神官の旅路

「はぁ……」


 女神に仕えて人の命を尊び守る者である神官の私は、王国と教会の関係者に見つからないように顔を隠しながら王都から逃げ出していました。

 神官アイリスは、教会と王国の人間からすると女神の神託を授かる権威の象徴のようなものであり、王国に住む普通の人々からは高潔なる神官として崇められているような気がします。けど、私はそのどちらからも逃げ出して黙って王都を飛び出しているのです。理由は、女神様からの神託です。


「……魔王に、下れ」


 それが、私に告げられた女神様からの神託の内容。普段なら神託によって授けられた言葉は殆ど全てを教皇様に伝えるのですが、私はこの神託を結局伝えることができませんでした。それは、彼らがやっているあくどい行為を知っていたから、なのでしょうか。自分でも自分のことが、わからなくなっているです。


 夢中で王都から逃げ出し、ひたすらに南へと向かって走っている私の目的地は、魔王が住まう魔族の王城。女神様からの神託では、そこにロイドさんがいるはずなんです。

 だから、これは私が生み出した幻覚なのでしょう。


「……アイリス、か?」

「ロイド、さん?」


 魔族領を目指して走り続けていた私は、辺境の村近くにある森を突っ切っていました。森の中にはモンスターがいることを知りながら、最短の道を選んだ私は案の定背後から多くのモンスターに追いかけられていたのですが、それを2人の男性が助けてくれたのです。

 そして、その片方が私が下るべき相手である、魔王ロイドさん。元パーティー仲間で、頼れる人。


「なんで神官のアイリスがここに?」

「そ、それは……」


 女神様からの神託では、ロイドさんは魔王になっているから麾下に下った方がいいと言われていたのですが、何故かロイドさんは人間の村にいました。もしかしたら、ロイドさんと誰かを女神様が間違えたのかもしれません。本当にそうだとしたら、ミエリナさんには悪いことをしたと思いますが、ミエリナさんなら大丈夫だと信じておきます。


「この人は?」

「あ、あぁ……王国の神官で、元々俺と同じパーティーにいた仲間だったんだけど……」

「神官って、女神様の?」


 ロイドさんの横にいた青年が、私に近づいてきて少しびっくりしたら、頭の中に響くような声が聞こえてきた。これは……女神様の神託の声。


『魔王ロイドと真の勇者アーティリアは手を結んだ。愛し子よ、その者らに保護を求めるのだ』

「真の、勇者?」

「……どうやってそれを?」


 女神様からの神託で、信じられないような言葉が聞こえてきたのでぽつりと口にすると、アーティリア、と女神様が呼んでいた青年は困惑したような顔でこちらを見つめていました。


『光の勇者、そして世を正さんとする魔王よ。愛し子を頼む』

「い、今の声は!?」

「……不愉快だな。上から目線でものを言うな」


 私にだけしか聞こえない女神様の言葉が、2人にも聞こえたようです。アーティリアさんは困惑した様子で突然聞こえてきた声に戸惑っていて、ロイドさんは明らかに不機嫌そうな顔で女神様に反論していました。ま、魔王になったのは知っていましたが流石に不敬じゃないですか?


「あー、色々と説明したいことはあるけど、取り敢えずはついてきてくれるか?」

「は、はい」

「ごめんさなさい。ロイドさんは口下手ですから」

「知ってます」

「そんなことないと思うけどな……」


 ロイドさんは否定していますが、ロイドさんはいつも口下手、というよりも一言多かったり少なかったりする人です。アーティリアさんもそのことを知っているのか、私が同意すると苦笑いを浮かべていました。

 魔王と共にいる女神様の選んだ真の勇者と聞いて、どんな人かと思いましたが、アーティリアさんは私が子供の頃から想像していたしっかりとした勇者様のようで安心しました。女神様の言ってた、偽りの勇者とは……そのままの意味だったのですね。


 ロイドさんが前方に円を描くように片手を動かすと、なにもなかった場所に穴が開いて向こう側の景色が変わりました。アーティリアさんも驚いていたようですが、ロイドさんは気にする様子もなくそのまま穴を通り抜けて行ってしまったので、アーティリアさんと共に慌てて追いかけていくと、豪華に飾り付けられている部屋にいつの間にいました。背後を振り返ると、穴は既に消えていて、教会で何回か聞いた転移の魔法とはまた違うものであると理解しました。


「ん? アイリス!」

「え、ミエリナさん!?」

「やっぱりここに来たのね!」


 元パーティー仲間であるミエリナさんが、ふかふかそうなソファに寝転がりながら本を読んでいました。ミエリナさんはこちらを認識すると、何事もなかったかのように、普通に近づいてきて私の頭を撫でてくれました。


「それでロイドさん、この人は?」

「アーティリア・セラフィム……彼が真の勇者だ」

「へぇー……貴方が、ねぇ?」

「よ、よろしくお願い、します」


 ミエリナさんは目の色を変えてアーティリアさんをジロジロと観察し始めました。まぁ、ミエリナさんは自分が興味のあることになるとなにがなんでも研究したくて仕方がないと思う人なので、今まで人生で一度も見たことがなかった本物の勇者に興味津々なんでしょう。私の神託にも、ロイドさんの能力にも興味津々ですから。


 アーティリアさんはしばらくミエリナさんに絡まれていましたが、すぐにロイドさんによって引き剥がされて別の部屋に移動しました。そこは大きな円形のテーブルが用意されていて、一番奥にロイドさんが座り、左右にはメイドさんとローブを着た骸骨の魔族が座っていました。


「好きな所に座ってくれ。これから、戦争を終わらせる手段を考える会議をしたい」

「戦争を……」


 私はロイドさんの言葉に、特に驚くことはありませんでした。なにせ、女神様の神託によってその話は事前に聞いていたのですから。


「ロイドさんは四精霊を従えて、戦争を終わらせるのですね?」

「……女神か」


 まだなにも説明されていないのに、いきなり四精霊のことを聞いてよかったのかわかりませんでしたが、ロイドさんはすぐに私が女神様からの神託によって知ったのだと理解して、頷きました。


「確かに、四精霊の説得には既に成功した。後は、勇者であるアーティリアの協力を頼むだけだ」

「僕は既に、貴方に協力すると告げました。それを違えるつもりはありません」

「まぁ、ありがたいけどな」


 私が森を走っていた時には、すでにアーティリアさんとロイドさんは手を取り合った後だったので、どんな話があったのかは知りませんが、魔王と勇者が手を取り合う光景は歪な筈なのに、とても美しいものに見えました。

 女神様は、私に彼らの手伝いをさせたいのでしょうか。いえ、たとえ女神様に言われなくても、私は戦争を終わらせると言ったロイドさんに賛同するでしょう。これは、私自身の意思です。

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