魔王の進撃

「魔王様」


 勇者であるアーティリアと協力することを決めて、アイリスも味方についてから数日が経った。今すぐに動くと言うことは厳しく、様々な下準備をした果てに戦争を終わらせなければならない。失敗は許されないので、骨と相談しながら戦略を練っていた。

 練っていたんだけども……面倒なことになった。


 うーん、と一人で唸りながら書類と格闘していた俺の元に、骨が厳しそうな顔でやってきた。まぁ、厳しそうな顔と言っても、骨は白骨死体なので表情はないんだけども。

 正直、この時点で面倒ごとの可能性が高くて聞きたくなかったんだけども、魔王として聞かない訳にもいかない。


「王国が痺れを切らし、大軍を率いてこちらに進軍しているとのことです」

「……進軍って言っても、魔王城までに魔族だって沢山いるでしょ? 勇者候補を数人素通しするならまだしも、侵略し続ける王国軍を素通りさせることはないでしょ」


 いくら俺のことが嫌いだからって、自分たちの領地が蹂躙されて略奪されるのを黙って見逃すはずがない。だって魔族だから。


「残念ながら……魔族の大半が離反して、新たな魔王を擁立して独立を宣言しました」

「……なんて?」

「離反した魔族の中心は人狼族のザガン家と、リザード族のマルフォス家です。ウォラク家は様子見状態で止まっていますが……時間が経てば流れるかもしれません」


 力が全てとか言っておきながら、結局人間の魔王が気に入らなかったってことでいいのかな?

 はー……あほくさ。


「じゃあ全部討伐でいいよ」

「……よろしいのですか? そんな強硬なことをすれば更なる離反を招くと思いますが?」

「ザガン家とマルフォス家は潰していい。どっちにしろ、二つの家には勇者候補を素通りさせた過去があるんだから、潰しておいても文句は言われないだろう」

「では、そのように」


 魔王が人間であることが気に入らないのはいいけど、だからって勇者候補を魔王城まで通したことを許して置くつもりは元々なかった。精々が領地の剥奪ぐらいで済ませてやろうと思ってたけど、楯突くなら消すだけだ。


「いや、俺が直接潰す。その方が早い」

「……勇者はそれを許すと思いますか?」

「さぁ? けど、反逆者を野放しにしてそのまま放置してる王様が、いると思うか?」

「いませんね」


 怠惰の魔王とか色々と言われているけど、やらなきゃいけないことまで放置する気はない。書類仕事はメイドさんと骨でもなんとかできるけど、反逆者の処罰は魔王である俺じゃないと駄目でしょ。


「で、新たな魔王って?」

「はい。どうやら不死の魔王は自分が殺したと名乗っている魔族がいるようです」

「なるほど? 不死の魔王を俺が殺したところを見ていたのは、骨だけだからな」

「…………気が付いていたのですね」


 当たり前だろ。

 俺が不死の魔王を倒すことになった原因は、勇者候補様によって転移させられたことだけど、玉座にふんぞり返っていた不死の魔王と近衛の魔族以外にも存在がいることぐらい知っていた。存在を知っていただけで、それが誰かはわからなかったけど、魔王になった後に出会った骨の魔力が、感じた魔力と同じだったから確信しただけ。


「お前は何処にでも幻影を飛ばすからな」

「それが私の役目ですから」

「まぁいいや。なら、さっさと征伐にでも行くか……その魔王とやらの」


 魔族の王たる魔王は常に最強の者一人。

 不死の魔王を殺したと自称している奴だかなんだか知らないけど、あんな化け物を殺せる奴がそうホイホイといる訳ないだろ。なにせ、殺した張本人の俺ですら運が良かったと思うぐらいには化け物だったんだからな。


「全部聞いてましたよ。行くんですよね?」

「…………これは魔族の問題だぞ?」


 扉を開けると、廊下にはアーティリアが笑顔で立っていた。既に剣を腰に差し、盾も背負っている。完全に戦闘する気満々って感じの状態だけど、これは魔族の内部に関する問題で合って、人間の勇者であるアーティリアには関係のない話だ。


「いえ、貴方が魔王であることが中立になれない状況だと言っていましたが、今はどうですか?」

「……」

「確かにこの状況を上手く使えば魔族と人間、双方の動きを止めることは可能かもしれません」


 アーティリアの意見を援護するように、骨が付け足す。

 2人の意見に対して俺が押し黙っていると、アーティリアは視線を廊下の奥へと向けた。それにつられて俺がそちらを見ると、準備万端といった様子のミエリナとアイリスがいた。


「……骨、嵌めたな?」

「いえ。私は脅されただけですので」

「協力しなかったら解剖するって言っただけですよ」


 ミエリナに脅された程度で屈する奴じゃないだろ。


 色々としてやられた、というか掌で転がされているような気はするが、確かにこの状況はこちらに有利に運ぶことができるかもしれない。アーティリアも、ミエリナやアイリスだって、魔族に協力したという事実を失くすことができるかもしれない。


「わかった。今回は特別に乗ってやる」

「よかった」


 全く……そもそもミエリナを懐に入れ込んだことが全ての失敗か。


「安心してくださいロイドさん。僕は……魔王を滅する勇者ですから」

「……そうだったな」


 新魔王派の魔族側には新しく魔王を名乗る魔族がいるんだったな。確かに、それなら勇者が動く理由もよくわかる。


「なら、俺はおともの魔法使いか?」

「魔法使い枠は私です!」

「神官枠は私だけですね」

「じゃあ俺はなんだよ」

「……使い魔?」


 おい、ひっぱたくぞ。

 剣も使わないから戦士枠でもないんだけどな……まぁ、型に嵌まるのは俺らしくないか。


「ならさっさと魔王を討伐して、ついでに悪事を行っている王国軍も討伐するか」

「いいですね。真の勇者は、悪事を正す光の戦士、ですから」

「俺はあくまで、治世に逆らった馬鹿を罰しに行くだけだ」


 最初は面倒なことになってしまったと思ったけど、これで俺たちは戦争を終わらせるために手を組んだ魔族側と人間側の立場になれる。元々魔王の立場に興味なんてないが、一度預かった立場に対して反逆されたことは地味にムカついている。ムカついてはいるが、簡単に利用できるなら骨の髄まで利用させてもらおう。

 魔王と勇者と精霊が手を組み、戦争を終結に向かわせる。なんともできた話じゃないか……後は実行するだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る