魔王の秘め事

 誰も入ってこれない俺だけの場所だった思ったのに、誰かがやってきた。それだけ人間は憂鬱になれるものなんだと、少し自分に感心してしまった。恐らくだけど、俺がいないことに気が付いた誰か……メイドさんが探しに来たんだろう。


「……どうするかなぁ」


 別に人間側に加担するようなやましいことをしていた訳でもないけど、なんとなく誰かが入ってくるのは嫌だ。理屈じゃなくて感情の問題だ。

 ここは魔王城の地下にある空間。どうやら数百年単位で誰も入っていなかったらしく、ここにあるものは全て埃を被る、では済んでいなかった。


「待てよ?」


 そもそもここに入る為の鍵は宰相である骨が持っているはずなんだから、普通に考えたらまた骨の差し金か。やっぱり消しておけばよかったかな。でも、有能だから消したくもないんだよね。

 ここに辿り着く前に謎の迷宮が現れるけど、メイドさんは大丈夫なのだろうか。まぁ、俺が心配する必要もないかもしれない。別に、なにかある訳じゃないし。


『客人か?』

「俺以外の、な」

『ほう……ここ1000年で同時に客が来たことはないのじゃがな』

「そもそも、数百年誰も来てないんだから当たり前でしょ」


 俺の前で楽しそうに笑っている女は、封印されている女神様らしい。真っ黒のドレスに真っ白な頭髪が映える美女だ。初対面でまず魅了の魔法をかけようとしたことは許してないけど。


『で、封印はといてくれぬのか?』

「やだよ面倒くさい」

『やれやれ……これが今代の魔王とはな』

「別にいいだろ。新人なんだし、人間だし」

『人間の魔王とて、今までもおったわ』


 初耳です。メイドさんも骨も教えてくれれば、もっと早く魔王になるの頷いたのに。仕事しないのは変わらないだろうけど。


「それで、女神様はなんでこんなところに封印されてるんですか? さっさと王国に戻ってあげないと、いつまでも女神の神託を騙る偽物が後を絶ちませんよ?」

『放っておけ。人の子など所詮はその程度よ』

「いや、俺も人の子なんですけどね。知ってましたか?」

『お主のような化け物が人の子とは、とうとう世界もおかしくなったか』


 酷い言い様だな。


『そもそも、不死の魔王を倒したのならば、妾も簡単に殺せよう? なにを恐れることがある?』

「いや、面倒くさいなーって」

『…………次の魔王は怠惰の魔王か。魔族は苦労することじゃろうな』


 盛大なため息やめて。

 封印されて結界から出ることもできない癖に態度が物凄い偉そうなのは、女神だからなのか?

 人間はこんなものを最高の神として祀っているのだから、笑ってしまうな。


「そもそもの話なんですけど、なんで封印されてるんですか?」

『ここまで関係のない雑談をしておいて、理由も知らずにここに来たのか?』

「だから教えてくださいよ」

『……呆れて言葉も出んわ』

「いや、さっきから呆れすぎでしょ」


 まぁ、どうせこの女神様がここに封印されたから戦争が始めったとか、そんな理由だろう。


『不死に飽いたから、魔族と人間を戦争にさせようとして、当時の魔王に封印された』

「あほじゃん」

『阿呆呼ばわりはやめろ』

「いや、どう考えてもあほじゃん。あんたのせいで1000年戦争してんだから」

『そうじゃろうなぁ……そうなるように仕向けたんじゃから』


 正真正銘のド屑じゃないか。誰だよ女神様とか呼んだ奴。ただの真っ黒な邪神じゃないか。

 興味本位で扉の向こう側に入ったら、実にくだらない真実を教えられてしまった。というか、こんな真実が知れ渡ったらどうなるのだろうか。いや、でも人間も魔族ももはや理由なんか関係なく戦争してるからなんともならないだろうな。


「はぁ……くだらな」

『はっはっはっはっは! そう言うな。ここから出してくれたらイイことしてやるぞ? ん?』

「いやぁ……邪神さんとイイことはしたくないですねぇ」

『誰が邪神じゃ。不敬じゃぞ』

「なぁにが不敬じゃ、だよ。そもそも結界から出られもしない癖に」

『お主は本当に……人間らしいと思ったり思わなかったりする輩じゃのう』


 俺は純愛派なだけですー。美女だからってこんなよくわからない奴とイイことなんてしたくないんですー。というか、端から端まで俺は人間らしいでしょ。


『妾の身体を見て欲に溺れず、妾の魔法を無効化しながらも、戦争の真実などどうでもいいと言う。お主は何故ここにやってきた?』

「いや、興味本位で入っただけですけど」

『ふっ……つまらぬ男よな』

「今すぐ封印解除してぶっ殺すぞ」


 腹立つなこいつ。封印されてるのも納得できるうざさだよ。


『それにしても、客人は無事だと思うか?』

「は? ただの迷宮じゃないの?」

『……お主、あの迷宮を経由せずに来たわけではあるまい?』

「いや、俺は鍵付きの扉もその迷宮とやらも知らね」

『はぁ……』


 やっぱり、こいつ殺そう。普通にムカついたは、今のため息。


『いいか? 妾を封印した魔王はこう考えた訳だ。この者を野放しておけないし、この先この者の封印を破壊する者が現れたら大変だ、とな。だから、ここには辿り着けないように迷宮とは名ばかりの侵入者を殺すためだけの道を作った』

「へー……大丈夫でしょ」

『無理じゃと言っておろう。封印されてから1000年間、全く侵入者がいなかった訳ではない。ただ、全員が道中で死んでおるだけじゃ』

「え、メイドさんが死んだら俺は自分で仕事しないといけないってこと?」

『……それでいいわ』

「じゃあ助けなきゃ」


 俺は仕事したくないからサボる為の場所を探していたのであって、そもそも俺の代わりに仕事をしてくれるメイドさんが死ぬのは良くない。まぁ、代わりに仕事をしてくれているのは骨は気がしなくもないけど、どうだろう。

 自称慈愛の女神様との話を切り上げて、迷宮とやらの壁に触れる。


「しょうがない、助けるか」


 俺のを使えば、すり抜けるぐらいなら簡単にできる。


『その力があれば、妾の封印も簡単に破壊できる癖に』

「じゃあな。次に会った時に同じ感じだったら、多分殺すと思うから」

『物騒過ぎるじゃろ。短気は損気じゃぞ?』

「クッソ腹立つ」


 もういいや。この邪神様は放置して、さっさとメイドさんを助けに行こう。

 触れていた壁からするりと迷宮をすり抜けていく。これでメイドさんがいる階層までさっさと進もう。時間を無駄にしている間に死なれたら、俺の仕事をしてくれる人がいなくなる。

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