魔王の交渉

「おー……海」


 当たり前の感想が口から出てきちゃった。

 タイタニスとの話が終わってから俺は水の精霊であるヨーグルに会いに、ゴエティア海に来ていた。ゴエティアは確か、魔族の国の名前だった気がするけどよく覚えてない。

 水の精霊なだけあって、海の中を泳いでいる魚らしいけど、どうやって会いに行けばいいのだろうか。まさか泳いで会いに行く訳にもいかないしなぁ。


「……祭壇?」


 海辺を適当に歩いていたら、海の潮風でボロボロになった祭壇を発見した。多分だけど、これはヨーグルのために作られた祭壇なんだろうな。だって、壁画みたいに巨大な魚の絵が描かれてるから。魔族らしき人型がなにかを海に捧げて、魚からなにかを貰っている絵、かな?

 ありがちな話だと思うけど、人身供養みたいなもんかな。

 祭壇は柱とかボロボロになってるけど、土台は結構丈夫に作られているみたい。なら、ここから魔力を放ってヨーグルを誘き寄せてみるかな。


「ふー……はっ!」


 少しだけ魔力を解放して海面を揺らそうとしたらボロボロになっていた柱や壁画が吹き飛んでしまった。まぁ、魔族には重要文化財みたいな価値観ないから別にいいか。個人的にはちょっと罪悪感があるけど、これもヨーグルに出会うためだから仕方ない。


『物騒な魔力だな』

「あ」


 柱を破壊されたこととか見られてないかなと、周囲を確認してたら海の方から声が聞こえてきた。すぐに海面を覗き込んだから、想像の10倍以上はでかい巨大魚が顔を出していた。海面からでしか喋られないかと思ったら、おもむろに海から飛び出して宙を泳ぎ始めた。なんでもありかこいつ。


「あー……ヨーグル?」

『そういうお前は魔王だな。魔王の顔は久しぶりに見たが、随分と人間らしくなったな』

「いや、魔王だって代替わりしてるし、俺は人間だし」

『なにぃ!? そうなのか!?』


 こいつ、馬鹿か?

 いや、馬鹿とか言ったらだめだ。協力を頼みに来てるんだから、なるべく下から頼まないと。


『そうかそうか……今の魔王は人間なんだな。俺はそこまで海から外に出ることが無いから知らなかったぞ』

「変わったのは数週間前のことだけどな」

『つい最近か。ほうほう……つまり、今はお前が一番強い訳だな』

「……一応は」


 なら戦おうとかやめてくれよ。俺は、こんな面倒な精霊とかいう奴らと戦う気なん一切ないからな。


「大海の秩序であるヨーグルに、頼みたいことがあってきたんだ」

『頼み? お前のような力を持っている奴が、か? 俺のことなんて瞬殺できるだろ』


 タイタニスと言い、どうやら精霊は他人の強さが把握する方法があるらしい。なんかそれらしい話は聞いたことはないけど、魔力を感じ取れるとかだろうか。まぁ、どうでもいいか。


「優れた個だけじゃ戦争は終わらない。いや、やろうと思えばできるかしれないけど、それは殲滅戦になってしまう」

『戦争? もしかして、まだ女神がうんたらとか言ってた戦争やってるのか? 全然知らなかったぞ』

「あぁ……始まってから1000年経ってる」

『1000年!? よくもそんなに長くできるもんだな……退屈過ぎてすぐに飽きそうなもんだが』


 さっきからこいつ、リアクションが大きいし言ってることも適当だな。こいつに水の属性を任せて本当に大丈夫なのか?

 タイタニスがしっかりとした中立の精霊の立場だったので、少し精霊のことを勘違いしてたかもしれない。そもそもトレイスは好き勝手にやってるって聞いてたんだから、精霊がみんな真面目な訳じゃないのは考えればわかることだった。反省しないと。


「その戦争を止める為には、精霊たちの協力が必要なんだ」

『ふーむ……他の連中は?』

「あー……まだタイタニスだけ?」

『あの堅物真面目岩男か』

「ひっでぇ呼び方」


 いや、確かに堅物で真面目で岩男ではあるけども。事実を並べているだけなのに、すごい罵倒みたいな呼び方してんな。


『燃え鳥とクソ蛇は?』

「後から会いに行く」

『俺は2番目か! なら協力してやろう!』

「え、順番とか気にするの?」

『いや、全く!』


 クッソ殴りてぇ。

 なんで怠惰の魔王である俺がこんなストレス溜めながら交渉してんだよ。いや、将来的な怠惰の為だ、今は我慢するしかない。戦争が終わればもっと怠惰できるだろ。


「なら、よかった」

『だが条件がある』

「条件?」

『これを受け入れてもらえないのなら、敵対するかもしれんな』


 さっきまでの馬鹿そうな雰囲気は消えて、真剣な声でこちらに語り掛けてくるヨーグルの声に、なんとなく背筋が伸びると同時になんとなく面倒な気がしてきた。

 精霊的な威厳を急に見せてきたヨーグルだけど、俺が瞬殺できることを知りながらも敵対するかもしれないというのは、それだけ大事な条件だってことだと思っておこう。


「なにを要求する?」

『ゴエティア海を……いや、海を中立の立場に置いてやって欲しい』

「海を?」


 ヨーグルに従う水のモンスターを中立じゃなくて、海を中立にするのか。そもそも、海は中立じゃないのか?


『歴史的に魔族と人間は海の支配権を争ってきた。それを止めてくれ』

「……その為には、戦争を止めるしかない」

『だろうな。だから、これは全てが終わった後に契約として行ってくれればいい』

「それなら、いいだろう」


 魔族側の支配権は、魔王である俺が命令すれば放棄できるけども、それをしたところで待っているのは人間が急激に支配権を広げるだけだ。だから、この条件を達成するには戦争を止めて、支配権を互いに放棄しなければならない。


『それにしても……てっきり魔王の言うことには従えと力で言うことを聞かされるものだと思っていたぞ』

「人をどんな蛮族だと思ってんだ。こっちから協力を頼んでいるのに、無理矢理従わせる訳ないだろ」

『ふーむ……悪魔とは契約しないようにしておけ』

「なんで?」

『絶対に騙される』


 余計なお世話だ。いや、骨には結構いつも騙されてる気がするけど、別に契約してる訳じゃないからセーフってことで。とりあえず、ヨーグルに言われた通り悪魔との契約は辞めておこう……と思ったけど、俺はもうメイドさんと契約結んでた。


『心当たりがありそうな顔だぞ』

「うるせぇ魚野郎!」

『なにぃ!? 魚はかっこいいだろうが!』

「魚はかっこよくてもお前はかっこよくない!」

『な、なんだとぉ!? この形の良さがわからんとは……俺は海ではモテモテなんだぞ!?』

「知るか!」


 魚の恋愛事情とか知りたくもない!

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