メイドの苦悩

「ロイド陛下っ! 何処に行ったのですか!?」


 メイド長のはずの私が、何故こんなことをしているのでしょうか。

 事の発端は、いつも魔王様が寝ていたりサボっていたりする部屋に、姿が見えなかったことでした。気分屋の魔王様のことだから、何処かに出掛けてでもいるのだろうと思って、放置していました。

 そもそも、私は魔王城の管理をしているメイドたちの長ではあるけど、魔王様の仕事を管理する立場ではない。グリューナル様がなにも言わないから、私が代わりに言っているのだがロイド陛下は私のことを名前で呼んだことすらない。

 放置していた私が悪いのか、魔王様の姿が見えなくなって3日が経ち、グリューナル様が不意に「どこへ行ったんだろうね? 私も姿を見ていないよ」と言うので捜索する羽目に。


 気分屋とは言え、魔王であることを自覚しているのでこうやって城からいなくなるようなことは今までなかったので、私も焦っている。もしかしたら、この間の魔族との決闘が嫌になっているのかもしれない。人間はああいう決闘をそんなに行わないと、聞いたことがある。

 もし仮に、決闘で嫌になって魔王様が出て行ったのだとしたら、仕組んだグリューナル様が全て悪いことになるだろう。そうに違いない。


「メイド長、城の区画全ての捜索が終わりましたけど……」

「見つからないんですね?」

「……はい」

「なら、間違いなく城の外ですね」


 こうなってしまうと、探す方法はまるで思いつかない。

 魔族は種族が持つ特性いがいにも、個人で特殊能力を持つ者が生まれることがある。特殊能力を持つ者は貴重で、大体がその種族の長になっている。メイドの長である私も、勿論持っている。


「少し遅いかもしれませんが、魔力の痕跡を追ってみます」


 私の特殊能力は、魔力の痕跡を目で見ることができるもの。戦闘に役立つものではないけど、斥候や人物の探索などに役立つ優れもの……と自分では思っている。魔族は力が全ての社会だから、戦闘系じゃない私の特殊能力は外れ扱いだろうけども。


「魔王様がいなくなったのは3日以上前なんですよ? 見つかるんですか?」

「ん……魔王様の魔力痕跡は独特ですから、残ってればすぐに見つかると思います」

「頼むよ、アリス殿」

「黙っていてくださいグリューナル様」


 最近、どうも私はグリューナル様にきつく当たってしまう。原因ははっきりしているんですけども。

 しばらく城内で魔力の痕跡を探してみたけど、一向に見つからない。と言うか、意図体に魔力の痕跡を消されているような感じがする。そんなことができる者がいるなんて聞いたこともないけど、あの破天荒な魔王様だからできてもおかしくない。


「無理ですね」

「そうかい……私が思うに、魔王様は地下にいるんじゃないかな?」

「…………最初から知っているなら教えていただけませんか?」

「知っていた訳じゃないよ。ただ、これだけメイドたちが総出で探して見つからないなら、入れない場所にいるんじゃないかと思っただけさ」


 確かに、魔王城の全てを捜索したとは言った。だけど、メイドの立場では立ち入ることができない場所は幾つかある。その殆どがメイド長としての権限で私が踏み入ったが、唯一入っていないのが先代よりも更に前の時代から誰も踏み入ることが許されていないとされている魔王城の地下。


「一応、宰相らしきものを任されている私なら地下の鍵を持っているよ」

「地下の、鍵? グリューナル様が鍵を持っていると言うのなら、魔王様も入れないのでは?」

「今更あの方に、そんな常識が通用すると思うかい?」


 いや、全く通用すると思えない。となると、グリューナル様の言う通りロイド陛下は地下にいるかもしれない。


「そもそも、魔王城の地下には何があるというのですか?」

「あぁ……それは、私も知らない。入ったこともないんだ。と言うより、鍵を開けただけじゃ入れないようになっている、と言うべきかな」


 鍵を開けただけでは入れない。ならば、グリューナル様が入ったことがないというのも頷ける。


「なら私も入れないのでは?」

「それは行ってみないとわからない。あの迷宮を抜けられるかどうかは、君次第だ」

「迷宮? やっぱり知ってるんじゃないです」

「そこまでしか知らないさ」


 怪しい。

 魔王様をはめるような策略を見せられてから、グリューナル様に対する私の信頼は地に堕ちた。グリューナル様がなにを言おうが、私には信じられないようになってしまった。

 グリューナル様の言うことは全く信じられない。しかし、魔王様の手がかりはもうそこにしかないとしたら、私はそこに行くしかない。


 私には、一般的な魔族のような戦闘能力はない。メイド長を名乗っているのだから、それ相応の戦闘には自信はあるが、一族の長を務めるような実力者たちと比べたら弱すぎるだろう。非力を装っているワイトのグリューナル様も、魔法を極めたと言われる存在で、私などは瞬きをする暇もなく殺されてしまうかもしれない。


「……この扉の向こうから、ロイド陛下の魔力痕跡を感じる」

「き、気を付けてくださいね? メイド長」

「私がいない間のことは貴方に任せます。やれますね、ミレイユ」

「は、はい!」


 魔王城のことは私が一番信頼している部下であるミレイユに任せ、地下へと続く扉の鍵を開ける。少し錆びているのか、力を込めないと開かない扉を抉じ開けて、ランタンを片手に階段を降りる。

 しばらく階段を降りていると、途轍もなく広くなにもない空間が現れた。明かりもなく暗いこともあって、端まで見通すことができないが、まずは真っすぐに歩いてみよう。


「なっ!?」


 一歩を踏み出した瞬間に、壁がせり上がって来て瞬く間に迷宮を構築していく。どうすることもできずに、迷宮が生み出されていくのをボーっと見ていたら、しばらくして壁の動きが止まった。


「……恨みますよ」


 これがグリューナル様の言っていた迷宮だろう。

 仕事中にこんな迷宮を探索する羽目になった恨みは、ロイド陛下とグリューナル様に向けておこう。

 遥か昔から立ち入ることすら許されていなかったこの地下空間に、何故これほどの迷宮が必要だったのか、魔王様はなにか知っているのだろうか。それとも、あの人はただ気分でここに足を踏み入れたのだろうか。


 メイド長の仕事ではないような気もするが、ロイド陛下を魔王にしてしまった責任もある。ここは私がしっかりと踏破して、魔王様を連れて帰ろう。

 迷宮内にかすかに残っている魔王様の魔力痕跡を求めて、私は歩き出した。

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