魔王の疲弊
「はぁ……それで?」
『祭りだ。私はそれを見るのが好きだった』
「て、言ってもフェニックス家に関する文書は殆ど消えてるから、教えてもらわないとなんとも」
『なに、簡単なことだ。ただ一年に一度だけ、飲んで騒いで火口に酒を投げ込むだけでいい』
「なるほど」
とりあえず、こいつはどんちゃん騒ぎが見たいだけ、と。本当にこいつ精霊か?
バーナーの目的はフェニックス家の再興よりも、祭りの再興ってところなのか。だったら面倒なこともせずに祭りだけやっておけばよかったかもな。
『酒を投げ入れるのはフェニックス家の人間にしろよ?』
「そこ重要?」
『重要だ。祭りは形式が大事なのだ。飲んで騒いで、しっかりとした形式を取るのがな』
あー、こいつ祭りの実行委員とかになったら物凄く張り切り過ぎて、周囲と喧嘩するタイプだ。
『それで、そこにいるのがフェニックス家の生き残りか?』
「そうそう」
すっかりと俺のことを恐怖の対象として見てしまった彼女は、パウリナ・フェニックスという名前らしい。種族的にはただの悪魔らしいんだけど、やっぱり不老不死っていうのが特異な部分だよなぁ。
「フェニックス家を再興させるには、結局魔王との婚姻が近道でさ」
『それはそうだろう。ならば、お前に求めるのはこれ以上フェニックス家の人間を傷つけないことだな』
「あー……それは悪かったと思ってるよ?」
説得するのが面倒だからって精神が折れるまで途方もない時間の中で放置したのは悪かったと思ってるけど、目的の為だかか仕方ないで済ませちゃだめかな。ダメだろうな……特に形式上とは言え奥さんにするんだから。まぁ、前世も含めて女性にモテたことが無い俺には縁のない話だしなぁ。これが俗にいうモラハラ夫か。
『お前は確かに条件を守った。ならば次は私の番だな』
「いいのか? まだ祭りやってないのに」
『その女がそのままではしばらくできんだろう。お前がなんとかしろ』
「はーい」
メンタルケアは、しても逆効果だと思うけどな。だってここまで追い込んだのが俺だし。いっそのこと、洗脳でもした方が早いと思うけどそれも面倒だ。魔王は魔王らしく傲慢不遜にしていた方がいいと思う。
「じゃあ、俺はトレイスの所に行ってくるから」
『……あの馬鹿か』
「実は仲悪いよね、君たち」
『事実を言って何が悪い。なんにでも噛みつく馬鹿に馬鹿と言った所で、なんにもならんだろう』
どうもタイタニス、ヨーグル、バーナーの三人から馬鹿呼ばわりされているトレイスはどんな性格なのか、とても気になる。
噂だと喧嘩早いって話だけど、それだけでここまで馬鹿呼ばわりされると思わないんだが、本当にどんな奴なんだか。
それにしても疲れた。四精霊のうちの三人に立て続けに会いに行ってたから、やっぱりそれなりに疲れる。どいつもこいつも個性的な奴だし。
「さ、帰ろうか」
「え、えぇ……」
ここまでビビられると逆にこっちが傷つくような気もするけど、多分彼女が負った心の傷はこんな程度じゃないだろう。別に謝る気もなければ、俺が心を寄り添ってやる必要もないと思っているけど、このままだと仮にも夫婦としての関係が面倒になる。
かと言って、ダンタロッサ家である骨に任せても更に面倒なことになるだろうし、メイドさんも忙しいだろうから……まぁ、忙しいのは全部俺のせいなんだけどね。
「……貴方は、なにがしたいの?」
「ん?」
ここ数日、彼女とは一緒に居る時間が長いけど、向こうから話しかけてきたのは初めてかもしれない。まぁ、あれだけの仕打ちをしておいてまさか向こうから話しかけてくるなんて思ってなかったけど、まさか普通に話しかけてくるとは。
なにがしたい、と言われると正直答えに困るのが現状。一番の目的は戦争を終わらせて、いっそのこと魔族と人間を完全に分断してしまうことなんだけども、それをするのにだって時間がかかるのでまだ構想段階にすぎない。そうすると、現在もっともしたいことと言えば、四精霊を仲間にすることかな。
「何故、私を自由にさせているの?」
「自由? 全然自由じゃないと思うけど」
「いいえ、やろうと思えばいつだって貴方の首を狙うことだってできるのよ? 自由以外のなんにでもないわ」
「だって、君じゃあ俺は殺せないじゃん」
できないことをやろうとしたって無駄の極み。それは自由とは呼べないでしょうよ。彼女が今できることは、俺に反抗的な態度を取り続けることと、俺の言う通りにフェニックス家を再興させることだけ。少なくとも、俺は自由だとは思わないけど。
「今から、翼を使って逃げても、自由じゃないなんて言うのかしら?」
「……別にいいけど」
彼女がなにを言いたいのかイマイチ理解できない。
「なら、私は逃げさせてもらうわよ!」
あ、本当に逃げ出した。
まぁ、彼女の前に次元の穴を空けて目の前に連れてくるんだけど。
「きゃっ!?」
「大丈夫?」
「……自由じゃないわね」
「だから、そう言ってるじゃん」
別に逃げてもいいけど、捕まえないとは言っていない訳で。実際、俺は一歩も動いていないから追っている訳でもない。まぁ、屁理屈みたいなもんだけど。
諦めたみたいなので、魔王城に繋がる次元の穴を空けて、彼女を脇に抱えて移動すると、崩壊した魔王城の入り口前に辿り着いた。
「……魔王様は、こんなボロボロな城に住んでいるのね」
「あー……改装中かな?」
パウリナと共に、困惑してしまったが誰かしらの攻撃であることには違いないと思うんだけども……心当たりが全くない。だって魔族の反対意見は実力で黙らせたし、人間の勇者候補たちは足踏み中だって聞いてたから。
とりあえず、状況確認の為に扉を開けると、中から魔法が飛んできたので適当に弾く。
「ロイド陛下!」
「あー……これは?」
メイドさんが頭から血を流しながら暗器を構えていた。周囲には衛兵の魔族たちが倒れ込んでいるけど、肝心のこれをやった犯人が見当たらない。
「あ、ロイドさん! やっぱり生きてたんじゃないですか!」
片手で屈強な牛男みたいな魔族を引きずりながら通路の奥から出てきたのは、全身を返り血で濡らした少女。人間からは「真理の探究者」と呼ばれているとんでもない魔女で、俺が追放されたパーティーに所属していた少女。
「あー……ミエリナ・ルシフェル?」
「はい。私、ミエリナです」
かわいらしい笑みを浮かべている彼女に、俺はため息が自然と出てしまった。
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