魔王の一日

 人間と魔族の戦争が始まってから大体1000年ぐらい経ってるらしい。俺としてはクソほどに興味もないんだけども、そうも言っていられない立場にいるから面倒くさい。望んでなった訳じゃないけど。


「魔王様、いつまでも寝ていないで仕事をしてください」


 黒髪巨乳で高身長に、白いメイド服を着た角あり羽ありのオタクが大好きな属性モリモリで、種族悪魔のメイドさんが俺に仕事をするように促してくるが、基本的に適当な返事をしておけばいい。


 メイドさんに魔王様と呼ばれはいるが、俺自身はちゃんとした人間だ。ただ、なんか魔族の色々と面倒な決まり事とかのせいで、いつの間にか魔王とか言われて、魔族に崇められている。いや、明らかに俺の存在が不満ですみたいな奴も多いけどな。


「失礼します、魔王様」

「おー骨」

「魔王様、骨ではなくグリューナル様です。いい加減に名前を呼んであげてください」

「アリス殿、自分は気にしていないよ」


 部屋に入ってきたのは白骨で青白い光が目の空洞部分に浮かび上がっている骨。魔王軍の軍師とかなんとからしいけど、戦争に興味もない俺はただただ骨に戦争を一任しているので、よく知らない。最近は戦線も停滞していて、人間と魔族の衝突も少ないらしいけども。


「魔王様」

「んー」

「はぁ……」

「はっはっはっは。相変わらず、愉快そうだね魔王様は」

「笑い事ではありません、グリューナル様」

「いや、魔王様が自ら動かないと言うのは、良いことなのかもしれないね?」

「そうだそうだ」


 骨もたまにはいいこと言うな。流石、軍師を名乗りながら争いを好まない半端者は違う。知らない間に、勝手に魔王にされた状況でも、たまに仕事をしている俺くらいにいい奴だ。


「アリス殿、少し後でいいかな?」

「……もしかして、またですか?」

「そのまた、だよ」


 一応は俺の部下と言うことになる2人がこそこそと何かを喋っているが、俺には興味がないな。

 日常なんてものは、ひらすらに寝て過ごせればそれで幸せだ。不本意ながら魔王なんて言う立場についてはいるが、まともに仕事をする気なんてない。

 あぁ……平和っていいな。




 平和って本当にいいな、とかそんなことを考えているのであろう魔王様を横目に、私はただ呆れたようなため息を吐くことしかできない。

 魔王軍……魔族たちが一纏まりになって人間と戦う軍隊では、最近になって度々反乱の噂が聞こえてくる。理由は、新しい魔王様が人間なこと。今、私の目の前で堂々と転がって怠惰な生活を過ごしている魔王様は、数週間前に先代の魔王を弑逆した人間その人なのだ。


「グリューナル様、次は?」

「ナーガの一族が、魔王が人間など認められないと……ナーガの一族は先代魔王派閥だからね。それに、ナーガは人間との戦争でかなりの被害を受けている……どちらにせよ、今の情勢で人間である現魔王派には属さないことは必然だよ」


 軍師グリューナル様と共に、先代の魔王様が存命だった時からこの魔王城で同じ主に仕えてきたメイド長である私、アリスからすると、反乱事態に意味を見出せずにいる。

 確かに、先代の魔王様は偉大な方だった。蛇の一族の血縁が異常な遺伝をした影響だと本人は言っていたが、彼は完全なる不死性を手にしていた。切っても、刺しても、焼いても、細切れにしても、窒息させても、死ぬことがない。そんな先代の魔王である「不死の魔王」を単独で簡単に弑逆してしまった現魔王であるロイド様に、私は忠誠を誓っている。たとえそれが、人間であろうとも。


「魔王様が人間であることには問題がない。むしろ、文句を言う方がおかしいのさ」

「はい。歴代の魔王の中には、人間であった者も何名かいると」

「そうなんだ。けどね、今の魔王様……ロイド陛下が魔族から支持されていないのは、その実力を一度も公の前で示していないからなんだよ」


 幼い子供に言い聞かせるようなグリューナル様の言葉に、私は納得してしまった。魔族は良くも悪くも実力主義。魔王とは魔族を統べる者であるのならば、魔族の誰よりも強くなければならないとされている。故に、先代の魔王を殺すことこそが次代の魔王へと移行する唯一の方法と言える。歴史が語る真実として、魔王は一度も寿命で死んだり、平穏に隠居したことがない。全ての魔王が、魔族か人間に殺されている。誰かを殺して誰かに殺される魔王と言うのは、まさしく力こそが全ての魔族の王と言えるでしょう。


「このままでは、すぐにでもロイド陛下を害そうとするものが現れるだろうね」

「なんとか、なりませんか?」

「こればかりは……暗殺ならまだしも、正面から決闘を挑まれては魔族はそれを邪魔できない」

「ですが、魔王様は人間です」

「一緒だよ。人間だろうとも、魔王なんだ」


 グリューナル様のことだ。私などでは到底考えが追い付かない程の計算の元に、今回のナーガたちの反乱は止められないと判断したのでしょう。もしかしたら、グリューナル様だってロイド陛下のことを……嫌っているのかもしれない。


「……ロイド陛下は、素晴らしいお方だよ。それは私もよく知っているさ」


 こんなメイドの考えなど、グリューナル様にはお見通しだったようです。

 流石、平和主義者の半端者と呼ばれながら、内政を一手に引き受けて魔族を意のままに操る口があると言われる、魔族最強の宰相は違う。私のような矮小なメイドの思考など、手に取るようにわかるのでしょう。


「因みに、私もロイド陛下が何を考えているのかはわからない……あの人は、本当に面白い人だよ」


 失礼だが、私はグリューナル様のその発言に鳥肌が立ってしまった。先代の魔王様の時代から、私はメイド長として、グリューナル様は軍師兼宰相として魔王様の近くにいました。しかし、グリューナル様の瞳はいつだって空虚でしたが、今のグリューナル様の瞳からは怪しい熱が漂っている。触れれば……死んでしまいそうなほどの不気味な熱が。


「怖がらなくていいよ。私は、あくまでロイド陛下の味方だからね」


 やはり……私はグリューナル様が苦手だ。何を考えているのか、私のような凡庸な頭を持つ者では到底理解できない。しかし、私はグリューナル様への不信感をロイド陛下に伝えるつもりは全く無い。何故ならば、その陛下から「骨には好きにさせろ」と言われているのですから。もしかしたら、あの御方はグリューナル様の内面を知りながらも、側に置いているのかもしれない。




 骨は良い奴だ。

 どこら辺が良い奴かって言うと、1を言えば100で返してくるその頭の良さだ。しかも、その頭の良さを私欲じゃなくて俺のために使ってくれる。なんていい奴なんだ。まぁ、当然だけど一度信じた人間に裏切られたので、信頼している訳じゃない。だってあいつ、骨だから表情で何考えているかわかる、みたいなのもないし。


「魔王様」

「ん?」


 噂をすれば、骨が俺の近くまで来て頭を垂れた。この骨がこういう態度を取る時は、大抵面倒ごとが起こっている時だと、俺はこの数週間の経験で理解している。けど、この骨は頭が良いから俺が絶対に逃げられないタイミング、逃げられないシチュエーションでそれを報告してきやがる。やっぱこいつ、良い奴じゃない気がしてきた。消し飛ばしていいかな。


「ナーガの一族が、決闘を申し込んできております」

「断っといて」

「どのように? 魔族の決闘は断った者が臆病者と誹りを受けるものでございます……何卒、魔王様の力をお示しください」

「嫌だ。俺はもう寝る」


 なんで蛇と戦わなきゃいけないんだよ。この間は犬と話し合った結果、決闘を申し込まれて断ったじゃんか。


「本当に、よろしいのですね?」

「いいよ別に。臆病者なのは本当だし」


 俺、死にたくないから臆病者なのは間違ってないよね。


「……わかりました。そのように」


 露骨に残念そうな顔するな。実はお前が仕組んでないか?

 俺はもう戦いたくないの。まぁ、こんなこと言ったって、実力主義で弱肉強食の魔族には一生理解されないかもしれないけども。

 ちなみに、骨は基本的には良い奴だと思うよ? さっきも言ったけど、頭がいいから小賢しいことをしたがる傾向にはあるみたいだけども、基本的には俺の不利益になることをするタイプじゃない。けど、周囲の魔族が崇めるように、常に魔族の利益を考えている奴じゃないと思う。最大限まで魔族の利益を追求して、最終的に自分が面白いと思った方に意見が傾く快楽主義者。これが俺の骨に対する最終評価です。


 ま、骨って呼んだだけで怒っちゃうメイドさんは単純な頭してると思う。


「魔王様、このままでは魔族はバラバラになってしまいます。どうか……どうか力をお示しください」

「アリス殿、魔王様に対して不敬だよ?」

「っ!? は、はい……申し訳、ありません……」


 見てればわかるけど、この骨は普通にとんでもない骨だと思う。メイドさんはこの城のメイドの中で一番偉い人でしょ? そんなメイドさんが、威圧されただけで平謝りしちゃうぐらいなんだから。もしかして、俺なんて反逆されたら勝てないかもしれない。


「ねぇ、寝ていい?」

「構いません」

「ぐ、グリューナル様」

「魔王様の手を煩わせるような仕事なんてありませんので」


 おぉ! やっぱり骨、良い奴。俺が会社の社長だったら給料爆上り。王様であっても社長じゃないけど。


 それにしても悪魔、犬、蛇女が決闘だとなんだの申し込んできた訳か。俺、魔王になってまだ数週間なのに、魔族は血気盛んだなぁ。真面目に仕事したって、上の気分で給料も上がらないし、成果も認められないのに、よくもそんなに張り切って仕事ができるもんだ。まぁ、領地経営なんてしたことない貧民出身の俺にはわからん話なのかもしれんが。

 でも、勇者候補様の手伝いしてても大した金が貰えてなかったんだから、みんなそんなもんでしょ。


 因みに、勇者候補って言うのはこの世界を統治する女神様に認められた特別な人間で、女神様に逆らって醜い姿に変えられた魔族たちを倒す責務を持つ、凄い人のこと。

 どこまでが女神様を信仰する宗教のプロパガンダか知らないけど、多分殆ど全てだろうな。

 勇者候補様は魔族領の国、つまり俺が今、仮で統治しているここの隣国に位置する王国からしか排出されない。不思議だねぇ……勇者候補様ガチャでもあるのかな?

 まぁ、どんな理由があったか知らないけども1000年も戦争を続けるなんて、馬鹿らしい話だよね。昔はもっとド派手に戦争してたらしいけど、今じゃ勇者候補様と魔王の部下ぐらいしか戦ってない。まぁ、1000年も戦争やってたら人間も慣れますよね。今となっては、戦争をすること自体が目的になって、誰も最初の目的なんて知りもしない。互いに互いの種族を迫害して、隣国なのに関係最悪。あほくさい話だと思うよ。


「魔族差別も、人間差別もくだらないよねぇ」

「……それは、相当根深い話ですので」

「あ、メイドさんまだいたんだ」

「い、います! 独り言だったんですか!?」


 陰キャは独り言が多いの。

 にしても、このメイドさんも懲りないよなぁ。俺が仕事まともにしたことなんてないのに、よくもここまで俺を魔王に推せるよな。俺だったら絶対に逃げてるね。こんなこと言ったら、自覚があるなら仕事をしろって言われるかもしれないけど、俺はもう仕事しないって決めたのさー。

 貧民街で人を襲わないと生きていけなかった人間が、ただ寝て偉そうに椅子に座ってるだけで生きていけるんだから、いいよねぇ。格差ってのはなくならないのがよくわかるよ。たとえ生まれが貧民でも、金持った瞬間にそんな過去忘れ去っちゃうからね。


「魔王様、貴方を魔王にしたのは私です。魔王様が魔王になりたくないとわかっていながら、強制的に魔王にしたも同然です。そんな私を、恨んでいますか?」

「なに、急に?」


 いきなりメンヘラちゃんみたいなこと言わないでよ。


「寝て過ごすだけで生きていける生活だから、魔王にしてくれて感謝?」

「…………真面目に聞いてください」

「真面目も真面目だよ。ゴミ漁って食うもん拾ったり、偉そうな人にペコペコ頭下げて生きるよりは、よっぽどマシでしょ? むしろ、魔王になった方が人間的な生活送ってる気がするよ」


 皮肉だねぇ。魔王になったら、絶対に人間扱いされないと思うけど、この方が人間らしい生活、なんてさ。

 あ、メイドさんにため息吐かれた。でも、俺が間違ったこと言ってるつもりはないよ。必要に迫られれば、戦うかもしれないけど……寝てるだけで問題が解決するうちは、ずっと寝てるつもりだからね。


 怠惰な生活って、最高だなぁ。

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