第7話
「見えてきたよ! おっきいねー!」
大きいか?
リリアナがはしゃぎながら指差すそこには、確かに都市のような物が見える。しかしその規模はエルフの都と比べて、酷く小さく見える。しかも私達が草原の丘の上から見下ろすそれは、街を囲む防壁のような石造りの高い壁が、数カ所に砕けた様にぽっかりと口を開け、そこから溢れ出すように、住宅らしき建物が外に広がっていた。その更に外に、簡素に造られた木の壁がある。
なんだあの石壁は。あれでは意味がないだろうに。わざと崩したのか。街を大きくする時に壊したのだろうか。
しかも街の奥に構える城は、確か大昔にエルフが建てた城である。魔法で木を成長させて建造したそれは、大部分の建造物が石で建てられているらしいその街の中で、物凄い違和感を放っていた。
「変な街だな。あれはエルフの城を使っているのか」
「凄いよねー。ヒトはああやって、エルフが残した物を使うのが上手なんだよ!」
エルフが残した物。種族は滅んだけれど、あの城の様に、残った物はあった訳だ。ヒトはそれらを上手く使っているらしかった。
あの城は魔法で強化されていた筈だが、それは何千年も経ってまで持つような物だったろうか。近くで見てみてもいいかもしれない。
私はリリアナに手を取られ、引っ張られるままに、街の門らしき所までやってきた。扉もない門の横には、門番らしき、恐らくヒトであろう生物が立っている。
その体はエルフによく似ていたが、顔はとても奇妙だった。明らかにエルフとは違い、目や鼻、口等のパーツが歪んでいるように見える。それに耳は丸く、短く刈られた茶色の髪の毛は硬そうに見える。またそのヒトは、動物の革で造られた鎧らしき、妙な物を身に着けていた。
醜いとまでは言わないが、初めて見るその姿はまさしく奇妙だった。私が地上にいた頃にも他の大地にはこんな種族がいたのかと、少し驚く。
「ヒトだ! こんにちは!」
リリアナは門番の、恐らく男性のヒトに手を振り、小走りでそちらに近づいた。私も引っ張られて連行される。
これでは、なんだか私の方が子供みたいだな、と思う。
門番は笑って、リリアナに向かって左手を上げた。右手には穂先が金属製の槍を持っている。それは特に魔法は込められていない、粗末な槍だった。
「おう、こんにち――?」
門番は近くまで来たリリアナと私、それぞれの顔を見て固まった。
そう言えば、エルフはとっくに滅んだのだった。私はエルフだし、リリアナは邪神だがエルフに似ている。彼らヒトはエルフを見たこともないだろう。
面倒な事になる予感がしてきた。門番は私達の顔と、耳をジロジロと見て、持っている槍を少し動かした。
「何だお前ら……? どこから来た?」
「空の上からだよ! はじめまして、ヒト! 変な顔だね!」
リリアナは馬鹿だった。私はすぐにでもここから離れて、どこかの草の上で石のように転がっていたい気分になってきた。
そもそもこいつ、地上に詳しいような雰囲気を出しておきながら、この体たらくである。こいつは頼りにしてはいけないと、私はすぐにそう思った。
「は……?」
「私達は街を見に来たんだよ! じゃあね、ヒト!」
「いやいや待て待て待て!」
門番は門を通り抜けようとするリリアナと私の前に立ちふさがった。仮に私が彼でもそうする。門番としてはごく当然の働きである。
明らかに怪しいであろう私達に槍を向けないのは、彼なりの優しさだろうか。それとも槍の使い方を知らないのか。
「なにかな、ヒト!」
「何じゃねぇよ! えーとまず……目的は観光か? あんたら、身分を証明できる何かはあるか?」
「無い」
リリアナに任せていたら攻撃されそうだったので、仕方なく私が前に出て門番に対応することにした。幸い、神々やエルフが創造主から賜った言葉は、彼らにも通じるらしい。
当然、今の私に身分を証明するものなど無い。牢獄に入れられる前は、魔法使いとしての証を持っていたような気がするが、当然そんな物は天上に連行された時に取り上げられている。恐らくどこかに捨てられたのだろう。
魔法で彼を洗脳でもできれば事は楽だったのだろうが、悲しいかな、私が魔法を探求していたのは誰もいない雲の上の牢獄の中である。他人の脳をどうこうする魔法は使えないのだ。
そもそもヒトの脳がエルフと同じとは、あまり思えなかった。
「まぁ無いよな……なら、通行税として銅貨10枚だ。と言うかあんたら、金とか持ってるのか?」
通行税。エルフにも税金の制度はあった。エルフは街に入るだけで金の支払いを求められるような事は無かったが、そこはヒト独自のルールと言う事だろう。
しかし、エルフが滅んだ後にやってきたヒトも、エルフと似た制度を採用している事が、少し不思議だ。
「無いな」
もちろん、私達は無一文である。『銅貨』とやらを見たことすら無い。
リリアナは早く街に入りたそうにして、ウズウズと門の外から街並みを覗き込んでいる。私が手を取っていなければ、勝手に入っていきそうな気配すらあった。
私の返答に、門番は残念そうに口を開いた。
「あー……悪いけど、払えないなら中には入れないぞ」
「そうか。邪魔したな」
当然である。これが彼らのルールと言う事だろう。仕方のないことだ。
「えーっ! なんで!? 入れてよ!」
リリアナは彼らのルールを理解する知能を持ち合わせていない様だった。面倒くさいので、手でリリアナの口を塞ぎ、後ろ向きに抱き寄せてその場を離れることにした。
「ムーっ!」
「待て。あんたら……その、もしかしてだけど……エルフ、なのか?」
そのまま回れ右して来た道を戻ろうとすると、門番に呼び止められる。その目は私の尖った耳に向けられている。
確かに、彼らヒトと我々エルフの最も大きな違いは、この耳だろう。顔の造形も異なるが、それは門番の彼だけの可能性もある。
しかし、何故彼らは大昔に滅んだ筈のエルフの事を知っているのだろうか。
「そうだ」
「ムームーっ!」
私には特に嘘をつく意味もなかったので、そう答えた。
リリアナは鼻息を荒くして暴れている。力は弱いが、手に鼻息がかかって鬱陶しい。魔法で塞いでやろうか。
「……マジか? なぁ、その耳触っていいか?」
門番は驚いているようだったが、私の耳を指してそう言ってきた。
エルフにとって耳を触ると言うのは、ごく親しい間柄でのみ許される行為だ。具体的には家族、恋人等である。
私が普通のエルフであれば、エルフですら無いヒトの門番にこんなことを聞かれれば、怒るかもしれない。しかし私は普通のエルフではないし、耳を触られようと特に何も思わない。
「いいぞ」
「お、おう。じゃあ、触るぞ」
「ムー……」
門番は少し緊張した様子で、私の耳に手を伸ばした。
リリアナはやっと大人しくなったが、やはり何事かを言おうとしている。碌なことにならないだろうから黙っていてほしい。
門番は恐る恐る、と言った様子で私の耳に触れ、指で挟んだ。
「うお、本物かこれ……すげぇ。本物だ」
門番は私の耳を軽く引っ張ったり、押したりしている。親しくもないエルフの間で、一方がこんな暴行を働けば殺し合いになってもおかしくはないだろう。
ヒトはエルフに関しての知識が少ないようだった。それがこの門番だけの事なのか、ヒトと言う種族全体の事かはわからないが。
門番は好き勝手に私の耳を弄くり、やがて満足したようで手を離した。
「マジか。マジでエルフかよ。すげぇ……やべぇ……!」
「もういいか。私達は他へ行く」
「いや待て! あんたらちょっと、ここで待ってろ! いいか、ここにいろよ! 絶対だぞ!」
門番はそう言うと、槍を乱暴に木の壁に立てかけて、街の中へ走っていった。何やら慌ただしいヒトである。
もういいだろうと、私はリリアナを解放した。これでまたこいつが街の中へ走っていこうとしたら、もはや魔法で地面に縛り付けるしかあるまい。
「ちょっと! うら若き少女邪神に何てことするの! この変態クソエルフ!」
「そうか」
少女邪神って何だとか、邪神に若いも老いもあるのかとか、変態クソエルフとは随分な物言いだなとか、いくつか思ったことはあったが、面倒なので無視した。
しかし、邪神とはこれほど、まるでエルフのように振る舞うものなのだろうか。私がまともに会話したことある神はセリオスだけだが、あいつにはもっと浮世離れした、神に独特の、エルフからかけ離れた何かがあった気がする。
「……ねぇねぇ、今なら入れるんじゃない? 入っちゃおーっと!」
そしてやはり、リリアナは馬鹿だった。
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