魔王の相談

 骨が発見した真の勇者は、アーティリア・セラフィムという田舎の少年だった。話をするために彼の元を訪れたが、本当に少し腹立たしいぐらいにしっかりとした正義を持つ少年だった。それこそ、女神が選ぶ勇者という言葉にふさわしいぐらいに、だ。


 まず、話を聞いてもらうために俺の話をした。どこで生まれ、どうやって育ち、そしてどうやって魔王になったのか。少年は俺に相槌を打ちながら話を聞いていたが、貧民街でゴミのように生まれて育ったことと、仲間であるはずの勇者候補に裏切り者扱いされて追放されたことに不快そうな顔をしていた。人の過去でそこまで感情を露わにできるのは、優しい性格故かもしれない。


「どうだ?」

「……わかりました。貴方がどうやって魔王になったのか……それは理解できました」

「なら、次は俺が何を求めて君に会いに来たか、だな」


 少年が静かに頷いた。

 相手を勇者と知りながら会いに来る魔王なんて、未熟なうちに殺そうとする奴ぐらいしかいないと思うが、まさか信じて話を聞いてくれるとは正直思っていなかったので、少し嬉しい。


「俺は……戦争を終わらせたい」


 正直な俺の言葉に、少年は驚いたような表情を見せた後に考え込むように顎に手を当てた。恐らく、そもそもこの1000年の戦争が始まった原因など人間は知らない。魔族でも、知っている奴がいるかどうかわからないのに、人間に知っている奴がいるとは思えない。俺だって、地下の女神に会うまでは知らなかったんだから。


「……わかりました。僕も目的は魔王を倒すことではなく、戦争を終わらせて大切な人達を守ることですから」

「人間を、じゃなくてか?」

「僕の両手はそんなに大きくありません。伸ばした手で掴めるのは……少しないですから」


 身の丈にあったことをしたいと、彼は言っているのだろうか。

 確かに、人間一人でできることなどたかが知れている。それがたとえ勇者であろうとも、伸ばした手で救えるのは一握りだけだろう。しかし、俺の目の前の少年はきっと、伸ばした手で救える数を多くしようと努力しているのだと思う。短い対話の中でも、彼が現状を諦める人間でないことはわかる。


「具体的にどう戦争を終わらせるんですか?」

「簡単なのは王国の絶対王政を終わらせることだ」

「つまり、新たな為政者を立てる、と?」

「そうすれば自ずと戦争は止まるだろう? 後は魔族内で人間に対して過剰な敵対心を持っている奴を間引けばいい」


 魔族にとって力が全て。どれだけ反対しようとも魔王が力を示せばある程度は止まる。止まらない奴は殺せばいいだけだ。


「だが、当然ながら現行の王政を潰す……つまり、革命を行おうとすれば必ず血が流れる」

「……それは戦争を続けても同じ事です」

「いいや、違う。革命は何も知らない王族の子供たちまでも処刑しなければ終わらないんだぞ?」

「それは……」


 革命でもっとも大事なことは、こちらの意見を相手に示すことではなく、現行政府のトップ、つまり王族の血を絶やすことだ。戦争とはなにもかもが違う。


「君は勇者だ。だけど、それ以前にまだ責任を負うべきでもない子供だ……本当は大人だけで全てを片付けてしまいたいものなんだけどね」

「それはできません。子供だからと、できることをせずに逃げ出したら……絶対に後悔します」

「そうだろうね。それでも、お節介のように言いたくなるのが大人なのさ」


 子供の頃は大人の言うことなんて全く聞いてなくて、失敗したなーと思うから誰もが大人になってからやんわりと子供に言い聞かせる。それでも、子供が大人の言うことなんて聞きやしないから、過去の自分を思い出して苦笑いを浮かべる。大人はそういう生き物なんだ。


「ま、本当は子供の君を頼りになんてしたくなかたっけど、状況が状況だから仕方がない。少年ではなく、一人の男である勇者アーティリアには協力してもらう」

「望むところです」


 すっかり俺のことを信頼してくれているみたいだけど、そういうところが子供なんだよな。きっと、彼は自分を大人として扱ってくれた俺のことが勝手に好印象になっているんだと思う。やっていることは子供を戦場に引きずり出すことなのに、だ。


「まずは戦争を終わらせなければならない。その為には、どちらかが戦争に勝つか……無理だろうけど停戦させるしかない」

「先に王国の中身を変えることは?」

「それは無理だ。そもそも、今の王国では魔族が悪であるという絶対的な価値観を覆すだけのことが起きない。たとえ勇者である君がそれを公言しても、不信感を抱かれて終わりだ」


 まぁ、今の王国ならばアーティリアが真の勇者であることが本当だとわかった瞬間に、暗殺者を差し向けると思うけどな。今の王国と教会は勇者という立場を利用して自らの正当性を主張している訳だから、それと全く違う意見の勇者が女神によって選ばれたなんて知られようものなら、全力で消しに来るのは間違いない。

 王国に住む国民にしても、20世代近く魔族と戦争を続けているのに、今更になって実は魔族は良い奴らだったから戦争はやめましょうなんて言われて納得できる訳がない。これに関しては魔族も同様のことだ。今まで人間に迫害され、侵略してきた敵だと一方的に決めつけられた戦争を、人間より長い寿命を持つ魔族ですら既に世代が変るほどの時間が経っている。


「戦うしかないんだよ。もう、止める方法はそれしかない」

「……」


 俺たちが止めようとしている戦争は、そんな簡単な物じゃない。最初はあのクソ女神の気まぐれで始まったかもしれないが、今は沢山のものが複雑に絡み過ぎて別物になっている。1000年以上続く怨恨を断つのは、簡単なことじゃない。


「僕は、人間だけど魔族の全員が悪だとは思ってない」

「そうだな」

「魔族だからと、理由もなく攻撃することを僕は正義だと思わない」

「その通りだ」


 彼は勇者らしく、魔王であるはずの俺にもこうやって耳を傾けて、言葉を真摯に受け止めている。だが、会話していればわかるが彼は頭の回転が早い。現実的に世界がどうあって、これからどうしていくべきなのかは俺が言わなくても理解できている。


「……でも、僕とは違って魔族だからと差別する人がいる。それは個人の感性であったり、そうやって育てられてきた環境のせいでもあるのかもしれない。親が魔族に、殺された人だっているかもしれない」

「だったらどうする?」

「それでも、僕は魔族と人間が手を取り合える未来を諦めたくない」


 やはり、彼が真の勇者だ。

 女神はしっかりと、勇者を選定していた。

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