魔女の愉悦
堪らない。
現在の私の脳内は、その言葉に満たされていた。
自分を特別だと勘違いした勇者候補のパーティーから抜けて、ロイドさんの元へとやってきた過去の選択はやっぱり正解だった。
ロイドさんの力は絶大だった。そして、同時にその力からはこの世界の外側の力を感じてしまう。だって、こんな存在をこの世界の神では生み出せる気がしないのだから。まさに、世界に生まれた異常存在……それこそが、私の目の前で王国軍を蹂躙するロイドさんの正体。
「ぐげぇっ!?」
「ひ、ひぃっ!?」
「逃げるなよ……追いかけるのも面倒なんだ」
簡単には勝てないと思い知らせるために、絶望的な力の差をわからせて敗戦させるとロイドさんは言っていたけど、正直に言ってしまえばロイドさんを見ただけでそれを察せない奴は死んだ方がいいと思っている。ある程度以上の実力があれば、目の前の存在には勝てないって誰でもわかるはずなのに、挑んでしまう奴は脳の欠陥でも抱えているのだろうか。
魔王であるロイドさんに反逆した新魔王派の軍を壊滅させ、迫っていた王国軍の前に単身で飛び出したロイドさんは、契約を使って次元に大きな穴を4つあけ、そこから四精霊を呼び出して王国軍を蹂躙し始めた。
四精霊とは魔法に必ず存在する属性を司る大いなる自然災害の化身のようなもの。人間にも魔族にもつかない中立の存在ではあるけど、モンスターだからと人間が躍起になって討伐しようとしていた存在。けど、その中立の存在をロイドさんは従えたのだ。
大地の守護者タイタニスは「地」を司る巨人。拳の一発で大地を砕き割り、王国軍はあっという間に散り散りに逃げることになった。
大海の秩序ヨーグルは「水」を司る怪魚。空を水中のように泳ぐ怪魚は、どこからともなく水を出現させて王国軍を押し流した。
業火の不死鳥バーナーは「火」を司る巨鳥。炎の中から現れ、存在するだけで全てを燃やしながら王国軍の抵抗を許さない。
暴風の化身トレイスは「風」を司る翼蛇。竜巻と共に戦場を駆け、まともに逃げることすら王国軍には許されなかった。
私は、その全てを見つめていた。
地水火風を司る精霊たちの力も、その精霊と契約しながら涼しい顔で虐殺を見続けているロイドさんも。私は、ずっと見続けていた。
「人間なんて星の数ほどいるんだから、別にいいだろ……恨まれるなんて今更のことだ」
怠惰に過ごしていたいと言いながら、誰よりも前線に出て戦い続けるその矛盾に、私は強い人間らしさを感じ取っていた。人間を救うべきはずの真の勇者は、この戦いには参加していない。というより、ロイドさんがさせなかった。まぁ、確かにこの惨状を見ればあのお人好し勇者様は、きっとロイドさんと対立まではいかなとも喧嘩することになると思う。
私は……生まれた時からそういう共感性というのがあまりなかったから、どうでもよかったのだが、私の横で同じように見続けていたアイリスは悲しそうな顔で女神様に祈っていた。
「……?」
どうでもいいやと思いながら、ロイドさんの方へと視線を向けた私だったんだけど、彼の身体が一瞬だけ陽炎のように揺れたことに気が付いた。何故、彼の身体が陽炎のように揺らめいたのか、私の好奇心が刺激される。もしかしたら、ロイドさんの能力に関係しているのかもしれない。
「どうした?」
「え?」
ロイドさんの背中に向かって手を伸ばしていたはずなのに、いつの間にかロイドさんは私の後ろにいて……前にあったはずのロイドさんの背中は消えていた。なにかに化かされたような感覚だけど、不思議と自分が魔法をかけられた証拠もない。
「また俺の能力探りか?」
「はい。やっぱり幻術なんですね?」
「基本的には、ね」
その基本的っていうのがよくわからない。
ロイドさんが今まで能力で行ってきたことは、攻撃をすり抜けたりいつの間にか幻術にかけられたりしている。これだけ考えても全くわからない。
「……見つけた」
もう一度ロイドさんに質問しようかと思ったら、ロイドさんの顔が悪役みたいに悪い笑顔になった。同時に、目の前に次元の穴が浮かび上がって向こう側には驚いた様子の偉そうな人。多分、王国軍を動かしていた人だと思う。
「悪いが、その首貰うぞ」
「な、何者っ!?」
護衛の騎士っぽい人が動き出そうとした瞬間には、上から綺麗に分割されていった。なにが起こっているのかわからないって顔の偉い人の首をロイドさんが掴んで、なにかを呟いたら、ぼそぼそなにか喋っていた。
こっちまで会話の内容は聞こえてこなかったけど、多分王国の上にいる奴らの情報を聞き出しているんだと思う。拷問用の魔法とか、洗脳用の魔法とかは大量にあるから。人間、やっぱり汚いことは簡単に思いつくみたいで。
「ちっ……こいつもなんの情報も持ってない」
期待した情報が無かったらしく、首を切断して苛立ちながらロイドさんは次元に穴を空けた。指揮官を落したから、この戦場はもう終わりだと思う。その証拠、という訳ではないけど戦場で暴れていた四精霊も次元の向こう側に消えていった。
「それにしても、魔族と王国の両方を動かして、何がしたんでしょうか?」
「……待て」
私の単純な疑問に対して、ロイドさんは引っかかるところがあったらしい。
「王国の上が動かしているっていうのは……俺の思い込みなんじゃないのか?」
「どうして?」
「魔族を動かして、現魔王派と新魔王派に分断する。更にそこから魔族側の情報を与えて王国を突っ込ませる……得するのは誰だ?」
「……王国じゃないですか?」
魔族の内乱に乗じて戦争を仕掛ければ、王国の利権的にはいいこと思うけど……ロイドさんはなにが言いたいんだろうか。
「得をするには、王国が突っ込ませるべきは勇者候補だ。王国軍を突っ込ませて大した領地も手に入りませんでした、では国民の反感を招くだけ……それに、ここ十数年は戦争も勇者候補しかしていなかった影響もあって反戦派の方が強い」
「じゃあ、誰が?」
「1人だけ…………いや、一柱だけ思い当たる奴がいる」
忌々しそうに眉をひそめるロイドさんは、一柱と言った。
「あの邪神め……やっぱりあの時殺しておくべきだったか」
どうやら、ロイドさんの敵は決まったらしい。
ロイドさんの邪神という言葉に、私の後ろにいたアイリスが震えたのが見えた。多分、彼女は事前に女神様からの信託で色々と聞いていたけど、内容がわからなかったんだと思う。それが、今のロイドさんの言葉に気が付いたって感じかな。
「帰るぞ」
「敵は?」
振り返ったロイドさんの顔には、面倒くさいと書いてあった。
「魔王城の地下だ」
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