第8話

 今、私は門の近くで手頃な大きさの石を見つけたので、そこに腰掛けている。


「離せーッ! 離せーッ!」


 リリアナがうるさい。

 こいつはまた私を連れて中に入っていこうとしたため、私が魔法で土を操り、四肢を地面にしっかりと縛ったのだった。あの門番は私達に待っていろと言ったのだから、言う通りに待っている方が問題が起きないだろう。

 もちろん、私が本気で魔法を使えばヒトなど問題にせず、好き勝手に振る舞う事も出来る。ヒトが神々より強いと言うなら話は別だが、まぁそれはないだろう。


 私は別に殺戮が大好きなエルフではないし、特にやましい所もないのにヒトの戦士に囲まれるような状況は避けたい。

 単純に面倒だからだ。


「ねぇこれなんでこんな硬いの!? 神様だよ!? 私、神様なんだよ!? 早く解いてよぉ! 街で楽しいこと探そうよぉ! びええええ!」

「うるさい。黙れ」


 泣き出した。本当にうるさい。そもそもリリアナは神ではなく、邪神を名乗っていた筈だが。

 私は土を操り、リリアナの口を塞いだ。


「モゴゴゴッ!」


 リリアナは喚いていたので、少し土が口に入ったかもしれない。どうせ死ぬでもないし、問題はないだろう。

 私がここに座って、どれくらい経ったのかはわからない。数分か、数時間か。そもそも時間の感覚が壊れているし、リリアナが現れてから色々ありすぎて本当にわからない。

 こいつは何故、私を解放しようとしたのだろうか。

 邪神とは邪悪な神の事である。まぁ、今土に包まれて涙を流しながらモゴモゴ言ってる、いっそ哀れな姿を見ればそうは思えないが、邪神とはそういう物であると、大昔に誰かが言っていた。


 私の力を使って、ヒトをどうにかしたいのだろうか。私の簡単な拘束を解けていない時点で、こいつの魔法は私より酷く劣る。純粋な身体能力だってお粗末な物である。本当に子供程度の力しかないのかも知れない。

 だから、私の力を当てにして、何かをしようとしているのか。

 まぁ、こいつに何を頼まれようと、私はやりたくないことはやらない。誰かに命令されようと、気に入らなければ拒否する。それだけだ。


 そんな事を考えていると、私の前で地面に這い蹲っているリリアナの向こう、門を通ってヒトが四人現れた。

 何やら身分の高そうな、小綺麗で、しかしやはり奇妙な布の服を着たヒトが一人。金属で出来ているらしい、重そうな鎧を着たヒトが二人。先程の門番が一人である。

 門番はどうやら、この身分の高そうなヒトを呼びに行ったのだろうか。


「お、おぉ……おぉっ! エルフだッ!!」


 身分の高そうなヒトが、私の顔を見るとほぼ同時、そう叫んでこちらに走ってきた。しかし、私の足元に転がって土に拘束されているリリアナに気付いて、急停止した。

 慌てた様子で、他の三人も走って追いついた。


「ムー」

「…………? あの、この方は一体、どう……?」

「連れだ。気にするな」

「連れ……はぁ、そうですか……わかりました」


 明らかに何もわかっていなかったが、このヒトは無理やり納得したようだった。

 しかし、近くで見ると妙な形のヒトだった。耳はやはり丸かったが、他の三人と比べて、全体的に丸いのである。まるで体や顔に肉が余分についているかのような、本当に奇妙な形だ。特に腹が、服の上からでもわかるくらいに、子を孕んだ女のように大きく膨らんでいる。

 まさか、この顔で女性なのだろうか。そうであるならば、私はヒトを醜いと評価するしかなくなるのだが。


「ヒト。お前は女なのか?」


 私が彼、もしくは彼女の腹を見ながらそう言うと、身分の高そうなヒトはキョトン、とした。その顔には明らかに『何を言われたのかわからない』と書かれている。


「その腹だ。女でないなら、何かの病か?」

「貴様! ソレイリア帝国伯爵、ヴィクトール・ハイルブラント様を侮辱するか! そもそも、伯爵を立たせておいて座っているとは何事かッ!」


 突然、金属の鎧を着たヒトの一人が、私にそう叫んだ。次に金属の鎧を着た二人の槍が私に突きつけられる。

 ソレイリア帝国伯爵。さっぱりわからない。身分の高そうなヒトの名前らしき単語も、長すぎて耳を通り過ぎた。

 しかし困った。私には誰かを侮辱する意図は無かったのだが。何か彼ら独特の禁忌にでも触れたのだろうか。

 面倒くさくなってきた。こうなってしまえば、もう魔法で薙ぎ倒しても良いのだが。


「や、やめないか! お前たち! 控えろ!」

「ムーっ! ムーっ!」


 身分の高そうなヒトは二本の槍を掴み、下げさせた。リリアナは何やらムームー言っている。まだ喋る元気があったのか。


「お前たちはあっちに行ってなさい! まったく……いや、乱暴で申し訳ない。謝罪させて頂く」


 身分の高そうなヒトは神妙な様子でそう言い、右の手のひらを胸に当て、腰を折って頭を下げた。

 その仕草は、エルフが謝罪をする時のそれとよく似ていた。種族が違うのに、謝罪の仕草がほぼ同じと言うのは、少し興味深かった。

 金属鎧の二人は狼狽えた様子で、何事かをボソボソと呟いて後ろに下がった。


「そうか」


 私は槍どころか竜の牙を突き立てられても傷はつかないと思われるので、謝る必要は無い。

 だから私は、許すとか許さないとか以前に、特に怒ってもいない。


「……? それは、謝罪を受け入れて頂けると言う事で、よろしいか?」

「そうだ」


 そう言ったつもりだったのだが、伝わっていなかった。どうも私は、会話が苦手になっているらしい。

 数千年も一人で牢獄に入っていたのだから、当然である。


「おぉ! それはよかった。私はヴィクトール・ハイブラント。君たちからどう見えているのかはわからないが、私は男だ。そして恐れ多くも、偉大なる太古の先達であるエルフの、研究家を名乗らせてもらっている!」

「そうか」


 今度はきちんと聞き止められた。この身分の高そうで丸いヒトは、ヴィクトール・ハイルブラントと言う名前の男らしい。随分と長々しい名前だった。

 男なのに腹が大きいのは、やはり病にでも罹っているのだろうか。

 それに、エルフの研究家。滅んで時間が経てば、そういう存在も出てくるものか。


「ムームー!」

「ああ、忘れていた」


 本当に忘れていた。流石にこの状況で街の中に走ろうとするほど馬鹿では無いだろうと、淡い期待を込めてリリアナの拘束を解き、自由にしてやる。


「おお! これは可愛らしいお嬢さ――」

「この変態クソエルフッ!」


 リリアナは立ち上がるや否や、突然私の顔に平手打ちを放った。ベチーンと大きな音が響き、私の顔が横に向く。


「――ちょっ……ちょっと。一体何が起こってるんです?」


 ヴィクトール・ハイルブラントは酷く困惑した様子で、私とリリアナを交互に見ている。

 しかし、聞かれても私にもわからないのである。どうしたんだ急に、この馬鹿は。


「わからん」

「信じらんない! 鬼畜! 頭おかしいんじゃないのっ!?」

「そうだな。私は頭がおかしい」


 頭がおかしいのは自覚している。今更改めて言われても、このように言うしか無いのである。

 リリアナは何やらフーフーと鼻息を荒くしていた。いや、確かに拘束されて怒るのはわからなくもないが、原因はお前だろう。

 何故私が平手打ちをされたのだろうか。甚だ疑問である。


「まぁまぁお嬢さん。落ち着きましょうよ。お二人はこの街に入りたかったのでしょう? 今日はお二人を私の――あっ。いや、ゲフンゲフン。奥の城にご招待致しますから」

「ほんとっ!?」


 ヴィクトール・ハイルブラントの言葉に、リリアナは途端に気分を良くしたようだった。先程までの怒りはどこに行ったのか。

 私に背を向けているのでその表情はわからないが、相変わらず気色悪い笑顔を浮かべているのだろう。


「もちろんです。元々あの城はあなた方、エルフの物なのでしょう?」

「えっ、うん。ありがとう、ヒト!」


 お前は邪神だろう。あれはエルフの城だ。

 しかしリリアナはそこを誤魔化した。妙な所で悪知恵が回る邪神である。まぁ、ヒトから見れば耳が尖っているリリアナはエルフに見えるのだろう。

 肌が日に焼けすぎたように浅黒いので、白い肌しかいないエルフとは全く違うのだが。


「では、行きましょうか。……ああ、そう言えばお二人のお名前を聞いていませんでしたね。お聞かせ頂けますか?」

「リリアナだよ!」

「私はアリアン――」

「早く行こっ! 早くっ!」


 私も名乗ろうとしたら、リリアナは私の手を強引に引っ張って立ち上がらせた。

 もう一回地面に縛り付けてやろうか。

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