大地の忠誠
初代の魔王によって生み出されて幾千年の時が過ぎた。私の元へとやってくる魔王など、殆どいない。と言うよりは、誰もが自分より強い存在である我ら四精霊のことを恐れている。人間も魔族も、精霊から見ればちっぽけな存在だ。それでも、ただの土塊だった私に知性を与え、立ち上がらせたのは魔王だ。その義理はこの知性が消えるまでは返さなければならない。こんなことを言うと、他の連中からは「つまらない奴だ」と言われるが、属性を安定させるために生み出されておきながら、好き勝手にやっている奴らの方が問題だとは思う。
そんな私の元に、1人の魔王がやってきた。魔王が訪れるのは、実に数百年ぶりのこと。神を封印したという魔王以来だ。しかし、私はその魔王を見た瞬間に悟った。この者には勝てない、と。
四精霊は災厄が知性を持って動いているようなものであると言われるが、私の前に現れた魔王は自然の災厄などが可愛く見えるほどの存在だった。見た瞬間に勝てないと察し、我らを生み出した初代の魔王よりも、恐らく強いであろう存在。これが今代の魔王なのだと、すぐに悟った。
「おーいタイタニスさんよー」
そんな圧倒的な上位者であるはずの魔王は、特になにかを気にする様子もなく私に気軽に声をかけてきた。ここまで内面の実力と性格が乖離している奴を初めて見たので、最初は少し困惑してしまった。そして、恐らくこの地上に生きる全ての存在が勝てないであろうはずの男が、あろうことか私に協力を求めてきた。
私は再び困惑で頭がおかしくなりそうだった。魔王という存在には返しきれない借りがある。魔王がどんな種族で、どれだけの屑であろうとも協力を頼まれれば拒むことはしないつもりだが、どうしても理由が知りたかった。これだけの強さを持つ者が、何故私の力を必要としているのか。恐らく、この者ならばやろうと思えば人間を一瞬で滅ぼすこともできるはずなのに。
私の予想に反して、魔王はどこまで行っても魔王だった。それが人間であろうとも関係のない話だ。今代の魔王は、戦争を止めたいと言った。それは、戦争を終わらせることよりも遥かに難しいことだ。私の指摘に対してそれでもやるしかないと言った姿を見て、やはりこの者は魔王なのだと思った。自覚があるかどうかは知らないが、魔王の言っていることは到底実現不可能な夢物語のようなものだ。それを本気でやろうとしている。これほど大きな欲望を持つ者は、魔王に他ならないだろう。
この者が魔王になったのは、運命かもしれないと柄にもなく思ってしまった。この1000年にも及ぶ戦争の原因は、傍迷惑な神であることは知っている。それを止めるために動き出すのは、人間の勇者ではなく人間の魔王だとは思わなかった。しかし、これだけの力を持つ者が、なんの因果か勇者にならずに魔王になった。もしかしたら、本当に戦争が終わるかもしれない。
世界から外れた辺境で引きこもっている我ら四精霊にとって1000年の時間や、戦争そのものに価値は見いだせない。戦争など、人間と魔族が勝手にやっていることであって、我らには関係のないことかもしれない。だが、私はこの魔王がどんな道を辿るのかが知りたかった。だから、私は快く協力を引き受けた。初めから断る選択肢などなかったが、私とて感情を持つ者。前向きに引き受ける方が気分がいい。
「次はヨーグルに会いに行こうと思うんだけど、どう思う?」
『順番は関係ない。我らに上下関係はないからな』
「まぁ、そうなんだけどね」
『だが、トレイスだけは最後にするべきだ』
「やっぱり?」
魔王も流石にトレイスの噂だけは知っているらしい。グロンダ砂漠の中央に位置する祭壇に住んでいるあの蛇は、我ら四精霊の中でもっとも喧嘩早い。
翼の生えた蛇の姿をしているトレイスは、魔族からは暴風の化身と言われているらしいが、確かにあれは暴風の化身とも呼ぶべき存在だろう。常に吹き荒れる暴風かのような苛烈な性格に、人間と魔族の区別など存在しない。奴の頭にあるのは、強いか弱いかだけだ。しかし、目の前の魔王に関しては心配していない。恐らく、トレイスと戦ったところで負けることなどないだろう。
『ヨーグルや私は魔族との関りが薄いが、バーナーは魔族のフェニックス家が祀っていると聞いた』
「あー……フェニックス家、ね」
言い淀む魔王に、私は少し疑問を持った。魔王であるのならば、魔族の家がどんなものかも全て知っているだろうと思ったが、この魔王は人間だ。もしかしたらまだ魔王になったばかりで全ては知らないのかもしれない。
「フェニックス家は、没落してまともに残ってない」
『……そうか。ならば、バーナーは完全に引き籠っているかもしれないな』
業火の不死鳥と呼ばれるバーナーは、炎を司る不死鳥。自らの力をフェニックス家に分け与えたのは、それだけあの家のことを気に入っていたからだろう。特に、バーナーは私よりも穏やかな性格をしている。あの陽気な不死鳥が落ち込んでいる姿は想像できないが、外界との繋がりを断っている可能性はある。
「色々とありがとうタイタニス」
『これも協力のうちだ』
私は他人と喋ったのは随分と久しぶりだ。相手が魔王ともなれば、少し口が回り過ぎてしまった。しかし、この魔王には不思議とついていきたくなるようなカリスマを感じるような気がする。精霊は魔族や人間などよりも相手の魔力を肌で感じやすいが、魔王の力は感じた瞬間に平伏したくなる圧倒的な力がある。恐らくだが、魔族もその力を目の前で見れば、逆らおうとは思わないだろう。
人間が魔王になるには、かなりの障害があるはずだが、この男は簡単に乗り越えていくだろう。もしかしたら、もう乗り越えてしまっているかもしれない。それだけ、この魔王は圧倒的だ。
魔王が去っていく背中を見ながら、私は少しだけ考え込んでしまう。
この世界を生み出した存在は、あのような異常な存在を許しておけるのだろうか。もし、あの魔王が世界から異常であるとみなされて排除されそうになったら、どうするのだろうか。抵抗するのか、それをそのまま受け入れてしまうのか。
『……無意味な思考か』
その時になってみなければ、なにもわからない。
ただ、もしあの魔王が誰かに害されそうになった時には、私がこの身をもって庇ってやろう。それが魔王によって生み出され、この知性が消える時まで魔王という存在に忠誠を誓った私の役割だ。
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