少年の覚悟

 僕は女神から真の勇者であると選ばれた。でも、はっきりと言ってそこまでの自信が自分にある訳じゃない。それは敵を倒せるとか、倒せないとかではなく、命を奪う覚悟がそこまで明確にできている訳ではないということだ。

 命を奪う覚悟なんてできていないのに、僕はロイドさんと共に戦場に立っている。正直、迷惑をかけるんじゃないかと思っているんだけども、ロイドさんは僕のことを信用してくれている。


「……さて、俺がここにいる理由はわかるな、狼男」

「黙れ! 貴様を魔王となど認める訳がない!」

「そんな話はしていない。魔王として認めないと言うだけならまだしも、何故勇者候補をわざと素通りさせ、反逆までした」


 狼男……人狼族のザガン家の当主で、キリング・ザガンと名乗った男に、ロイドさんは身も震えるようなドス黒い魔力を発しながら喋りかけていた。その姿だけを見たら、誰がどう見たって魔王なんだけど、普段の生活を見ていると全くそんな風には見えないんだよな。


「まぁ、いい……お前達が正当だと立てる魔王がいるなら、それはそれで使える」

「なに!?」

「王国軍が来ているんだろ? 俺たちにばかり構っていて平気なのか?」

「くっ!?」


 実際、結構やばい新魔王派は結構危ない状況なんだと思う。というのも、魔王に戦いを挑もうとしたら、背後から王国軍が向かって来ているのに、敵対者であり最大戦力の魔王が自分でやってきた訳だから。


「だが、こちらには不死の魔王を倒した本物の魔王がいる!」

「……お前、誰かに入れ知恵でもされたのか?」


 ロイドさんがそう思うのも無理はないだろう。なにせ、事前に聞いていた情報では人狼族とリザード族は前線で戦闘するのが一族の全てで、謀なんてできなさそうだ。突然、自分たちの正当性を訴えて新たな魔王を擁立するなんて、戦いしか頭にない脳筋の発想とは思えない……とはロイドさんの言葉だ。


「我々は、お前のことを認めない! 絶対にだ!」

「別にいいけどさ……けど、反逆したからには相応の覚悟を持ってもらうぞ」

「覚悟……僕も、戦う覚悟を決めないと」

「そこまで緊張する必要ないわ。だって、ただの魔族討伐だもの」


 ミエリナさんは別になんとも思っていないみたいだけど、経験の差だろうか。

 ロイドさんはミエリナさんのことを、人の心がないから信用しない方がいいと言っていたけど、僕にはそう思えないので、しっかりと話を聞いている。けど、人の心がないというのが本当なら、魔族を殺しても罪悪感もないのかもしれない。


 キリング・ザガンとロイドさんの話し合いは決裂……というか最初から和解する気なんてなかったから当然なんだけど。結果は簡単に戦端を開くことになった。因みに、こちらの戦力はロイドさん、ミエリナさん、アイリスさんに僕の4人。向こうは数千人単位でいるらしい。

 勝てるんだろうか。


「勇者であるお前が先頭で、魔王を打ち倒せば人間はついてくる。だから、お前はさっさと頭を取ってくれ」


 そう言われて、僕は向こうが武器を持って突撃してきた瞬間には、魔王の前に飛ばされていた。


「なにぃ? 敵が来ているではないか」

「き、貴様!? どうやってここに来た!?」


 僕が降り立った場所には、玉座でふんぞり返っているふくよかな魔族と、先ほどまで戦場の最前線にいたはずのキリング・ザガンだった。もう一人、知らない魔族がいるけど……リザード族であることからして、多分だけど当主であるトーテス・マルフォスだろう。グリューナルさんから教えてもらっていた。

 それにしても、何故キリング・ザガンがここにいるのだろうか。もしかして、さっきまでロイドさんが喋っていたのは偽物だったのだろうか。


「貴様、人間か?」

「はっはっはっはっ! これは傑作だな! 人間の魔王の味方は、所詮人間か!」

「……僕は魔王ロイドさんと手を組み、そこの魔王を殺すことに決めた……勇者だ」

「勇者? あの力無き者たちの総称か?」


 魔族からは、勇者は力がない連中の代名詞として使われているらしい。まぁ、勇者を名乗っている人たちは、みんな王国が作り上げた偽物だって聞いたから、実力的にも魔族からはそう思われていても不思議ではないのかもしれない。

 僕がこの場面でやらなければならないのは、この魔族たちを殺す覚悟だ。覚悟を決めなければ、戦争は終わらない。


「勇者アーティリア・セラフィムが、魔王を打ち砕く!」

「やってみろ」


 リザード族のトーテスが、剣を構えた瞬間に距離を詰めてきた。咄嗟に背負っていた盾で振るわれる曲刀の一撃を防ぎ、反撃の為に剣を振るうがリザード族の鱗を少し削る程度しか傷を負わせられない。

 初めてまともに戦った魔族の硬さに驚いていたら、いつの間にか腹に足が叩き込まれていた。


「げほっ!」

「遅い! 弱い!」


 なんとか追撃は避けられたけど、普通に剣を振っているだけじゃ一生勝てる気がしない。


「っ!」

「なんだ?」


 人間が魔族と真正面から戦って勝てる確率はそこまで高くないはずだ。なら、僕は女神様から授かった力を使うしかない。勇者の特権……魔を滅する光の力を。剣に光を纏わせ、自分の身体にも薄く塗り広げるような感覚で覆う。理屈はわからないけど、こうすることで僕の身体能力が飛躍的に上がるのだけは知っている。

 再び踏み込んできたトーテスの動きが、今度はしっかりと見える。曲刀を盾で弾き、喉元を狙って踏み込んで剣を突き出す。


「くぁっ!?」

「避けた!?」


 絶対に避けられないタイミングで喉を狙ったと思ったのに、トーテスはギリギリのところで頭を動かし、僕の必殺の攻撃は首に少しの切り傷を生み出すだけで終わってしまった。


「未来を視ていなかったら負けていた」

「未来?」


 秀でた魔族は特殊な能力を持って生まれてくると聞いたことがある。つまり、今のは攻撃はトーテスが能力を使わなければ確実に仕留められていた。

 能力は、未来を視るものだと自分で言っていた。けど、未来が見えるなら僕の魔法で自分がどうなるかもわかっているはずなので、あそこまで踏み込んでくることはなかっただろう。つまり、トーテスが見ることができる未来はとても近い……1秒にも満たない未来かもしれない。


「次は油断などしない……死んでもらうぞ!」

「僕の光の魔法は魔を滅する力。掠っただけでも、致命的な傷になる」

「なに、をっ!? なんだ……これはっ!?」


 訝し気にこちらの言葉を聞いていたトーテスが、膝から崩れ落ちる。未来を視て致命傷を避けたトーテスだけど、僕の光の魔法が濃く乗っている剣で首を斬られたんだ。まともに立っていることも難しいはずだ。


「こ、の……痛みはっ!? 貴様は……本物の、勇者っ!?」

「今頃か? 僕は名乗ったはずだ……勇者アーティリア・セラフィムだと」


 首の切り傷から白い煙を出しながら、トーテスはこっちを睨みつけていた。

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