魔王の存在
決着は一瞬でした。
「……え?」
思考が停止したような疑問の声は、誰の口から漏れたものなのか、それは誰にもわかりません。ただ、一つだけはっきりとわかるのは、いつも怠惰で仕事を全くなにもしていなかったロイド陛下は、やはり魔王の称号を持つに相応しい方だったということだけです。
「アリス殿、言ったはずだよ。あの方ならなんの問題もないと」
「貴方は……まさか、知っていたのですか?」
「なにを? ロイド陛下の力を? それとも、彼が本当に前魔王である「不死の魔王」を殺したことを、かい?」
やはり、私はこの方が苦手だ。この人は、本当に全てを掌の上に乗せているのかもしれないと、錯覚してしまう。
「それにしても、良かったね。これでロイド陛下に楯突くものはいなくなり、魔族領も平定されることだろう。だって、誰もあの魔王様には勝てないんだから」
「……やはり、知っていたのですね。ロイド陛下が、この決闘を断れないことも、ロイド陛下が持っている力も、なにもかも知りながら、仕組んだのですね」
宰相グリューナル。やはりこの男は、危険だ。
魔族の不満感情を利用して、魔王様の力を公の前で晒した。恐らくだが、魔王様の性格まで読み切っての策略だったのだろう。だからこそグリューナルは、魔王様に対して不満をぶつけさせる相手を、魔族の中でも多くの種族から信頼され、誰よりも誇りを尊重するナーガ族の長であるガルーナ様にやらせた。
「勘違いしているみたいだね。私は確かに、全てを計算してガルーナ・ウォラクに魔王様と戦うように仕向けたけど……魔王様の力を全て把握している訳じゃない」
「あのように、一瞬で終わることなど想定してしなかったと?」
「いや? あの魔力で敵を消し飛ばす力は想定済みだよ。けど、ロイド陛下の力はそれだけじゃない。魔力を押し付けるだけで、不死の魔王を殺せると思うかい?」
グリューナルの言っていることは、理解できる。
恐らく、ロイド陛下は意図してかは知らないが、自分の力を隠している。その理由を詳しくは知らないが、ナーガ族の長であるガルーナ様を蹂躙した力を超える能力を、持っているはずなのだ。
「言ったはずだよ。私はロイド陛下の味方、だと……多少、強引で杜撰な計画であったことは認めるけれど……これも全て現魔王派の為さ」
「……どの口で言うんですか?」
「この口さ。私は、君のように甘い性格じゃないんだ」
思わず、唇を噛んでしまった。
私では、魔王軍の頭脳である宰相グリューナルに勝つこと、天地がひっくり返っても不可能だ。それはわかっているはずなのに、魔王様が望まれないことを強要されたことが、悔しくてたまらない。
冷徹な声で、ただ合理的な言葉だけを喋るこの骸が、今は憎くてしょうがない。
「さて、これでロイド陛下も魔族に認められたことだ。これからのことを考えないと、ね」
「そうだな。お前には色々と言いたいことができた」
何も気負った様子もないような声で私に告げるグリューナルの声が止まった。同時に、周囲の魔族たちも全身から冷や汗を流していたことだろう。私と、同じ様に。
「骨……二度目はないぞ」
「……一度の過ちを許してくださった寛大な心に感謝いたします」
いつの間にか私たちの傍まで移動していた魔王様は、普段の気の抜けた感じが消え去り、ただ逆らったら殺されるかもしれないという圧力だけを振りまいていた。この決闘が始まる前だったら、周囲にいる魔族全員が襲い掛かってもおかしくはなかったが、今は指一本も動かすことができない。当たり前だろう……前動作もなにもなく、地形を変えるような攻撃を繰り出すような魔王に、逆らえるはずがない。
どうやら、ロイド陛下はグリューナルが仕掛けたことを全て知りながら、ナーガ族との決闘に応じたようだった。ならば、私には考えることなどない。魔王様がグリューナル様を生かす決断をしたのならば異論を挟む余地など存在しないのだから。
「全く……とんだ目に合わされた。さっさと帰って寝よう」
「……魔王様、ガルーナ様は?」
「死んでないでしょ。あの程度なら」
「で、ですが」
「はぁ……それを確かめることも、俺じゃないとできないのか?」
「も、申し訳ありません」
ナーガ族の一人が、自らの族長を心配しておずおずと口に出した言葉に、魔王様は疲れたようなため息で返した。先ほど、あれだけの力を見せつけられた相手から、凄まれてしまえば、誰だって謝ることしかできない。少しだけ、気の毒に思いながらも、私の感知ではガルーナ様が生きていることがしっかりと捉えられていた。
バタバタと慌ただしく動き始めた魔族のことなど全く気にもせず、ロイド陛下はすたすたと歩いて行ってしまった。あの方にとって、グリューナル様もガルーナ様も、そしてメイド長である私でさえ、必要のない存在なのかもしれない。
あの方を魔王にしたのは、私だ。
メイド長として、誰よりも早く先代の魔王様が亡くなられたのを感知し、玉座に残っていた魔力の痕跡を辿ってロイド様の元へと単独で赴いた。まぁ、グリューナル様はどうやってかその戦いを見ていたらしいので、私が最初ではないのですが。
私が魔力の痕跡を辿った先で見つけたロイド様は、草花に囲まれて眠っていた。一瞬、死んでいるのかとも思ったが、近づく私にすぐに気が付き、ロイド様は起き上がってこう言った。
『魔族が何の用だ? 魔王の仇でも取りに来たのか?』
この方が魔王様を殺した人間だと、すぐにわかった。なにせ、その頃は魔王様が殺されたことを知っている魔族はごく小数で、戦争中だった人間が知る訳がないのだから。
『お迎えに上がりました。新たなる魔王陛下』
『は?』
『魔王の座は魔王を弑逆した者に与えられるもの。魔王の座は最強の称号。魔王を弑逆した貴方以外に、魔王の座が務まる者はおりません』
『頭おかしいのか?』
今思えば、結構酷いことを言われていた気がする。それでも、戦争が続く中で魔王が謎の死を遂げ、次代の魔王が生まれなければ魔族はすぐにでも蹂躙されてしまう。魔族は、魔王の名の下でなければ団結できないのだから。
だから、私はロイド様に魔王になってもらいたかった。不死の魔王を殺した、最強の存在に。
『……待てよ? 魔王になったら好き放題できるのか』
『…………可能でしょう』
この時は、所詮は人間であり、下衆な欲望でも吐き出すのだろうと思っていた。自分から魔王にしたいと言いながら、自分が人間を差別していたのだからとんだ馬鹿だ。けど、魔王様は違った。
『わかった。魔王になればいいんだろ? もう何もする気はなかったけど……それくらいならしてやる。王様ならなにもせずに生きられそうだしな』
『は?』
今でも、私にはロイド陛下の考えなどわからない。
ただ、今回のことで一つだけはっきりとしたこと。それは、彼が本当に不死の魔王を殺した存在であり、誰が襲い掛かったところでロイド陛下には勝てない、ということだ。
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