魔王の判断

「よぉ」

『むぅ? おぉ、お主か……随分と早い再会じゃの』

「俺もそう思った」


 魔王城の地下へと直接次元の穴を開いて移動すると、前回と同じ様に結界の中で退屈そうに欠伸をしている邪神がいた。ケラケラと笑いながらこっちを見ているこの女神は……俺の敵だ。


『そう殺気立つな。どんな用で来たんじゃ?』

「言ったはずだ……次に会った時も同じ感じなら殺す、と」


 触れずに結界を破壊すると、邪神は少し呆けたような顔をしていたがすぐに笑いだした。


『なんじゃ、気付いたのか?』

「王国と魔族を引っ掻き回して得をするのはお前だけだろ」

『封印されておった妾が得か? なんの得があるんじゃ?』

「知るか。大方、ただの悦楽だろうが」

『ふはははははは!』


 古来、神なんて存在はそんなもんだ。自分の快、不快の為に全てを巻き込んで平気な顔で笑うのが、神と言う存在だ。だから俺は、俺の敵を殺すためにここに来たんだ。


『あー……笑わせてもらったわ。思っていたより面白い男じゃな』

「そうかい。お前は思ったより邪悪な奴だな」

『待て待て』


 殺すために拳を握り込んだ瞬間に、邪神はこっちに手を向けて制止した。俺の背後にいるミエリナとアイリス、そしてアーティリアはどうやら俺と邪神の話についてこれていないみたいだけど、ここから退避させた方がいいだろうか。


『二つ勘違いしておるぞ』

「何を?」

『そもそも妾は、邪悪などという概念を知らぬから邪悪ではない。そして……今回のことは妾の快、不快ではなく、ただお主に嫌がらせがしたかっただけじゃ』


 にんまりと笑いながらそうやって言った邪神に対して、俺よりも先にアーティリアが飛び出した。


「お前はっ! そうやって自分の感情だけでどれだけの犠牲を生んだと思ってるんだっ!」

『知らぬよ。妾にとって人間も魔族も無限に湧き出てくる蛆虫と同じ……暇潰しに殺しても何の問題もあるまい?』

「っ! 絶対に許さない!」


 俺が止める前に光の魔法を纏いながら、アーティリアはそのまま邪神の首を切り落としてしまった。色々と聞きたいことがあったんだけどな……仕方がないか。


「さっさと地上に戻るぞ」

「……なんでそんなに冷静でいられるんですか?」


 足元に転がる邪神の死体を眺めながら、アーティリアは冷めた声でこっちに敵意を向けてきた。まぁ、勇者としては相手が攻めてきた侵略者だとしても、俺が人間を虐殺したことは許せないんだろうな。燻っていた負の感情、とも言うべき俺への敵意が溢れそうになっているんだろう。

 だけど、今は勇者と遊んでいる暇はない。


「そもそもその程度で死ぬ訳がないだろ」

「なにを根拠に」

「なら見るか?」


 掴みかかってくる前に、アーティリアの前に次元の穴を空けて見せてやる。そこにあるのは地上で高笑いしながら戦場に転がっている死体を操り、残っていた新魔王派と王国軍を蹂躙する邪神の姿。

 アーティリアは唖然としているようだが、俺の予測では既に全滅していると思ったんだが……もしかしたら光の魔法が関係しているのかもしれない。


「わかったか? お前はあれの掌で踊らされてるんだよ」

「……」

「さっさと行くぞ。殺すのは簡単だが止めるのは面倒だ」

「殺さないの?」


 止めるのが面倒だ、という俺の言葉にすぐさまミエリナが口を挟んできた。


「止めるのが面倒だって言っただろ。殺すに決まってんだろ」


 今更、殺さずに終わらせようなんて思ってないし、そもそもあいつは次に会ったら殺すと決めていた。だから殺す。不死だかなんだか知らないが、そんなものは俺には関係がない。それに、不死は一回殺した。


 次元の穴を通り抜けた先にあったのは地獄絵図。死体が動き、元は仲間であった人間や魔族を襲い、殺された死体が再び動き始める。

 死んでるから痛みも感じずに突っ込んでくる兵士に、人間も魔族も等しく逃げ惑うことしかできない。そして、死ねば敵が増える。


『ん? 来るのが速かったのぉ』

「勇者が先走ってな」

『ほぉ……そうかそうか。やはり未熟じゃな』


 邪神は特に警戒した様子もなく俺たちの前に降り立ち、アーティリアを嘲笑った。アーティリアの殺気が膨れ上がってそのまま邪神に突っ込んでいきそうになったので、首根っこを掴んで後ろに投げる。


「なにをっ!?」

「先走るな。だから未熟なんて言われるんだよ」


 今、アーティリアが踏み込んでいたら間違いなく死んでいた。どういう手品か知らないが、邪神はそういう魔法を俺に殆ど悟られずに発動させようとした。


『やはり、お主は厄介じゃなぁ……どうやれば殺せるか』

「さぁな」

『……ふはっ!』


 気が付けば妖艶な邪神が複数体に分裂していた。

 多分なんだけど……こいつが持っている力は俺のそれに似ている。


『さぁ、どうする?』

「消す」

『……は?』

「ファイアボール」


 言葉通り、分裂した邪神の分裂体を消す。

 理解できないことが起きて思考が固まった邪神に対して、ミエリナがすぐさま魔法を放った。

 ミエリナは人類最高峰の魔法使いだが、ファイアボールの短文詠唱で隕石みたいな火球を上空から堕としてくるとは思わなかった。もしかして、勇者候補様のパーティーにいた時は、結構手加減してたのか?

 こっちに飛んで来る熱波と衝撃は俺が防いでおくが、普通に周囲にいた死体兵士たちも消し飛んだんだけども。


「ボールって大きさじゃないだろ」

「そうでもないですよ?」


 ミエリナの方へと振り向けば、アイリスが黙ってタリスマンを片手に祈っていた。アイリスの祈りは味方の能力を女神の加護(詳細不明)で強化する魔法なんだけども……だからってあそこまで強くならないだろうから、多分元々ミエリナが強かったんだろうな。


「勇者様」

「ありがとう」


 アイリスは続けてアーティリアの未熟な光の魔法を補強するように、剣へと魔法を使っていた。まぁ、アイリスは言っちゃえばバフ魔法のスペシャリストだからな。アーティリアの未熟な魔法を安定させるのは上手いだろう。


「無傷、ね」

『驚いたぞ……やはりお主は、人の子ではないわ』

「失礼なこと言うな」


 あんなファイアボール受けておいて、傷一つ受けてない奴に言われたくない。

 不死って言うか、傷がつかないんだから死なないって感じなのかな。俺が殺した不死の魔王は、魂が世界に貼り付いているから死んでも生き返り続けるって感じだったけど。


「仕方ない……アーティリア、俺がフォローするから突っ込め」

「……貴方が殺した方が早いのでは?」

「準備に時間がかかるんだよ」


 不死の魔王を倒した時もそうだったけど、不死をしっかりと殺すには魔法の準備が少し面倒なんだ。なにせ、殺せるだけの概念を

 なんとも納得できないような顔をしている気がするけど、取り敢えず頷いたから大丈夫だろう。さっさと殺して、終わらせるとするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る