はできそうもなかった。
「さて、私は今、あの奥に見える、エルフの方々が作り上げた素晴らしい城に住まわせて頂いております。お二方、そちらに向かいましょうぞ」
「うんっ! 早く行こっ!」
そう言ってリリアナは、私の手をグイグイと引っ張っている。
こいつは何故、ここまで私を同行させることに拘っているのだろうか。自分が無力だから、護衛にでも使おうと思っているのか。
私はこいつが何かに襲われようが、特に守ってやるつもりも、その必要もないと思っているのだけれど。今はただ、リリアナの勢いに任せて、流されているだけである。
「ぐふふ。本当は馬車を用意してお送りしようと思ったのですが、リリアナ様は街をゆっくりご覧になりたいでしょうし、歩いていきましょうか」
「しかし伯爵。門まで徒歩でお越しになられたのですから、お疲れでしょう。馬車を用意させます」
と、護衛の一人がヴィクトール・ハイルブラントに声をかけた。
馬車とは何だろうか。彼の口ぶりからして、何かの乗り物だとは思われるが、聞いたことが無かった。
「よい。エルフと並んで歩く。お前はこれが、私にとってどれほど重要な事であるか、わかっておらんようだな!」
ヴィクトール・ハイルブラントは何やら興奮した様子で、護衛に向かって叱りつけるようにそう言った。
彼の言う事もわからなくはない。大昔に滅んだと思われている種族と遭遇し、共に歩くと言う経験は、かなり得難いものなのだろう。
「も、申し訳ありません」
「もうよい、お前たちは先に戻っておれ。城でお二方の歓迎の準備を急がせよ。勿論、食事も十分に用意させるのだぞ」
「し、しかし伯爵」
「護衛も無しで市井を歩くなど、そのような……」
「よいと言っておる! 早く行けっ!」
食い下がる二人の護衛に、ヴィクトール・ハイルブラントが顔を赤くしてそう一喝すると、二人は苦々し気な様子で私を見てから、伯爵に向かって一礼し、城の方へ小走りで向かった。
あれほど護衛をしたがると言う事は、この街は治安が悪いのだろうか、竜でも出るのか。どちらにせよ、彼ら護衛の忠誠心は大した物であるらしかった。
しかし、彼らは何故私だけを見たのだろう。私がこの街に来たのはリリアナのせいなのだが。
何だか釈然としない。
「いや、お見苦しいものをお見せして申し訳ない。彼らは心配性でしてな」
「そうか。良い部下だな」
何気なしに私がそう言うと、ヴィクトール・ハイルブラントはやはり、顔をくしゃっと歪めた。
もしかしてこれは、笑っているのだろうか。彼の表情はとにかく読みづらい。
「ありがとうございます。確かに、普段の彼らはとても良い男達です。貴方のような、高貴なるエルフの方にお褒めを頂くなんて、彼らも喜ぶでしょう」
「どうでも良いから早く街を見ようよー」
リリアナは心底どうでも良い、と言った様子で、辺りを見回しながら、私の手を引っ張った。
確かにどうでも良い話だった。リリアナと私の意見が一致するだなんて、珍しい事があるものである。
「ぐふふふ。では、行きましょうか!」
「おーっ!」
そうして私達はようやく、彼の先導で歩き出した。街を行くヒトの人々は、我々を避けて、道の端に寄った。ヴィクトール・ハイルブラントはやはり身分が高く、この街の王の様な存在なのだと思われる。
歩いてる途中、リリアナは足を動かしながらキョロキョロと視線をあちこちにやるものだから、何度か転けそうになっていた。
「おわっ!」
「おい」
その度に手を取られている私まで転けそうになるので、手を引っ張って立て直してやる。
「ふへへ、ごめんなさい」
本当に面倒な邪神だった。
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