勇者の憔悴

「……は? なんて、言った?」

「貴方は勇者候補ではない。偽物の存在だ」

「な、なんでっ!?」


 おかしいだろう!?

 俺は世界に、そして女神に選ばれた存在であって、俺以外の勇者候補の方が偽物のはずなのに、なんで俺が偽物扱いをさせられるんだ!?


「レンドン!」

「なにかの間違いです。アレン様が勇者候補ではないなんて……そんなはずはない」

「そうだ! 俺は選ばれた人間なんだっ! ふざけるな!」

「教会の判断です」

「なら理由を教えろ! 納得できる訳がないだろ!」


 教会の判断だと!? そもそも、魔族を退治して欲しいなんて言い出したのは教会だろうが! それを自分たちに都合が悪くなっただけで偽物だと!? ふざけるな!


「理由は簡単なこと。貴方はここしばらく、魔族を倒しに行っていないからだ」

「倒しに行っていないだと? そもそも! 俺には今、レンドンしか仲間がいないんだぞ!? そんな状態でどうやって戦えって言うんだよ!」

「単身で戦場に出ている勇者候補もいます」

「そんな命知らずの馬鹿と一緒にするな!」

「命を投げうってでも魔王と戦うのが、勇者の務めです」


 ふざけるなふざけるなふざけるな! そんな自殺みたいなことに付き合ってられるか!

 あの憎き男であるロイドを追放してから、ミエリナとアイリスがパーティーから抜けて、良いことが何一つない。俺は勇者の偽物扱いされるし、パーティー仲間は一向に集まらない! 俺はなにも悪くないのに、何故か俺だけが不幸になっていく!


「……俺が王国を離れて、そこを魔族に襲われても知らないからな」

「そんな心配は必要ありません。この王国には女神の加護があるのですから……魔族は入ってこられません」


 この、クソ狂信者どもがっ!

 女神の加護がお前らにある訳がない! 何故なら、俺に刻まれた勇者の証が、女神が俺に寵愛を与えていることの証明なのだから。だから……俺の価値がわからない奴らは全員死んでしまえばいい。


「レンドン!」

「はい」

「行くぞ……魔族共をぶっ倒して、こいつらの鼻を明かしてやる」


 そうと決まれば魔族共をぶっ殺しに魔族領まで行ってやる。俺が真の勇者であることに後から気が付いたところで、もう遅い。その時には俺の真価に気が付いた奴らが俺のことをしっかりと見えていてくれるはずだ。俺は、絶対に幸せになれる。それが、女神から力を授かって勇者に選ばれた俺の人生だ!


 教会と喧嘩するように王国を飛び出してから、幾つかの戦場を歩いてきたが、様子がおかしい。


「レンドン、どうなってる?」

「わかりません……異様な静けさです」


 ここは、確かに数ヶ月前まで魔族と人間の精鋭が戦い合っていた戦場だった。俺もパーティー仲間を連れて前線に参加して、多くの敵を殺してきた。勇者としての力を認めて、俺を真の勇者だと崇める奴も何人もいたんだ。その戦場で、全く戦闘の音が聞こえない。


「もしかしたら、人間側が戦線を押し上げたのかもしれません」

「俺の力も無しでか? 冗談はやめろ」

「……申し訳ありません」


 この世界の人間たちは、魔族程度に1000年間も苦戦している。そんな連中が俺のチート能力を抜きにして戦線を押し上げることなんてできるわけがない。そうだ、俺が人間側の最高戦力なんだからな。


「風の噂程度ですが……」

「なんだ? 言ってみろ」

「魔王が死亡し、魔族側が混乱している、と」

「は? 魔王が? 俺は戦ってないぞ?」


 魔王は勇者である俺にしか倒せないはずだろ。教会も王国も、勇者しか倒すことができないと言っていたじゃないか。勇者候補ではなく、真の勇者にしか倒せないと。そして、それが俺なんだと確信していたのに、俺以外の奴が魔王を倒した? ありえない……あっていいはずがない。


「それは嘘の情報か、偽物の魔王が倒されたかだ」

「は?」

「勇者にしか倒すことができない魔王が、俺以外に倒せるわけがない。真の勇者は俺なんだからな」


 いや、待てよ。もしかしたら、これは全て裏に隠れた魔王の罠かもしれない。真の勇者である俺が怖くて、陰謀を使って俺を王国から追い出させたんだ。ミエリナとアイリスがパーティーを抜けていったのも、もしかしたら魔王の仕組んだ卑劣な罠だったのかもしれない。そうに違いない……俺たちの仲を裂いたロイドは、魔王の手先だったんだ。


「くそ! さっさと前線まで行って魔族を倒しに行くぞ! 魔王の卑劣な罠に屈してなんかいられない!」

「わかりました。貴方が俺が護ります」

「俺は守られるほど弱くないけどな」


 レンドン程度なら、俺の真の力が覚醒して瞬殺できる。魔王も、恐らくは力が覚醒した俺の身体に傷一つつけられないだろう。まずは俺の真の力を解放する方法を探さないといけないかもしれないが、その前に戦争の前線に赴いて俺が加勢に入ってやらないと、人間側に多くの犠牲が生まれてしまうかもしれない。


「待ってろよ……すぐに結果を示して、勇者として覚醒してやる。俺は女神に選ばれた特別な人間……人類を救える唯一の存在、勇者だ!」


 果たさねばならない使命と言っていい。俺は必ず魔族を倒して人類の英雄となるんだ。転生した理由なんてそれ以外にない。俺が戦争を終わらせて、必ず勇者としての力を証明してやる。




「アレン・ケーブルは行ったか?」

「はい。手筈通りに」

「そうか……女神の力を受けて転生してきた、などと言っていたから好きにやらせていたが……あの程度の戦果ではな」

「教皇様のおっしゃる通りです」


 勇者候補であるアレン・ケーブルは、使えない狂人。それが教皇としての私の結論だ。権力に屈しない神官アイリスと、真理の探究者ミエリナを付けてやったが、両方ともに逃げられ、女として屈服させることもしない種無し男になど興味もない。

 あの男は大言を口にする癖に自ら行動せず、座して機会を全て放棄している。あの受け身の姿勢が消えない限りは、奴は勇者候補失格の烙印を押され続けるだけだというのに、それすらもわからない愚図。


「神官アイリスはどうするおつもりなんですか?」

「決まっておろう。あれだけの上玉だ……私が美味しく頂くとしよう」

「教皇様もお好きですね」

「ふっふっふっふ……お前にも味見はさせてやる」


 あぁ……この王国も最早私の権力に逆らえる者などいないのだからな。全てが思う通りに行く……まさに地上の楽園よ。ただし、私にとってのみ、だがな。

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