魔王の証明

「はぁ……どうしてこうなったんだよ……」


 何故か、俺は荒廃した広い大地に連れてこられていた。

 魔族領のどっかなんだろうけど、俺は何に巻き込まれているのか大体はわかっているつもり。なにせ、目の前にはやる気満々で、こちらを睨んでいる蛇女がいるから。


 端的に言えば、多分骨にはめられた。やっぱり骨は悪い奴。


 魔族領って言うと、一面は赤色の空で紫色に荒廃した大地には枯れ木が立ち並んでる、みたいなイメージだと思うんだけど、普通に真っ青の快晴。今ここで寝転んでみたら、多分気持ちよく眠れるだろうな……下、硬い砂岩だけど。


「決闘から何度も逃げ続ける弱い魔王なんていらない、皆もそうだろうっ!」

「そうだそうだ!」

「弱い人間が魔王なんて認めるかよ!」

「殺せ! 殺せぇ!」


 やっぱり魔族は血気盛んで野蛮だなぁ。こればかりは、胡散臭い王国の言っていることも合ってるかもしれない。だって、決闘だからみんな抑えてるだけで、今すぐに自分の手で八つ裂きにしてやりたいっていう気迫が伝わってくるもん。嫌だなぁ、本当に。俺はもう表立って戦わないことを、決めたばっかりなのになぁ。


「我はナーガ族の長、ガルーナ・ウォラク! 貴公が魔王であることを、我々魔族は認めていない」

「人間だから?」

「そうだ。貴公が真に魔王であると言うのならば、その力を示せ! サキュバスとウェアウルフの決闘から逃走し、ナーガからの決闘からも逃走しようとした弱者よ!」

「……脳筋かよ、めんど」


 勇者候補様の御守もしてたし、それでも裏切られたせいでもうやる気もなにもかも失くしちゃった俺に、今更魔王としての力を示せと言ったってねぇ。


「そもそも、俺は魔王になりたくてなった訳じゃない。メイドさんに乞われたからやってるだけで……そうだ。なりたいなら譲ろうか?」

「貴公は……どこまで我ら魔族を愚弄するっ!?」

「えぇ……」


 蛇女さんの怒りが伝播したのか、周囲の魔族たちも一斉に殺気立った。さっきまではお祭りの延長で殺せとか言ってたのに、ガチで殺そうとしてるよ、皆。


「んー……あ、骨」


 観客席みたいな場所に座ってる骨を発見。優雅に座りながら足を組んでいる姿を見るに、やっぱり骨が全部仕組んだことらしい。骨の横にいるメイドさんも顔を青くしながら猛抗議してるっぽいけど、聞く耳持たないって感じ。まぁ、骨だから耳はないんだろうけどね。はっはっはっは。


「骨は後で給料カットだな」


 前は社長じゃないから給料には関係できないとか言ったけど、王様なんだからなんでもできるじゃん。あの骨、絶対に許さないからな。まぁ、魔族は貨幣で動かないんですけどね、人間さん。


「貴公は魔族を愚弄した。魔族にとって、力こそが全て……そして、その頂点に君臨するのが魔王なのだ。貴公が、その椅子をいとも簡単に明け渡そうとした行為そのものが、魔族を侮辱することだ」

「へー、そうなんだ」


 普通に知らなかった。教えてもらって感謝しよう。


「どうもありがとう。魔族の文化は良く知らないんだ。ごめんね?」

「……貴公には、プライドがないのか?」


 おや、今度は怒りじゃなくて困惑しているみたい。他の魔族たちももっと嘲笑したりするもんだと思ったけど、なんというか引いているような。もしかして、実力主義の魔族は頭下げちゃ駄目とかあったりするのかな。


「えーっと……」

「いや、よい。貴公に魔族の流儀を説いても無駄なことはわかった……ならば、もう残された道は一つしかないだろう」

「戦うの?」

「人間である貴公にはわからないだろう。だが、我ら魔族にとってはこれこそが全てだ」


 なんか、この蛇女さんは絶対に優しい人だと思う。俺の侮辱する行為に怒ってはいたし、魔王が弱腰なことに不満を持っているようだったけど、それは魔族全体を考えてのことみたいだ。きっと、彼女は良い人だ。俺が骨やメイドさんに普段使っているような「都合の」いい人ではなく、本当にこちらのことを気遣ってくれる。

 彼女の言葉は、きっと魔族全体が持つ不満の代表なんだろう。なら、仮にも魔王を名乗っている俺が無反応な訳にはいかない、か。


「わかった。俺も覚悟を決めるよ」

「ほぅ?」

「人間にも人間なりの美学と意地がある。向けられた真摯な感情には、向き合わないと人でなしになっちゃうからね」


 実を言うと、俺は自分を含めて人間のことがあまり好きじゃない。魔族のように真っ直ぐにぶつかってくる奴を馬鹿と呼び、嘘で言葉を覆い隠して相手を思うがままにしようとする。生き残る知恵として身に着けたはずのその口を、自らの富と名誉の為だけに使う。だからなんとなく、魔族が向けてくれる剥き出しの感情は、清々しい。

 人でなしになるつもりはない。人間は嫌いだけど、俺はあの勇者候補様のようなクズに成りたいわけじゃない。


「やっと決闘を受ける気になったようだな。ならば貴公の力、存分に我ら魔族へと見せつけるがいい!」


 骨と蛇女が仕組んだことは、単純に俺が魔族たちに魔王に認められるためなんだろう。俺は力を示すことで魔王として認められ、骨はそれを支える宰相として傍にいる。蛇女も、魔族たちのガス抜きすることができて、自らの種族への体面も守れる。なんともできた話じゃないか。だからこそ、ちょっとムカつく。俺が骨の掌の上で転がされているのが、ムカつく。

 骨は恐らく、蛇女に魔王様のために負けろと言ってあるだろう。そして、蛇女はそんなことを言われたから手を抜くような性格には見えない。だが、真面目そうな彼女はきっと、寸での所で骨の話と魔王であると俺のことを考えて無意識に手が緩むはずだ。


「覚悟してもらおう。ここで私が勝ち、貴公が死ねば次の魔王は私だ!」

「……叩き潰すか」

「いくぞっ! はぁっ!」


 なら、俺は初手で全てを決めよう。

 片手に盾を持ちながら、もう片方の手に持っている槍を掲げて獲物である俺に突進する。蛇の下半身を持つ蛇女の機動力は低いかと思ったけども、想像以上の速さだ。けど、初手で終わらせると決めているので、関係のない話だ。


「悪いな、死なない程度の加減ってのはよくわからないから……死にたくなかったら避けてくれよ」

「なっ!?」


 普段から身体の内側で暴れ狂うように燻っている魔力を少しだけ開放して、相手に向かって叩きつける。俺の戦闘方法は、これだけだ。

 まぁ、これくらいの魔力量なら地形が少し変わる程度で済むはずだ。こんな荒野なら地図を書き換える必要は、ないだろう。

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