勇者の受難
「はっ!? アイリスまでなにを言いだすんだ!?」
「申し訳ないとは、思っています。どうしても国に戻り、確かめなければならないことができたんです」
「そ、それは俺と一緒じゃできないのか!?」
「申し訳ありません。勇者候補であるアレンさんには、魔族と戦う使命があります。今回の私の用事は、長く時間のかかるものです」
なにがどうなってるんだ。
勇者候補である俺があの男を追放してから、全てが上手くいかなくなっている気がする。俺に従うレンドンは何も言わないし、俺が悪いとも言わないが……ミエリナもアイリスもパーティーから抜けるなんて言い始めた。
俺こそが、真の勇者なのに!
俺はアレン・ケーブルとしてこの世界に生まれる前の記憶がある。それは、異世界転生と言う奴だ。神様に会った訳じゃないが、俺はこの世界に転生して女神から勇者候補としての印も授かっている。
勇者候補が複数いることは気に入らないが、転生者である俺が真の勇者なのだろう。他の連中は絶対に偽物だ。俺こそがこの世界の主人公であり、この世界の救世主なんだ。なのに……なのに、ヒロインのはずの女がパーティーから抜けていった!
「くそっ!」
俺はこの世界に生まれて、平民の出なのに優秀な魔力を持っているということで王国の学園に特別入学を果たした。その頃には勇者候補の印も持っていたし、俺は真に選ばれた人間なのだと理解していた。
学園の中で、俺はミエリナ・ルシフェルと出会った。誰もが振り返るようなあの美貌に、学園で最高の魔力を持つと言われていた彼女は、絶対に自分のヒロインだと確信した。その通りに、ミエリナは俺が学園を卒業した後についてくることを約束してくれたんだ。俺は、この世界の主人公なんだ。
前世では俺の素晴らしさがわからない奴らに気持ち悪いと言われ続け、不登校になって碌に高校も行かずにニートになっていたが、俺はこの世界にやって来て生まれ変わったんだ。選ばれた人間として、実力を認められたんだ。
なのに、あの男が現れた。
『あー……勇者候補様がパーティー募集してるって言うから、推薦してもらったロイドです』
あの男は、俺の腰巾着だった。いつだって俺の指示通りに動き、俺のお陰で成果を出して金を貰って生きていた。貧民街の出身だと聞いて、やはり選ばれなかった人間は所詮その程度なんだと思ったけど、肉壁としては優秀だった。ミエリナやアイリスの代わりに攻撃を受けていることも何回もあったしな。
けど、ある時からミエリナは俺じゃなくてあのムカつく貧民野郎と絡みだした。何が琴線に触れたのか知らないが、すぐに終わると思ったのに、ミエリナは段々と俺との会話よりあの男を優先し始めた。俺は……それが許せなかった。
『レンドン……ロイドを、殺す方法を教えろ』
『……アレン様の望むままに』
国から与えられた従者であるレンドンは、俺の言うことをしっかりと聞いてくれた。国も、俺のことを信頼してくれている証拠だろう。
レンドンは俺の命令通り、ロイドを消す方法を教えてくれた。それは、ロイドを魔族の領地のど真ん中へと転移させる魔法具。それによって、ロイドは魔族の領地へと転移させて殺した。大した実力もないあんな男が魔族共の前に飛ばされて生きてるわけがない。
『死ぬわけないじゃないですか』
なのにっ!
ミエリナはあいつが死んだことを受け入れずに追いかけて行ってしまった!
しかも、ミエリナは俺のことを今までずっと利用していただけだと言いやがった。あのクソ女は絶対に許さない!
だけど、これもまた勇者である俺に与えられた試練なのかもしれない。信頼していたあの女は、俺のことを利用して捨てた。けど、そこから真のヒロインが現れて俺は救われ、あの女は最後には苦しみながら俺に助けを乞い、そして死ぬんだ!
俺はそういう小説を前世で何度も見たから間違いない。だって俺は選ばれた人間なんだから。あの女は、俺のことを前世でいじめてきた奴らと一緒だ。全員が地獄に落ちるんだ。そうして、最終的に俺は国の王様にでもなって、ハーレムを築いて幸せな生活を送るんだ。
「……レンドン、アイリスもあの男のせいなのか?」
「それはわかりません。ですが、アレン様の良さがわからない女など、捨て置きましょう」
「そうだよな……そうだ! あの馬鹿女共は俺の価値に気が付かなかった奴らだ! 話の途中で苦しい目にあって後悔しながら死ぬ役割なんだ!」
レンドンは俺のことを肯定してくれている。間違いない……だって俺は女神に選ばれた勇者候補、いや俺は真の勇者なんだから。あの女共が間違っていて、俺が正しいんだ。
「クズ共は放っておいて、俺は新しいパーティー仲間を探すか」
「それがよろしいかと。勇者候補であるアレン様ならば、幾らでも仲間が見つかることでしょう」
「そうだ。俺は勇者なんだから……絶対に仲間は見つかる。早く俺のヒロインを見つけないと……もしかしたら、国の危機が訪れてそれを俺が助けて、国王が感謝して姫の婿なんてこともありえる」
「アレン様ならば」
そうだ。あんな狂った魔女と狂信者なんかはヒロインの器じゃなかったんだ。公爵令嬢とか、国の姫様なんかが真の勇者である俺のヒロインに相応しい!
そうとわかれば、まずは国の危機が訪れるのを待とう。そうすれば自ずと俺の活躍の場面がやってくる。俺は主人公なんだから、破天荒な運命が待ち受けているに違いない。パーティー仲間に裏切られた俺は、きっと真の仲間に出会ってあの女共に「ざまぁ」をするんだ。
「くふ、ふふふふふ……俺はこの世界の主人公。俺はこの世界の救世主」
もしかしたら、勇者として魔族と人間の戦争を止めることが俺の役割かもしれない。魔王が超絶美少女で、もしかしたらヒロイン入りするかもしれない。女神が俺のことを好いていて、最終的にヒロインになるかもしれない。なんでもありえるだろう。だって俺は、そこら辺の勇者候補を名乗っている偽物なんかとは違う、選ばれた存在なんだから。
俺は前世でもあんな目にあってきたんだから、絶対に救われるんだ。俺は、選ばれた人間……俺は選ばれた人間なんだ。
そうでなければ、俺が虐げられてきた人生は意味がなかったことになる。俺は。選ばれた人間のはずなんだ。絶対に、俺は幸せな未来が待ち受けているはずなんだ。座して待っていれば、俺は転生チートが覚醒して、最強になってモテモテになって金持ちになって、今まで俺のことを馬鹿にしてきた人間を見返せるはずなんだ!
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