少年の決断
ロイドさんは戦争を止めたいと言った。しかし、これほどの犠牲を出して、本当に戦争が止められるのか疑問に思ってしまった。それからは僕の心にはいつだってロイドさんに対する不信感のようなものが燻っていた。それにロイドさんは気が付いているはずなのに、ずっと僕を傍に置いていた。きっと、あの人について行こうと思う人がいるのは、こういうところがあるからなんだろう。
僕から見たロイドさんは、人間なのに魔王をしている、なんて小さなことじゃない。あの人は、他人の清濁併せ吞みながら受け入れてくれる人だ。だから、人間としてどうかと思うミエリナさんもロイドさんには従うし、逆に高潔過ぎてなんだか近寄りがたいアイリスさんも、ロイドさんについていくんだろう。
『ちっ! 奴め……仕事を放棄していると思ったが、存外働いているか』
僕の攻撃を受けて、邪神は忌々しそうに顔を歪めていた。直感だったけど、僕の予想通りに光の魔法は邪神に一定の効果を示した。ロイドさんは不死の女神であると言っていた通り、殺しきることはできる気がしないけども、ミエリナの魔法でも傷一つつかなかった邪神の皮膚に、小さな火傷ができている。
魔族が受けたら即座に消滅するほどの力が、今の僕には備わっているのに、精々が小さな火傷を与えることしかできないのは不満だけど、この邪神を殺すには僕の力が単純に足りない。それはわかっていた。
『目障りな存在じゃな。勇者とは』
「なっ!?」
もう一度攻撃しようと踏み込んだら、何処からともなく魔法が飛んできた。直感的に死ぬと思った僕は、全身に纏わせていた光を盾に集中して攻撃を受けたけど、受け止め切れる衝撃じゃなくて吹き飛ばされてしまった。
なにも見えなかった。これが、さっきロイドさんが言っていた先走ったら死んでいたの正体なんだろうか。
『……直感ではないな。女神の啓示を無意識に受け取り続けているな』
「僕の直感は、女神様が助けてくれているってことでいいのかな?」
『ふん。心底、忌々しい奴じゃ』
直感、もとい女神様の警告が再び反応して僕は必死に上体を逸らした。空気を切り裂く様に黒い影のようなものが伸び、瞬きする間に影は消えた。さっきから僕を攻撃しているのは、さっきの影なんだろうか。なんだか違和感がある。
『そらっ!』
「援護するわ」
「ありがとうございます」
『人の子が何処まで抗えるか見物、じゃな!』
僕を守るように展開されたミエリナさんの防御結界はすぐに破壊されてしまったけど、崩れていく結界を見てどの方向から攻撃が来たのかはわかった。多分だけど、邪神の攻撃は一定の方向からしか行われていない。それが僕たちを舐めているからなのか、それとも単純にできないからなのかは知らないけど今が好機だ。
「はぁっ!」
『下らぬ』
陰から飛び出して剣を振るうけど、邪神の身体はすり抜けてしまった。それはまるで、以前にロイドさんが見せた能力のようだった。邪神の身体が曖昧になって、この世から消えてしまったかのようにも感じる。
「っ!?」
やられてしまう、と思った瞬間に僕はロイドさんの目の前に飛ばされていた。攻撃される直前に、ロイドさんが僕を助けてくれた……んだと思う。
「準備できたんですか?」
「あぁ……なんとかな」
邪神を殺しきるにはある程度の時間が必要だと言っていたけど、それがどんな方法なのかは全く知らない。知らないから、僕はロイドさんを信用することしかできなかった。でも、これで2度も命を救ってくれたんだ……もう少し信用したいんだけど。
「待たせたな」
『ん? なにか変わったか?』
「お前が知る必要はない。別に教えるつもりもないしな……ただ、お前には死んでもらう」
『ほぉ……大きく出たのぅ。怪物と言っても人の子は人の子よ……妾の力の前に勝てると思わんほうが、いい』
「それは、不死の魔王からも聞いた。そして不死の魔王は……俺が殺した」
そう言った瞬間に、ロイドさんの存在があやふやになった。僕に正確に魔力を把握したりする能力はないけど、目の前にいるのにロイドさんを見失いそうになった。それがどういう条件で行われているのかなんて全く分からないし、能力も全く理解できないけど、なんとなく恐ろしいと思った。
そう言えば、以前にミエリナさんはロイドさんの持っている能力を考察していると聞いたけど、ミエリナさんは幻に関係する能力が一番しっくりくると言っていた。現実にないものをあるように見せ、現実にあるものをないように見せる。
「ロイドさんの魔力が……消えた?」
「え? でも、ロイドさんは目の前に」
「で、でも感じ取れないのよ。邪神の気配も感じ取れなかったけど……ロイドさんも?」
ミエリナさんとアイリスさんも困惑していた。彼女達は、僕なんかよりもよほど実力があるのだけど、そんな人たちでもロイドさんの存在が揺らいだ原因がわからないみたいだ。
『……んふ、ふははははははは! まさか! お主が妾と同じ様な能力を持っていようとは思わなかったぞ!』
「一緒にするな。お前のよくわからん死体を動かす能力と、な」
『それが本質でないことには気が付いているのじゃろう? そして、お主と妾の能力は似たようなもの……どうりで少し気が合うと思った』
「俺はそう思わない、な!」
さっきまですり抜けていた邪神の身体に、ロイドさんは平然と触れている。
同じような能力を持っていると認めた邪神も、平然と自分の身体に触れてきたロイドさんに対して目を見開いて驚愕しているみたいだ。
『馬鹿なっ!?』
「自分の方が上だとでも思ったのか? おめでたい頭してるな」
ロイドさんが邪神の肩を掴むと、揺らめていた存在がしっかりと確立される。動けない邪神はそのままロイドさんに殴り飛ばされた。邪神とは言え、あんな妖艶な女性の顔を平然とした表情で殴れるんだから、やっぱりロイドさんは魔王だと思う。
「全ての元凶に消えて貰えば、一件落着だな」
『ぐっ!?』
ロイドさんの掌に現れた黒い球体は、きっと魔力を圧縮したものだと思う。曖昧なこと言ってしまうのは、あまりにも込められている魔力が多くて、もう僕のような普通の人間にはまともに判断することもできないから。力が強すぎるのか、圧縮された魔力によって周囲の空間が捻じ曲がっているようにも見える。
無慈悲に放たれた魔力は、僕らの周りを囲んでいた死体の兵士たち諸共、全てを消し飛ばした。
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