暴風の悦楽

 楽しい。

 今、私の脳内はそれだけで埋め尽くされていた。

 暴風の化身であると恐れられ、力無き者は私の前に立つことすらできない。しかし、私からしてみればそんなことはどうでもいいことだ。

 四精霊としてこの世界に生まれてから、大きな戦争を経験したことは今までで全くなかった。と言うのも、そもそも私たちのような精霊に対して正面から戦いを挑むものが、いないのだ。

 タイタニスはそれでいいと言うだろう。ヨーグルはどうでもいいと言うだろう。バーナーはなるべくなる避けるべきだと言うだろう。だが、私は違う!

 強き力を持って生まれたからには、戦い続けるのが本来の運命。にもかかわらず、誰もが始めから私たちに戦いを挑もうとしない。


 私たちを生み出した初代の魔王は、世界と属性のバランスを安定させるために生み出したと言っていた。しかし、世界のバランスなど最初から崩壊しているもの。そんなものの安定を図ったところで何にもなりはしない。


 そんな退屈と憤りが綯交ぜになった感情を抱えて生きていた私の前に、その男は唐突に現れた。

 精霊は、相手を見るだけで強さが大体わかる。見た瞬間に、目の前の男が自分よりも遥かに格上の怪物であることには気が付いていた。だからこそ、私は挑んだのだ。


「ははははははは!」

「……頭おかしいんじゃねぇのか?」


 全てを薙ぎ倒す風は振り払われ、全てを切り裂く風はそもそも当たることが無い。自然災害の塊である竜巻をいとも簡単に消し飛ばされてしまった。

 まいった。私にはあれ以上の殺傷能力を誇る攻撃方法など、殆どない。だからこそ楽しくて仕方がない。

 私は、生まれて初めて喜びを感じている!


 戦いはすぐに終わった。

 当然だろう……そもそも、私は戦いに悦楽を見出しているが彼我の実力差は圧倒的。そもそも、この男は最初から最後まで本気など一切出していないからこそ、ここまで戦えたのであって、最初からこの男が私を殺す気ならば出会った瞬間に終わっている。


「……それで、魔王と名乗ったな。人間の癖に」

「ちゃんと聞いてたのかよ。なら最初から話を聞け」

「断る。戦いこそ私が生を受けた理由だからな」

「とんでもねぇ脳筋戦闘狂じゃねぇか」


 しかし、当代の魔王がここまで強いとは思わなかった。精霊の時間感覚で言うと、それなりの頻度で交代している魔王だが、私の知っている歴代の魔王の中で間違いなく最強だ。我々を生み出した初代魔王は神に近しい存在ではあったが、その初代魔王よりも強いと私は断言できる。


「魔王が私に何の用だ? 殺す気も戦う気もないのに会いに来る理由がわからん」

「協力して欲しいことがあったんだけどな」

「あった、か?」

「いや、協力して欲しいです」


 ふむ。

 自分で言うのもなんだが、私には戦うこと以外に取り得はない。できることなど風を巻き起こすか敵を殺すことだけだ。そんな私に、私よりも遥かに強い魔王が協力を願う意味がわからない。無論、既に敗れている私は勝者である魔王に従うのみだが。


「今、人間と魔族の戦争が続いていることは知ってるよな?」

「……そんなことも言っていた気がするな」


 しかし、あの戦争は1000年ぐらい前の話だった気がするが……まさか未だに続いているのか?

 精霊の時間感覚でも1000年はかなりの年月だぞ。強者と戦うのが生き甲斐の私だって、1000年も戦い続けるのはごめんだが。


「簡単に言うと戦争を終わらせたい」

「どうやって?」

「それは……こう……いい感じに?」

「殲滅ではなさそうだな」


 何度も言うが、私よりも魔王の方が圧倒的に強い。それこそ、人間を殲滅するだけなら魔王が1人で容易くできてしまうだろうと思うくらいには。


「タイタニス、ヨーグル、バーナーには会ってきた。もう協力を取り付けてある」

「後は私だけ、ということか」

「そうなんだよ」


 他の精霊たちが全員協力していることに、あまり驚きはない。

 元々、タイタニスは自らを生み出した魔王という肩書に忠誠を誓っている。ヨーグルも海の秩序以外に気にするものはなく、バーナーも偏屈そうに見えて相手の事情を鑑みる傾向にある。

 あの連中たちから見ると、私が一番気難しいのは事実だが、奴らが頓着しなさすぎなだけで、私の在り方が一番精霊として正しいとは思っている。

 それはそれとして、敗者である私が魔王の提案を断る理由はない。


「良いだろう。具体的な指示は全て魔王であるお前に任せる……私の力、好きなように使うといい」

「お、おぉ……」

「今、聞いていたより随分とマシだなと思っただろう」

「さーせん」


 どうせ、ヨーグルあたりから馬鹿だとか聞いているのだろうが、奴の方がよっぽどの馬鹿だ。

 私は確かに戦闘を生き甲斐にしているが、それと精霊としての役目は別のことだ。まぁ、私を負かした者の言うことしか聞きたくないとは思うが。


「これで四精霊と協力できたから、後は戦争を止めるだけだな」

「具体的にはどうするのだ?」

「それは俺の参謀に考えてもらう」

「懸命だな」


 見たところ、魔王は戦闘に頓着しているようには全く見えないが、私と同じ様に戦略を考えるような性格でもなさそうだ。本質的に、この魔王から感じるのは圧倒的な強さに基づいた動きの無さ。万事、後方からの一手で全てを終わらせる絶対者の風格だ。

 その在り方は……神に近い。まぁ、欠点として前線の状況を顧みないことがあげられるが、なんというかこの男は面倒になったら自分から前に出るようにも思える。


 それにしても、四精霊を全員従える存在など、それこそ初代魔王以来の存在だ。あの時は確か……人間側にとか言う人間の枠を逸脱した怪物がいると聞いたことがあったのあが、終ぞ戦場でまみえることはなかったな。

 もしかすると、この規格外の魔王に触発されて、また勇者などという怪物が生まれるかもしれない。そう考えると、ただ勝者である魔王に従う以外の楽しみも生まれるというもの。

 神に近しく、万能の能力を持っていた初代魔王と戦っても負けることがなかったという勇者。私が戦っても、恐らくだが勝てる可能性は無に等しいだろうが……それでこそ戦い甲斐があるというもの。


「ふふふ……楽しみにしているぞ」

「え、なにが……怖いこと言わないでよ」


 この男にとって幸か不幸かはわからないが、間違いなくこの男はこれから先、世界を巻き込む嵐の中心となる。それが自発的かそうでないかなど関係なく、ただ世界はこの嵐のような男を中心にこれから荒らされていく。その渦中で何が見えるのか、楽しみで仕方がない。

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