魔王様は怠惰に過ごしたい

斎藤 正

魔王の誕生

「お前みたいな使えない奴はいらないんだよ」


 そう言う彼の顔には俺を嘲笑するような表情はなく、ただ自分が一番求めていたものを持っている人間への、嫉妬と憎悪が溢れていた。目は口程に物を言う、なんてことわざもあるが、彼の場合は目だけではなく顔全体から感情が伝わってくる。


「俺が、なにかしたのか?」

「なにかした? 何もしてないの間違いだろ?」


 何もしていないとは恐れ入った。そうだとしたら俺にはなにも言うことがない。何もしていないのに、俺は理不尽にも既に脱出不可能になった魔法陣の中に閉じ込められているのか。

 いや、多分突破しようと思えばできるけど。


「俺たちが必死に戦っている間、お前は1人で逃げ出したじゃないか!」

「それは、お前があっちの敵を頼むって言ったんだろ?」

「そんなことは知らない。俺はそんなことを言ってない……大体、あっちには敵がいないことなんてわかり切っていただろう!」


 だからこそじゃないか。

 いつの間にか敵に回り込まれていたかもしれないと言って、俺を1人で偵察に行かせたのは、敵がいないと皆が思い込んでいたからじゃないか。なのに、俺はそれが理由で糾弾されているのか。

 まぁ、なんとなく事情は呑み込めてきた。簡単に言うと、俺はこの目の前の勇者候補様によって、見事に嵌められた訳だ。


「人類のことを思う気持ちがあるのなら、少しでも魔族を倒してくれよ」

「…………君たちも、同じ意見なのか?」


 勇者候補様の横に立っている2人は俺と同じく勇者候補様の仲間だ。勇者候補様の従者である大男は毅然とした態度のまま黙ってこちらを睨みつけ、もう片方の神官のような服を着た女性は顔を真っ青にしていた。彼女は、どうやらこの追放騒動に加担していないらしい。


「パーティー仲間が、1人足りないみたいだけど?」

「ふざけるなっ! お前みたいな奴が彼女に合わせる顔なんてないっ!」


 あぁ……お前、あの子のこと好きだったもんな。自分がこんなことをしているなんて、知られたくないんだろうな。つまり、彼は自分が人道に反したことをしているということは理解しているということでいいんだろうか。


「人間の敵は、所詮人間か」

「なにが言いたい?」

「こんなことばかりしているから、人間は魔族との戦争をずっとやめられないのかもしれないな」

「黙れ。お前に人類を語る資格はない」


 お前はどこから資格を貰ったんだろうな。女神から授かったとかいう、勇者の証か?

 別に俺は、人間がどうなろうが知ったことではないと思っているのは確かさ。魔族と戦っているのだって、身寄りのない俺が唯一生き残っていける方法だったからってだけだ。さしてこの世界に執着もなければ、大切な人だって1人も思いつかない。

 それでも、俺だってこれまで人類の為に戦い続けてきたじゃないか。


「じゃあな。お前は死んだと、彼女には言っておくよ」


 そう言って勇者候補様は、手に持っていた魔道具をこっちに向けてきやがった。


「恨むなよ」

「恨む? 今更、そんな気持ちもないよ……ただ、少し失望した」

「ふん」


 勇者候補と聞いて、博愛主義なんだろうなと思った俺が、馬鹿だったのかもしれない。




 こうやって人に裏切られると、今までの人生で起きた色々なことを考えてしまう。

 たとえば、俺はいつだって周りの人に馴染めなかったりとか。別に、人から弾かれて生きているような奇抜な性格はしていないしつもりだ。少し薄情だとか、我が身可愛さに他人を見殺しにするぐらいに人でなしだとは自覚しているけど、それだけでは人から敬遠されたりしないと思う。だって、日常生活ではそれを表に出してないんだから。

 たとえば、俺は魔法というものを理解するのがとんでもなく遅かったりとか。普通の人が数歳で感覚を掴むはずの魔力を、俺は何時まで経っても理解できなかった。それで無能者呼ばわりされた時期もあったけど、今となっては人並み以上に魔法は使えると自負している。

 たとえば……俺は異世界から転生してきた人間だ、とか。どうやって死んだのかとか、どうやって転生してきたのかなんてのは全く覚えていない。というか、前世の自分がどんな人間だったのかも全く覚えていない。ただただ、漠然と機械が発達した文明で、よくわからない企業に勤めていたような感覚があるだけだ。もしかしたら、ただの勘違いかもしれない。けど、異世界転生なんて知識まで持っていると、やはり自分もそうなのではないかと思ってしまう訳だ。


 俺がこの世界に「ロイド」として生まれて約二十年も経つ。

 物心が付いた時には、俺は貧民街でゴミを漁り、たまに裕福そうな人間を襲って食い繋いで生きているガキだった。

 ある日から突然前世の知識というか、人間的な感性を手に入れた俺は、戸籍も保護者もなにもない状態で金が稼げる方法を探さなければと街を走り回った。

 まぁ、結果的に数年後にはその成果として、こうやって勇者候補様に裏切られた訳だが。いや、きっと彼からすると裏切ったのは俺なんだろうな。ああいった人間は自分の責任をひたすら他人へと擦り付けるから。


「ん……何処だよ」


 魔法陣から放たれていた光が収まると、全く知らない場所に飛んでいた。

 いや、マジで何処だよ。なんか勇者候補様が魔王の近くとか言ってた気がするけど。


「ほう……人間が堂々と、私の前に飛んで来るとはな」


 暗い部屋だなと思いながら周囲を見てたら、紫色の炎が揺らめく松明に囲まれた人が、偉そうな椅子に座って笑ってた。周囲に並んでいる鎧の騎士たちは殺気立った気配を見せているし、もしかしなくても俺は他人の住居に飛ばされたのでは?


「どうやってここに来た」

「えー……仲間に、飛ばされて」

「ほう! つまり、お前は捨て駒として使われたのか? ハハハハハッ! 実に人間らしい、愚かさだな」

「あ、俺もそう思います」


 この方がどんな人がご存じないけど、この部屋の雰囲気と周囲の騎士甲冑の多さから多分貴族だろう。とりあえず適当に頷いておいたけど、貴族の家に無断で侵入なんて普通に処刑ものだよな。


「我は、魔王」

「へ?」


 おい。おいおいおい。

 ちゃんと成功してんじゃねぇよ。なんでこういう時だけやることが全部成功してんだよ。いつだって勇者候補様の思い付きは失敗してきたのに、なんでこういう時だけ成功するんだよ。

 いや、よくよく考えると俺を含めて勇者候補様以外の4人で成功しているように見せていたな。つまり、あいつが自信過剰になったのは俺たちにも責任があるってことなのだろうか。

 いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。だって、目の前で自称だけど魔王様が魔力を滾らせてこっちを殺そうとしているからな!


「はぁっ!」

「うわぉっ!?」

「ほう、中々動ける……捨て駒にしては良い道化になりそうだな」


 くそったれめ。人が必死に避けたら道化扱いとか物凄くムカついてきた。普通に考えて、なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ。確かに、確かに俺は人間としてはあまりいい奴には分類されないかもしれないが、因果応報にしてはやったことに対して返ってくるものがきつすぎやしないか?

 なんか、魔王様が撃った魔法の軌道に沿って、床が抉れてるし、多分目の前の自称魔王様は本物なんだろう。だってオーラがバリバリに出てるもん。完全に「我、ラスボスです」って感じ。食用牛に出荷予定日が書かれていて「あ、こいつ出荷されるんだ」ってわかるのと同じぐらい見ただけで全てを理解できるもん。


「さぁ、なるべく長く踊って私を楽しませてみろ!」

「うっ!? おっ!? あぁっ!? なんでこんなことにっ!?」

「いいぞいいぞ! もっと私を楽しませてみろ!」

「くそっ!」


 次々と撃ってくる魔力弾らしきものに、こちらに当てようとする気迫は感じない。感じないけども、当たったら死ぬかもしれないと思うと、ものすごく必死に避けたくなる。

 当たり前だけど、魔王様は全く本気を出していないようだ。威力は当たれば死にそうかもしれないけど、弾速は遅いし大きさもそこまででもない。極めつけに、一発鼻ってから俺が避け終えるまで、ご丁寧に魔王様は待ってくれている。


「思ったよりも楽しめそうだ。どれ、もう少し本気を出してやるぞ」

「なんで、こんな目にっ!?」


 俺の声なんて無視して、魔王様は意気揚々と魔力弾を大量に展開していた。さっきから放っていた魔力弾を、数十発と用意して、同時に放とうとしている。ウキウキとした顔でこちらを観察している魔王様に、段々と腹が立ってきた。

 こうなったら残る選択肢は2つしかない。魔王様が俺を殺して平穏な日常に戻るか、俺が魔王様をぶっ殺して魔族を混乱に陥れるか。当然、俺は殺されてやるつもりはない。


「後悔すんなよ魔王様!」

「むっ!?」


 俺が一気に魔力を解放したことで、魔王様の目が見開かれたが、そんなことはもうお構いなしだ。俺は生き残るために、自らの平穏の為に戦うと決めた。今更、魔王様と語る言葉なんて持ち合わせていない!




 なんて、頑張ってる時期が俺にもありました。今となっては、一日中部屋でだらだら寝てるか、適当に読書してるかしかしてません。魔族と人間の戦争も落ち着き始めたし、このまま死ぬまでダラダラしてても、誰もなにも言わないんじゃないかな。

 結局、人間側も魔族側も度重なる戦闘で住める場所がどんどんと狭くなり、勝手に首を絞め合って共倒れみたいなものだな。実にあほらしいと思ったけど、人間だけじゃなくて魔族までそうなってるんだから、ある程度の知性を獲得した生物が行き着く先なのかもしれない。


「夢も希望もねぇなぁ……神様も残酷だよ」


 魔王は死んだし、人間側である王国に残っていた勇者候補たちも多数が死んで、本物の勇者とやらはついぞ現れずだったようだ。まぁ、女神から授かった紋章がーとか言ってたけど、それの真偽だって定かじゃないのにな。人はなにかに縋らないと生きていけないぐらいには弱い生物だけど、縋るものはもっと慎重に選ぶべきだと思う。

 魔族側も魔族側で、魔王1人に依存して纏まっていた種族間が割れて、人間との戦いから身を引く種族が多く出てきたらしい。魔族も人間も対して変わらねぇなぁ。


「……仕事をしてください」


 部屋の中でだらだら寝てたら、いつの間にか部屋に人がいた。青っぽい羽が生えた黒髪超絶美女であるうちのメイドさんだ。毎日毎日、俺に仕事をしろと言ってくる口うるさい所もあるけど、スタイルと顔と声だけでお釣りが来るぐらいには美女なのでノーカン。さっき誰もなにも言わないってのは一瞬で嘘になったけどな。

 因みに、彼女は俺が雇った訳じゃない。正確に言うと、俺のメイドではなくこの城のメイド長さんである。


「いつまでも寝ていては困ります、

「ぐぇ……」


 そう。別に隠していた訳じゃないけど、先代の魔王が死んだ結果、何故か俺ことロイドは生粋の人間なのに魔王にされてしまったのだ。いや、魔王殺したのは俺なんだけども。

 勇者候補様に魔法陣で飛ばされた先で出会った、あの偉そうな魔王様と戦って俺は彼を殺してしまったのだ。周囲にいた騎士たちも皆殺しにしてしまった俺は、慌てて魔王城から逃げて野宿してたら、あれよあれよと魔王にされてた。訳わからん。


 まぁ、だから……魔王の死によって魔族が分裂して大変なことになってるって言ったけど、全部俺のせいって訳。因みに、魔王が死んだ後も中々魔族領が平定しないのも、俺があんまり仕事してないからだったりする。

 転生した人間の知識がある程度あるからって言っても、貧民街出身の若僧の俺がいきなり国の王なんて無理でしょ、普通に考えて。でも、このメイド長さん含め、何人かの魔族のお偉いさんが俺のことを支持しているからやめるにやめられないのが現状。というか、魔王は死ぬまでやめられないのが魔族の常識らしい。ひぇぇ。とんだブラック強制終身雇用じゃん。


「魔王様……ロイド陛下、貴方には魔族を導いて頂きたいのです。それができるのは、先代の魔王を討った、貴方だけであると」

「俺はそうは思わないけどなぁ……俺はもうなんにも頑張りたくないし」


 現在の俺が最も譲れない部分だ。

 勇者候補様を助ける為に頑張っても、手酷く裏切られる経験をしてきた。一度裏切られたぐらいで何をと思うけども、たかが20年前後しか生きていない若者が、裏切られたらそうもなると思う。自分で言うのもなんだけどね。


「俺は……ただ寝て過ごして、そのまま怠惰に死んでいきたいだけなんだよー」

「はぁ……」


 メイドさんには大きなため息を吐かれてしまったけども、この生き方を変えるつもりはない。

 俺は……怠惰に生きる!

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