魔女の憂鬱
「……死んだ? ロイドさんが?」
「あぁ……俺を庇って、あいつは……くっ!」
目の前の男が言っていることが、ものすごく遠く聞こえる。
私は、目の前の勇者候補である「アレン・ケーブル」の言うことは、嘘であると確信していた。それはそれとして、このパーティーからロイドさんが抜けたということだけはわかった。そして、それがアレンとその従者である「レンドン・アークス」が起こしたことであり、背後でずっと青褪めた顔をしている神官「アイリス・ラファエル」は関与していない。
「なぁ、ミエリナ……辛いかもしれないけど、前に進まないと」
学園時代からの顔馴染みだからとは言え、この男に名前を気安く呼ばれると腹が立つ。
「……私、ロイドさんを探しに行きます」
「だから、あいつは死んだんだ!」
「死ぬわけないじゃないですか」
あの人は、貧民が出身だと自分では言っていたが、恐らくは貴族の血が混ざっているのだと思う。でなければ、あの異常な魔力は生まれない筈だ。人類から「真理の探求者」の称号を授かった稀代の魔法使いである「ミエリナ・ルシフェル」が言うのだから間違いない。自分で言うのも恥ずかしいけど、この称号はなにかと便利なので使わせてもらっている。
「なんで……そんなにあいつが気になるのか?」
「えぇ。魔法によって真理を探求する者として、あの人を手放す訳にはいきませんから」
本当はそれ以外にも、少しだけ私情が混じってはいるけど。
ともかく、あの人が死ぬ訳がない。貧民出身であるからと、見下してあの人のことを知ろうともしなかったアレンは知らないかもしれないけど、あの人はその気になれば受ける魔法の全てを無力化できる。そんな人間が死ぬ訳がない。
「くそっ! あの男は死んだ! いい加減に目を覚ませ!」
「もう貴方から聞くことはなにもないわ。私は「真理の探求者」であって、勇者候補様の御守は仕事じゃないの」
「なにっ!?」
この男は、恐らくだが私に気がある。自意識過剰みたいで嫌なんだけども、学園時代からずっと私の隣にやってきて、自分が如何に素晴らしい人間なのかを何度も説いていたから。色恋には詳しくないから断言はできないけど、多分そうなんだろう。だけど、私は別にこの男に興味はない。
そもそも、私は真理の探究者として女神を主とするあの宗教の裏側も知ってしまった。実に下らない話でしかなかったけど、ありふれた腐った話だった。それに踊らされるこの男も、哀れでしかないな。
「私はあの人を探しに行きます。これは確定事項です……今まで、勇者候補というものに興味があったから、御し易そうな貴方の仲間をしていましたが、今日でお別れですね」
「御し、易そう?」
「そうです。もしかして、私が貴方になにか期待していると思ったんですか?」
「そ、れは……」
「私が「真理の探求者」以外にもなんと呼ばれているのか知らない訳じゃないでしょう?」
「ぐっ……魔女め!」
「その通り」
私は何処までいっても探求者であり、探求する為ならなんでも犠牲にすることができる魔女。それを知りながら連れて歩いていた方が悪い。
「それでは」
アレンの傍で忠犬のように付き従っているレンドンから睨まれているけど、そんなものは関係ない。だって、正面から私と戦って勝てるかどうかの判断を間違うような男じゃないから。
このパーティーから抜けることが決まったなら、さっさと荷造りをしてロイドさんを探さないと。あの人は気分屋みたいなところがあるから、急いで追いかけないと本当に存在を見失ってしまうかもしれない。
「あの……ミエリナさん」
「ん? なにか用かしら、アイリス」
泊まっていた宿の部屋で荷造りをしていたら、後ろから突然声をかけられて少しびっくりしてしまった。
さっきから青褪めた顔をしている女神に仕える神官アイリスは、私にとってもよくわからない人。真理を探究する者として、この子も研究対象にしたいくらいには不思議な力を持っている。だけど、今はロイドさんが優先。
「その……ミエリナさんはロイドさん好きだから、追いかけるのですか?」
「……は?」
私が?
ロイドさんのことを?
好き?
え、待って。それっと私がロイドさんを追いかける理由は、アレンが私に執着する理由と同じってこと?
「…………そう、かもしれない」
よくよく考えてみると、彼の秘密を探る為に必要な行為以上のことを、ロイドさんに求めていた気がする。もしかして私は、無自覚なまま初恋をしていたの?
なんだかアイリスは呆れたような顔をしているけど、私のこの感情は本当に恋なのだろうか。ならその感情も研究してみたいな。
「ロイドさんが何処にいるのか、私はわかります」
「本当っ!? 教えてちょうだい! あの人は放っておくとすぐにふらふらと何処かに行くから、探すのは大変だろうなと思ってたのよ!」
「……相当好きですね」
「い、今はその話はいいから!」
私のこの感情が恋なのか、それとも研究対象に逃げられた焦りなのかは会ってから決めればいい。今はとにかく、追いかけないと。
「女神様のお告げを聞きました。アレンさんが……濡れ衣を着せて、追放したことに関して」
「あぁ……やっぱり濡れ衣着せて追い出したのね。器の小さい男」
でも、最初はロイドさんが優秀過ぎて嫉妬しているのだと思ったけど、あの様子だとロイドさんの力も知らないらしいから、なんで追放したんだろうか。追放したところで戦力が下がるデメリットしかないと思うけど。
「アレンさんも、自業自得とはいえ少しかわいそうです……こんなに興味を持たれてないなんて」
「当たり前じゃない。勇者候補であること以外に、これと言った特徴のない男よ? 主体性も無ければ自分の意思も碌に無い。勇者候補だからと女に持て囃されるとすぐに散財する」
「あ、あはは……確かに」
うん。やはりアイリスは話のわかる子だ。
「アイリス、貴方も一緒に来ない?」
「……できません」
「どうして?」
アイリスも結局すぐにこのパーティーを抜けることになると思うけど、なにか理由があるのかしら?
「アレンさんに追放されたロイドさんは……次代の魔王になると、お告げがされました」
「魔王? あの魔族の王様の?」
「……はい」
あぁ……それは確かにアイリスが付いてこれない訳ね。だって、女神に仕える神官であるアイリスにとって、魔王は不俱戴天の敵。どんな理由があろうとも許していい存在じゃない。
「情報ありがとう。なら魔族領に行けば会えるのね?」
「恐らくは……気を付けてくださいね? 知り合いが死ぬのは……目覚めが悪いですから」
アイリスは本当にいい子だ。
彼女の後ろにいる女神を信仰する宗教が無ければ、もっと仲良くしてもよかったんだけどな。
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