魔王の頭痛

 グロンダ砂漠は、魔王城から南に進んだ場所にある。因みに、魔王城から北側に真っ直ぐ進むと人間の王国との境目である「地獄の荒野」なんて言われている荒れ地が広がっている。その荒れ地でずっと戦争をしてるせいで、地獄の荒野なんて言われてるらしいけど、正直あんまり興味ない。

 それで、最後の精霊である暴風の化身トレイスは、翼の生えた蛇であると聞いたんだけど……それってドラゴンじゃないの、と思う訳で。まぁ、本当に蛇に翼が生えている場合もあるだろうけども、神話で翼の生えた蛇なんていうのは殆どがドラゴンのことよ。ケツァルコアトルぐらいじゃない? 本当に翼が生えた蛇なんて。


 噂によると、グロンダ砂漠中央の祭壇のような場所に住んでいて、目と目を合わせたらポ○モン勝負みたいに喧嘩吹っ掛けてくるとか、なんとか。完全にやばいヤツだと思うのは俺だけじゃないはず。


「……見えん!」


 それにしても、このグロンダ砂漠は不思議な砂漠である。暑くもなければ寒くもないのに砂漠になってるし、常に暴風が吹き荒れていて前が全く見えない。俺、ちゃんと真っ直ぐ歩いてるよな?


 こんな辺鄙な場所に住んでいる癖に目と目を合わせたら喧嘩吹っ掛けてくるとか、どんな奴だよ。

 そんなことを考えていたら、前方から針のようなものが風に乗って飛んできた。10個ぐらい飛んできたけど、7個ぐらいが俺の身体をすり抜けていった。


「もしかして……おーいトレイスさんよー!」

「コロス」

「あ、はい」


 一気に暴風が消えて、砂嵐が収まったと思ったら既に祭壇の目の前まで来ていて、そこには噂通り翼が生えている蛇が佇んでいた。緑の鱗がついた長い胴体から、白い翼が本当に生えている。多分、飛ばしてきた針みたいなものは羽かな?

 それにしても、初対面でいきなりコロスとは初めて言われた気がするぞ。勇者候補だってお前が魔王か!? って毎回ちゃんと聞いて来るんだから。


「俺は魔王!」

「シネ」

「すっー……本当に精霊かこいつ?」


 余りに尖り過ぎてるだろ。

 俺の存在そのものが気に入らないのか、それとも本当に見たもの全てが敵だと思っているのか。そんなことはお構いなしにトレイスは風の弾丸を口から吐き出した。


「おー……やばくない?」


 風の弾丸なので全く視認できない透明な一発なんだが、速度は口から吐き出した瞬間に地面に着弾していたような気もするぐらい。しかも、一発放っただけで砂漠に数メートル規模のクレーターを作りやがった。やっぱり精霊って強いんだな。


「仕方ない……ちょっと戦うか」


 戦うのは先代の魔王を殺した時以来じゃないかな。魔族とも戦いにはならなかったし、勇者候補も適当に飛ばしただけ。地下にいたゴーレムも適当にやればバラせたし、ミエリナとはまともにやり合ってない。

 戦うのはそんなに好きじゃないけど、精霊はかなり強そうだから殴って言うことを聞かせた方が早い。


「いいぞ、かかってこい」

「いや、普通に喋れるんかい」


 さっきまでカタコトでコロスとかシネとか言ってたくせに、普通に喋れるんじゃねぇか。まぁ、今更対話ができるとは思ってないからどっちでもいいんだけどね。

 再びグロンダ砂漠に暴風が吹き荒れ始めた。どうやら、トレイスが意図的に起こしてるっぽいな……邪魔になるから俺の周りだけでも吹き飛ばしておくか。


「むっ!?」

「因みに、手加減はできないから死ぬなよ?」


 砂塵を吹き飛ばしてトレイスが見えた瞬間に、背後に移動して頭に拳を叩き込んでやる。

 殴った感触、思ったよりも硬かったけどもその気になれば問題はないって感じかな。まずは吹き飛んだトレイスを追いかけて追撃と行くか。


「いいぞ、中々やる!」

「頑丈だな」


 数メートル規模のクレーターを生み出す不可視の風の爆弾を吐き続けてくるが、俺には全て当たらない。まぁ、ミエリナの言う通り後ろにすり抜けさせているだけなんだけどな。だが、トレイスもそれに気が付いたな。


「貴様、能力を使っているな」

「そりゃあ、使わないとすり抜けなんてできないでしょうが!」

「ぐっ!? この力はっ!?」


 人間如きの力なら余裕で堪えられると思ってるみたいだけど、このまま殴りぬかせてもらうおう。今度は鱗を少し貫通して肉を引き裂くような感覚が手にあった。無傷では済んでいないだろう。


「もう一発!」


 砂塵を盛大に巻き上げながら砂漠を転がるトレイスの傍まで瞬間的に移動して、そのままもう一発殴る。骨のようなものを叩き折った感触がしたけど、多分死んではない。


「久しく見ぬ強者! 血が滾るぞ!」

「おいおい」


 死んではないだろうなと思ったけど、血を流しながら普通に空を飛ぶとは思わなかった。しかも、どうやらこっちを強敵としてしっかりと認めたらしく、周囲を吹き荒れていた暴風が全てトレイスに集まっている。

 暴風の化身という二つ名に恥じない風魔法の使い手か。竜巻を自由自在に生みだしてこちらを狙わせているのだから、自然災害を操って攻撃しているようなもんだ。それは強いに決まってる。


 まぁ、俺はもっと強いけど。

 蛇女と戦った時よりも多く魔力を解放して、前方に向かって解き放つ。俺の攻撃はただの魔力の塊であって、そこに何かを加えた魔法の攻撃ではない。しかし、魔力も圧縮すれば魔力弾のようにそのままで攻撃することができる。つまり、これは実質的な魔力弾だ。


「なにぃっ!?」

「悪いな。楽しい戦いはさせてやれそうにない」


 こちらを引き裂こうとしていた竜巻を消し飛ばし、その奥で笑っていたトレイスを殺しそうな勢いで魔力は飛んでいった。巨大な蛇の身体がくの字に曲がって吹き飛んでいく姿を見ると、死んだんじゃないかと思うけど、多分死んでない。この程度で死ぬなら、精霊なんて名乗ってないだろうの精神だ。


「ぐははははは! いいぞ! 全く敵う気がしないこの圧倒的な絶望感こそ、戦いの真骨頂よ!」

「……引くわ」


 それ、ただのドMでは?

 気が付かない間に、俺はいつの間にか精霊のSMプレイに巻き込まれていた可能性が出てきたな。嫌すぎるだろ。

 とにかく、トレイスの頭には戦うことしかなさそうなので、満足するまで叩き潰してやればいいんだろう。心底面倒くさいと思うが、これも戦争を終わらせて俺が怠惰に過ごすためだ。

 覚悟を決めて、とことこんまえ付き合ってやるしかない。

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