少年の運命

「失礼、アーティリア・セラフィムであっているかな?」


 村の中で日課の素振りをしていたら、急に知らない人がやってきて僕に話しかけてきた。直観的に怪しい人物であると感じ取った僕は、手に持っている剣の強く握りしめていつでも振れるように力を込めた。

 確かに、僕の名前はアーティリア・セラフィムだけど、こんな辺鄙な村なら全員が顔見知りで、知らない人は全員が外からやってきた人に違いない。つまり、この人は外の人なのに僕の名前を知っているということになる。怪しさしかないだろう。


「あー……俺の名前は……ロイド。怪しい人間ではあるけど、少しだけ君に話しておきたいことがあって来たんだ」

「話しておきたいこと?」


 ロイドの名乗った人は、僕に話しておきたいことがあるという、変なことを言っていた。だってそうだろう。僕に用があるとか、僕のを知っているとかならまだしも、一方的にやってきて話しておきたいことがあるとは変なことだ。


「君が、真の勇者であることは知っている」

「やっぱりですか」


 再び、僕が剣を握る力が強くなるのを自覚した。

 真の勇者、という言葉には少しの不快感を覚えてしまうが、その言葉の意味を僕は正しく理解しているつもりだ。


 勇者とは、僕が住んでいるこの村を含む王国の伝説に出てくる存在だ。王国の隣国である魔族の国には、魔王と呼ばれる強力な存在がいて、その者は人間の生命を脅かそうとする存在である。そして、その魔王を打ち倒すことができるものこそが、女神に選ばれた勇者なのだと。

 王国には数多くの勇者候補と呼ばれる人たちがいる。彼ら、または彼女らは女神に選ばれた証を身体に刻み、日々人々の期待をその背に魔族と戦っている。しかし、真の勇者はこの僕だ。

 これを言ってしまうと周囲から必ず頭のおかしい人間に見られるだろうと思って、誰にも言ったことはないのだけど、僕には女神の言葉が時折聞こえる。それが幻聴なのか、はたまた僕が勝手にそう思い込んでいるだけの悪魔なのかは知らないけど。その声によると僕は勇者候補とは違い、真の選ばれた勇者であると。


「真の勇者である君は、勇者候補が生まれることをどう思っている?」

「…………王族批判にも繋がることですよ?」

「知っているなら、いい」


 ロイドと名乗ったこの人が言っていることは理解している。

 王国と教会によって大々的に発表されている勇者候補は、全て嘘で塗り固められた存在である。僕がそれを知ったのは、女神様の言葉によるもの。

 そもそも、勇者候補などという存在はいない。あれは、教会と王国によって生み出された欺瞞の存在であり、彼らの権力の象徴のような存在なのだ。


 もし、僕が大声で自分こそが真の勇者で、王国が言う勇者候補は全て嘘だと言えばどうなるだろうか。多分、反逆罪で処刑されるだけだろう。それを知っていながら、目の前にいるロイドさんは口にした。この人は、王国と教会の真実を知っている人だ。


「それでロイド、さん……が聞かせたいことってなんなんですか?」

「君が倒すべきは、誰だ?」

「魔王です」


 ロイドさんが何を言いたいのかわからないが、そこははっきりとしている。僕は勇者としての力に目覚めたのは数年前だが、僕はその時にはっきりと女神様から「不死の魔王を打ち倒して欲しい」と言われている。僕の敵は、変わらず魔王だ。


「……不死の魔王は死んだ」

「え? ど、どういうことですか!?」


 不死の魔王は、その名の通り不死身の力を持っている超常的な魔王だ。女神様の言葉を借りるなら、彼は不死の肉体を持って世界を混沌と殺戮で染め上げようとしていたらしい。理由などなく、ただ自らの悦楽の為だけに。

 不死の怪物なんてどう倒せばいいのか、と思っていたが、どうやら僕の持っている光の魔法だけが不死の魔王を殺すことができる力だったらしい。なのに、不死の魔王は死んだとロイドさんは言った。


「俺が殺した」

「……貴方、魔王ですか?」


 すぐさま距離を取って剣を握り、光の魔法を纏わせる。

 魔王とは、先代の魔王を殺した魔族がそのまま次代の魔王になるらしい。つまり、僕の前に現れて、不死の魔王を殺したと言った彼は、僕が力をつける前に僕を殺そうと現れたのだ。

 確かに、僕はここ最近になって女神様からの言葉を聞かなくなった。なにかしらの理由があるのかと思ったけど、もしかしたら目の前の魔王は女神様からしても異常な存在なのかもしれない。

 未だ未熟な力しかない僕では、この魔王を倒すことはできないかもしれない。けど、僕は女神様に選ばれた勇者なんだ。たとえ無謀であろうとも、力無き者たちを守るために僕はその命を投げ捨てる覚悟がある。


「はぁっ!」


 僕が女神様から授かった光の魔法は、魔族を消滅させる。それは抽象的な話ではなく、本当に存在そのものを抹消してしまうのだ。そこにどんな魔法や能力があっても関係なく、魔族を殺すことができるのが僕の魔法。

 修行中であるため、まだ完全に光の魔法を操り切れている訳じゃないけど、少しでも触れさせれば消滅させられる。僕はその可能性にかけて魔法を放つ。

 僕の掌から放たれた光がロイドと名乗った魔王に触れた。


「っ!? 消えない!?」

「……」

「げ、幻覚? いや、幻覚だとしたら魔族の魔法として消えるはず……どうして?」


 魔族を必ず消滅させる魔法を受けても、少しだけ眩しそうに眉を顰めるだけで、目の前の魔王には全く効いていない。しかし、僕はその眩しそうに眉を顰める反応を、見たことがある。これは、僕の魔法を見た人間の反応だ!


「人間、なんですか?」

「そうだ。なんの因果か知らないけど、勝手に魔王を押し付けられた人間だよ」


 そう言いながら、ロイドさんは切り株に座り込んで横を手で叩いた。座れ、という意味だろう。

 ロイドさんは、魔王であること否定しなかった。それどころか、魔王を押し付けられたと言っていた。本当に僕を害するつもりなんて、最初からなくて……本当に話をしに来ただけなのかもしれない。

 警戒は必要だ。だけど、対話も時には必要な筈だ。魔族だから、人間だからと僕は区別をつけたくない。こう言ってしまうと勇者失格だと言われるかもしれないけど、僕が魔王を倒したいと思うのは正義の為じゃない。弱い人たちを守るためだ。


「どこから話したもんか……」

「ゆっくりでいいです。全部話してくれると、助かります」


 人間としての年齢は、僕よりも10個ぐらい上だろうか。

 僕は彼の事情を聞くために、少し離れた場所に剣を放り投げて、耳を傾けた。

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