メイドの疑心
私が軽い気持ちで迷宮に足を踏み入れたことは否定しない。けど、幾らなんでもこれはやりすぎではないだろうかと、思ってしまいました。
迷宮の通路を塞ぐようにこちらへと容赦なく刃を向けてくるのは、無人で動く魔力人形のゴーレム。私の背後には同じ顔をしたゴーレムが複数体破壊された状態で放置されていることでしょう。
『排除』
「っ!?」
目のような部分から熱線を放ち、私の身長の三倍はありそうな体躯からは考えられない速度で動き、腕から伸びる鈍く光る刃を振るう。戦闘型のゴーレムでここまで強力な物を見たのは、私も初めて。魔族も人間もゴーレムを扱う者はいるけれど、ここまでの性能を持ったものを複数体扱うことなど不可能だ。
牽制目的で魔力弾を数発撃ってから、懐に潜り込んで暗器で胸のコアを破壊する。それだけで、このゴーレムの動きは止まる。ただし、懐に潜り込むのが尋常ではない難しさなだけ。
「ふぅ……これで10体でしょうか。どれだけいるか分かりませんがっ!」
『排除』
『排除』
曲がり角の先から更に追加で2体のゴーレム。片方はさっきまで戦っていたのとは違い、腕にボウガンがついているようですが……遠距離用でしょうか。
『は、はははは、排除じょ』
「どうやら、まともに動いている訳ではないようですね」
実際、この迷宮がどれほど古くから存在していて、どれだけの間このゴーレムたちが放置されているのかはわからないけれど、これだけの性能のゴーレムは個人の制作とはとても思えない。
近接型が高速で動くのと同時に、遠距離型がボウガンを放とうとしているのも見えている。見えてはいるのですけど。
『ぎ、は、除』
「……味方に当たっているようでは、整備不良と言わざるを得ませんね」
遠距離型が放った矢は私を襲おうとしていた近距離型のコアを刺し貫いていた。その貫通力は目を見張るものがあるものの、どうやら一射だけで次の矢はない様子。焦ることなく遠距離型のコアを破壊して12体。
「お疲れ」
「ひっ!?」
壁からなにかが生えてきて急に話しかけてきたので、咄嗟に手に持っていた暗器を投げつけて火炎魔法を放った。しかし、それは全て相手の背後へとすり抜けていった。
「メイドさん、怖がり過ぎ」
「ま、魔王様!?」
幽霊の類かと警戒したが、気の抜けるような緩い感じの声と私を呼ぶ名称だけで誰かがわかってしまった。何故、壁をすり抜けて出てきたのかは一切わからないが、間違いなく魔王様だろう。
結果的に、グリューナル様の予想通りに魔王様は魔王城の地下にいたことになる。迷宮の奥に何かがあって、それを取りに行っていた可能性もある。
「心配してくれたの? ありがとう」
「あ、当たり前です。魔王様は魔族の王なのですよ? 王に仕えるメイドは、いなくなった王を探すものですから」
自分でも何を言っているのか微妙にわかっていないが、のほほんとした表情の魔王様になんとなくイラっとする。この人は多分、自分がいなかった影響がどれほど大きいかを理解していない。魔王になりたての人間なのだから仕方がないかもしれないけれど、この間のナーガ族との決闘で魔王様の影響力は急激に大きくなったのだ。それをしっかりと自覚していただかなければ。
「あ、ゴーレム」
もっと強く言うべきかと逡巡している間に、新たなゴーレムが通路を走ってきているのが見えた。すぐに魔王様の前に立って暗器を構えたが、気が付いた時には既に魔王様は私の前まで移動していて、ゴーレムのコアを素手で破壊していた。
高速で動くゴーレムの動きは、辛うじて視認できる私でも、今の魔王様の動きは全く視認できなかった。それが魔法によるものなのか、素の身体能力によるものなのかは全くわからない。けれど、一つだけわかることは、魔王様に下手の護衛などつけるだけ無駄だということ。
「このゴーレム、1000年前の魔王が作ったものらしいね。強さで言うと……どうだろう、多分だけど王国の勇者候補と戦わせても、20体ぐらいなら勝てそうじゃない?」
「……それは、破格の性能ですね」
1000年前の魔王が作った、という情報を知っているということは、やはりロイド陛下はこの迷宮の先でなにかを知ったのでしょう。しかし、臣下として私はそれ以上の追及をするつもりなどない。魔王様の行いが、全てなのだから。
地下から帰ってきた魔王様は、早々に自分の部屋へと引き籠った。溜まっている仕事をしてほしかったのですが、そもそも魔王様がまともに仕事をしてくれたことがないのでなんとなく諦めてしまいつつある自分がいる。
「魔王様、ご無事でなによりです」
「骨? あー……頼みたいことがあったんだった」
「私に、ですか?」
「そうそう」
グリューナル様は少し驚いた様子だった。まぁ、魔王様は基本的に他人になにかを頼むことがない。それは、自分以外の全てを信用していないからかもしれないし、魔王として働いていないからくる負い目かもしれない。理由はわからないが、魔王様は普段から他人に頼み事などしない。ましてや、先日はめるようなことをしてきた宰相を相手に、だ。
「四精霊の居場所を突き止めておいてくれる?」
「……あの、四精霊ですか?」
「そうだよ。それ以外にいないでしょ」
「わかりました」
私とグリューナル様の目が合ってしまった。多分、考えていることは同じだろう。四精霊の居場所なんて知って、なにになるのだろうか、ということだ。
確かに、彼らは人間に敵対し、魔族との共闘関係にある存在ではあるが、それはそれとして問題児ばかりの四人集団だ。しかも、それぞれが属性の基本である地水火風を司り、それこそ魔王にも引けを取らない力を持っている。魔族とは共闘関係ではあるが、互いに不可侵の約定を結んでいるだけで仲が良いわけではなく、むしろ過去の因縁を含めると、魔族側が悪いとしか言いようがない。
「居場所がわかったらすぐに教えてね。全員に会いに行くから」
「え?」
「……仰せのままに」
会いに行く……会いに?
それは、普通に考えたら自殺行為ではないのだろうか。
四精霊もそれぞれで魔族に持っている印象が違うというのは知っているが、誰も詳しいことは知らない。なにせ、力のある魔族でも敵わない超常の存在なのだから。魔王様がなんの目的で会いに行くのかはわからないが、魔王様の臣下として止めた方が良いのだろうか。
こうやって、私の頭の中を色々な意見が巡っているのに、魔王様は対して気にする様子もなく瞼を閉じている。
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