魔王の威圧
俺が少し目を離した隙に、ミエリナの腕がパウリナ嬢の胸を刺し貫いていた。まぁ、正確に言うと魔力で生み出した遠隔で動かせる第三の腕、みたいなもんだけど。それでも腕は腕だから、パウリナ嬢は口から大量の血を吐いて倒れ伏した。
「はい、正妻候補は死んだよ。それで、次はメイドを選ぶ?」
「いや、パウリナ嬢は死なないし」
俺がそれだけ告げると、刺し貫かれた胸から炎を散らしながら起き上がったパウリナ・フェニックスは、こちらを睨みつけるように視線を向けてきた。いや、殺したの俺じゃないぞ。
ミエリナは本当に生き返ったパウリナ嬢を見て、見開いて驚いている様子。多分、このままいくと研究対象にされるんだろうなぁ。
「その、パウリナ「嬢」って言うのやめてください」
「じゃあパウリナ」
「……なんとなくムカつきますけど、それでいいです」
まぁ、結構前から生きてるんだから嬢って年齢ではないよな。面と向かって言うと絶対に怒られるだろうから何とも言わないけど。
そんな風に喋ってたら、ミエリナの第三の腕がもう一度パウリナを殺そうとしているので、一応止めておく。爪の先がパウリナの頬を掠めたみたいだけど、小さな傷も火の粉を散らしながら簡単に消えていく。
「本当に傷が治ってる……魔力の流れにも変化がない。傷による後遺症もなさそうだし、なにかを代償に治しているみたいでもなさそう」
「だから、本当の不老不死だって」
「勝手に自己紹介しないでください」
「いいじゃん別に」
なんとなくパウリナが俺に向けてくる警戒心が薄れたのは、ミエリナのお陰だろうか。俺よりやばいヤツを見て、相対的に俺の評価が上がったとか。
まぁ、ブツブツ言いながら平然と二回目を殺そうとしてくる女よりは、俺の方が信用しやすいだろう。これで俺の方がダメとか言われたら、地味にショックだった。
「私の被験者になってくれるかしら?」
「絶対に嫌です」
「ミエリナ」
「んふ、冗談ですよ」
嘘つけ。
今のは絶対に許可がもらえたらやってた顔だったぞ。まぁ、そんな許可がなくてもバレなければ色々とやるだろうけど。
「でも、困りましたね」
「なにが?」
「婚約者が殺せないとなると、私が正妻になるのは無理じゃないですか。物理的に排除できない婚約者とかずるくないですか?」
「わ、私は好きで婚約者になっている訳じゃ……」
「なら譲ってください」
パウリナ本人としては是非譲りたい場所だろうな。でも、彼女がフェニックス家を再興する為には俺の正妻であることが重要になる。本人としても、亡きフェニックス家を再興することはしたいはずだから、婚約者を降りることはできない。それを知っているからこそ、骨は俺とパウリナの結婚を認めた訳だ。
「……無理よ。私にはやるべきこともあるし、この人は私に最初に結婚してくれと言ってくれたんだから」
おっと、最後のセリフは余計だったのでは?
実際、ミエリナの口許がすごい痙攣してるの見えてるよね?
不老不死ってやっぱり精神力も凄いんだなぁ……俺は別にどうでもいいけど。
「それより、貴方が魔王様のことを好きでいると言うなら、魔王軍に下るべきよ。だって、見てる感じ魔王様には勝てないんでしょう?」
「こんな化け物に勝てると思う方がおかしいんですよ」
「誰が化け物だ」
「事実じゃないですか。私の攻撃なんてなにも効かない癖に」
いや、確かにミエリナの魔法なんて当たりもしないんだけども、言い方があるだろ。それに、俺の能力と相性が悪い相手だっているかもしれないし、色んな可能性があるだろうが。
「どうですか? 魔王軍に下り、功績を残すことができたならば、きっと魔王様にも見初められますよ。没落したフェニックス家の生き残りが、急に見初められたように」
最後、こっちに思いっきり毒吐いてきたな。まぁ、そこまで元気になってくれたならいいかと思って我慢我慢。不老不死だから一回ぐらい殺してもいいかと思ったけど、我慢しておこう。
パウリナの言っていることは結構滅茶苦茶だと思うんだけども、ミエリナは真剣に考え込んでいる。まぁ、確かに戦力としては人類最高クラスなので、味方になれば心強いかもしれないけど、基本的に気分屋だし倫理観無いしで、胡散臭さの塊である骨が増えるようなもんだと思うけどな。
「いいわ。その提案に乗ります」
「え? 本当に?」
「ロイドさん、なにか問題があるんですか?」
「い、いやぁ……ないけど……」
なんか、怖くない?
倫理観のない人類最高峰の魔法使いが、俺に好意を持って味方してくれますとか、普通に罠を疑うけどな。
「きっと……いえ、これは確信です。アイリスも魔王軍にやってくるはずですから、保護してあげてくださいね」
「アイリスって……あのアイリス?」
「神官のアイリスですよ」
え、でも女神を主として崇める彼女にとって魔王なんて文字通り不俱戴天の敵、天にも地上にも存在していることが許せない相手って感じでしょ。いや、そこまで過激な子じゃないのは知ってるけども。
そもそも何を持って確信しているのか。女の勘ですか、とは言えないので黙っておこう。
「じゃあメイドさん、ミエリナとパウリナの案内をしてあげて?」
「……魔王城はどうするのですか?」
「もう直した」
「……は?」
流石に自分の居城がボロボロのままに放置しておく訳にもいかないでしょ。だから、能力を使ってさっさと直しておいた。
メイドさんとパウリナは全く理解できないって顔をしてるけど、ミエリナは俺の能力が原因だと見抜いてにやにやと笑っていた。多分、また考察が始まるんだろうなぁ。
「骨、俺はさっさとトレイスのところに行くから、フェニックス家の話はやっておいて」
「……ザガン家とマルフォス家にどう説明するつもりですか?」
「トカゲと狼なんて放っておけ」
あいつら、戦うことしか考えないだろ。
フェニックス家の話をあいつらにしたところで、別になにかしてくる訳でもない。俺と真剣なる決闘をとか言い始めるだけなんだから無視しておけばいい。もう魔族を納得させるための決闘なんてやる気ないからな。
「私の方で、また勝手に進めてしまうかもしれませんよ?」
「その時はお前を消し飛ばすだけだから安心してやっていいぞ」
前にも言ったけど、次はないからな。骨は消すには有能だけど、残しておいて害をもたらされるぐらいなら消し飛ばす。そういう念を込めて、骨の幻影を魔力の圧で消し飛ばしてやった。
全く、どいつもこいつも好き勝手にやりやがって……傍若無人は魔王の特権だろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます