令嬢の恐怖

 魔族を統べる王。

 私にとって、その肩書は親の仇でしかなかった。

 当時、魔王の側近であったワイト族の長であるダンタロッサ家の当主が、従わないのならばそれは敵も同然であるとして四精霊を排除しようとした時、真っ先に槍玉にあげられたのが炎の精霊、業火の不死鳥バーナー様を祀るフェニックス家だった。

 元々、フェニックス家は魔族領からしても辺境のアルス火山の麓に領地を持つ変な家たったがが、特異な力を持っている種族だった。それが、炎を浴びることで傷を癒すことができるという部分。種族的には悪魔であったのに、辺境に住んでいたのはそういうおかしな点だったからなのか、そもそも辺境に住んでいたからその力を手に入れたのかはわからない。だけど、他の魔族たちから見ても異端の存在だったのは間違いない。


 時のダンタロッサ家当主は、フェニックス家をすぐに嵌めた。辺境に住んでいることで他の魔族との関わりが薄かったことも利用され、すぐに魔王に反逆を企てていることにされて、魔王直々に全員が戦争の最前線に送られた。当然、全員が死んだ。ただ、私だけが死んでも生き返った。私はこの時、初めて自分が不死身の力を持っていることを知ったのだ。


 母と父から貰った「パウリナ・フェニックス」の名を守るために、私は戦争から逃げ出した。人間にも魔族にも幾度も殺され、不老不死であることがバレると研究材料にされそうになり、その度に自らの魔力を暴発させて周囲ごと爆発することを覚えた。

 そうやって全てから逃げ出し、時間の感覚もなくなるほど逃げた先で、魔王に出会った。


 今の魔王は、怪物だった。

 私がどれだけの魔力を集めて自爆しようとも、そもそも当たっていない。自分で認めるのはどうかと思うが、箱入り娘で育てられた私には相手の魔法の原理なんて全く理解できないので、ひたすら倒せること祈って自爆するしかない。

 そうやって幾度も爆発を繰り返していたら、気が付くと周囲の風景ががらりと変わっていた。いや、正確には風景なんて存在しない。なにも聞こえないし、なにも見えない空間に飛ばされてしまったのだ。


「ここは、どこなの?」


 そこには本当になにも存在しなかった。敵も、味方も、自然も、人工物も、生も、死も、光も、なにも存在しない。そこに広がるのは無限の闇ばかりで、自分の声が外に響くこともない。


「こんなもので私が……どうにかできると思っているの?」


 最初の数日はなんともなかった。ただ虚無の空間に放り込まれただけで、そのうちあの男が現れると思ったから。


「なにも聞こえない。なにも感じない。なにも変化がない」


 数週間が経って、焦りが私の心を覆っていた。なにも変わり映えしない空間で、誰もやってこない空間で私は独り言を話し続けていた。


「あぁ……助けてください救世主様! 私はここにいます! 早く……早くこの地獄から助けてください!」


 数ヶ月が経って、私の精神は壊れかけていた。私を閉じ込めたあの人こそ救世主であったのだと心の中で勝手に納得し、彼が助けに来てくれると無邪気に思っていた。


「…………」


 数年が経って、私の心には虚無を受け入れる部分と虚無に抗う部分が生まれ、心が分離しかけていた。


「……え?」


 そして……途方もない時間の果てにいつの間にか私は男の前に放り出されていた。

 今まで生きてきた人生が天国であったと思えるほどの虚無に、私の精神が壊れかけていたところで、私は虚無から解放された。


 この人間を相手にしては駄目だと悟ってから、魔王と名乗ったことで頭の中で納得できてしまった。こんな拷問を平然とするような輩なんだから、魔王であってもおかしくないと。

 訳も分からず魔王についていくことになった私は、現在魔王城で働いているというメイドによって風呂に入れられていた。


「ロイド陛下に、なにかされたのですね?」

「……途方のない時間放置された」

「そうですか。あの方らしい、と言ってしまうと冷たい方の様ですね」

「事実でしょう」


 あの魔王は人間だというのは、見ただけでわかった。だが、あの魔王には血が通っていない。そう確信できるほどに残忍で冷酷で現実主義者だ。従わなければ殺し、従えば慈悲を与える。私にはそういう男にしか見えない。

 どうやらこのメイドが抱く魔王の印象とは違うようだが、私にはこの印象を変えるような出来事が起こるとは思えない。


「私にとってロイド陛下は、仕事をしない怠惰な人でしかないですから」

「そう……私に対しても放置していただけですものね」


 皮肉気に言ったら、メイドに苦笑で返されてしまった。もしかして、普段もあんな感じなのだろうか。そうだとしたら魔王の仕事を放棄しているも同じでは?


「ロイド陛下は基本的に自分以外を信用していません。ですから、貴方にも冷酷なことをしたのでしょう」

「そんな軽い話で済むの?」

「魔王ですから」

「……違いないわね」


 魔王なんて、いつの時代だって一番強くて残酷な奴がなるものだ。このメイドの言っていることも事実だろう。

 魔王は確かに、私に対してフェニックス家を再興させるように言っていた。そして、それは不死鳥であるバーナー様に頼まれたことだとも。


 頭の中の整理が付く前に、私は風呂からあげられて再び魔王の前に連れてこられた。魔王の横にいるのは、間違いなくワイト族のダンタロッサ家だろう。フェニックス家を自ら消しておいて、のうのうと魔王の隣に立っていることに怒りが湧いてくるが、メイドにロイド陛下と呼ばれていた魔王の顔を見ると、恐怖で身体が動かなくなる。


「端的に言うと、君には俺の妻になってもらう」

「……は?」

「異論、反論は一切受け付けていないから」


 この男は、私を妻にすると言った。妻というのは……結婚した相手の言葉を指すあの妻で合っているのだろうか。


「何故、と思っているようだけど、これもフェニックス家を再興させるためだ。君は魔王の妃としての立場をやるから、フェニックス家を好きなように再興するといい」

「……そもそも、潰したのは貴方達でしょう」

「そうだね。だから?」


 やはり、この男やダンタロッサ家には心など存在しない。

 大方、世間には没落したフェニックス家の生き残りが魔王に見初められて成功する話程度に受け止められる。そうすれば民衆から魔王に対する反対意見を少なくでき、フェニックス家が再興されても大っぴらに文句を言いにくくなる。

 つまり、どこまでも私とフェニックス家を利用するつもりだということか。


「……わかり、ました」

「必要な犠牲だよ」


 

 必要な犠牲と言われても、よくわからない。そもそも、あれだけの力があるのならばバーナー様の力を借りる必要性すらないと思うが、そうでもないのだろうか。

 どちらにせよ、私は反対できる立場ではない。ただ黙って受け入れるだけしかできないのだ。

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