第12話 

 カトレアが菜々緒のパーティーに戻った。


 その次に、菜々緒と真飛流、カトレアが『ダイニング』の都市で、勇者オンリーパーティーとして、働かされる。



 そして、夜弥美はこの街に残ってから2ヶ月程経った。





 3ヶ月程前の八臣との会話は、『本当に何も無かった』と思う夜弥美。


 所々、掴みどころが判らず、戸惑う事はあった。


 価値観、認識のズレは語っては語りきれない。



 それに、割と領主と言うのは命を狙われていたりと、この街に来たのも相当警戒して来たと言う。


 後継人と言う名の、代理人と言うポジションでも、従って、あまりフラフラは本当は難しいらしい……。



 最後、別れ際の事は覚えていない。


 気が付いたら夜の公園のベンチに座っていた。


 酒を片手に、商店街で2軒程、食べ歩きをした記憶まで。



 もののついでに羽根を伸ばしに来たとも言う八臣。


 かなり久し振り且つ、短く時間だったが、『楽しかった』と言った笑顔が印象的であった。


 菜々緒ともどこか似ている顔で……。





『あ、菜々緒ちゃん。記憶操作系の“スキル”封印してるのは驚いた』





 会話の記憶を辿る。


 菜々緒の家の血筋は皆んな記憶操作術が使えるらしい。


 大きな情報収集にもなった。


 それ以外は、家の愚痴とかなり際どい猥談だったが……。



 八臣との会話の中で気になっているのが、



『今、君は勇者になるべきじゃない。しばらくは汚職にまみれた世界になるから、それが“掃除”されてから、目指しなー』



 と言う言葉もある。



 どの道、夜弥美が試験資格を得られるのは時間が掛かる。


 なので、


『ゆっくりすれば良いよ〜。---真飛流ちゃんはドギマギするだろうけどね』


 と、のほほんと言うが、


『菜々緒ちゃん、ああ見えて本気の相手にはすごく奥手。それなのにどうでも良い男によく言い寄られてたから、少し拗らせてるかもねー?ま、良かったら菜々緒ちゃんを選んで欲しいな。真飛流ちゃんと一緒に」


 と、ケラケラ笑いながら言われた夜弥美。


 どうコメントして良いか判らず、何か言ったと思うが、何を言ったかは忘れた。


『一夫多妻は甲斐性だよ?』


 そんな事も言われた気がしたが、断ったとは思う。



 いかんせん、記憶が曖昧なのである。


 恐らく、と言うか、要所要所で消されている。








 勇者になる為のスタートラインには未だ立ったばかりである。



 夜弥美はそう思っている。



 未だ茨の道である。


 元はと言えば、パーティーリーダーが『妊娠した』とホラ吹きをした時から……。



 一時期は揺らいだ時もあった。


 むしろ、諦めた事もあった。



 しかし、再び目指す事になりつつ、大分遠回りになってしまったが、再スタートを切れる所までは回復したと、夜弥美は思っている。






「頑張らないとな」


 そう呟きながら、スーパーでレジ打ちをする夜弥美であった。









 事の発端は、ギルドの受付嬢が言った内容である。


「卯月さん、ちょっと色んな所から名指しで依頼が来ているのですが……」


 菜々緒達が『ダイニング』の都市へ行った1ヶ月後の事。


 およそ、今から2ヶ月前。



 一時期、冒険者稼業を辞めて、アルバイトやパートを転々としていた結果。



「済まない、ウチにヘルプで来てくれ」


「手伝い要員が欲しいんだ」


「人手不足で困ってるんだ」


「今日1日だけでも」


「急に休まれちゃって、大変なんだ」



 等々、一般的な企業や商店、飲食店から声がほぼ毎日掛かるのである。


(冒険者パーティーからは声が掛からないのにね)



 名指しなので、競合しない様にギルド側が配慮してくれていたが、ほぼ毎日、そうした依頼が来るのである。



 菜々緒、真飛流、カトレアは週末に帰って来る。


 その時はギルド側は何故か都合良く、夜弥美へ冒険者向けのクエストを夜弥美に用意するのであったが。









 そうして過ごしていた、そんなある日の事。



 スーパーの店先に、


「ハロハロー、夜弥美ちゃん?」


 八臣が来た。



 夜弥美は「いらっしゃいませ」と事務的に言う。


 八臣は、


「もう、連れないなぁ〜」


 と頬を膨らます。



 夜弥美は、


「えっと、もう少ししたら上がるので、しばらく待ってて下さい」


 と言いながら、八臣の買い物の会計をする。


「---大丈夫なのですか?フラフラとしてて?」


 夜弥美は『領主故に、時には命を狙われる』と言う話を思い出す。



 八臣は頷く。


「まーね。身重になったし、警戒はしてるよー」


「身重……ですか」


「うん。そ。---妊娠しちゃったー」


「それは、おめでとうございます」


「ありがとう。---君との子供だよ」



 固まる夜弥美。



「嘘嘘。冗談。真飛流ちゃんに本気で殺されるからねー。君にそんなよ〜」



 八臣の言葉に、少し何かに引っ掛かる夜弥美。


 しかし、『嘘』と『冗談』と言っているので、それは無いだろう。





 もし、妊娠の可能性があると言えば、真飛流との間では可能性は高い。



 丁度、その辺りでかなり久し振りにセックスをした夜弥美と真飛流。


 相当、燃える様な内容であったが、真飛流のデレ具合が凄かったので、


(やっぱり、真飛流を娶るしかない?)


 と、言う位には甘えて来て、


『むー、ヤダー。ダイニングに行きたくないー!』


 と、いい歳をして、駄々を捏ねる始末だった。



 カトレアの説得により、何とかなったが……。









 夜弥美は定時で上がってから、待ち合わせ場所の八臣と合流する。


 しかも、


「うっす、ヤミ君」


 菜々緒付きで。



 真飛流とカトレアの姿は無い。



「とりあえず、殴って良いか?」



 二番開口と言うべきか。


 菜々緒は笑顔だが、目は笑っていない。



 夜弥美は焦る。


「い、いきなり何を⁉︎」


「んだよ!判ってんだろ?」


「……いえ、全然」



 菜々緒は八臣を見る。


「え、未だ言ってないの?」


 そう聞かれたら八臣は、


「うん。わたしが妊娠した話はしたよ」


「……ちょっと待て!親父?!---に、妊娠したのか……?」


 側から聞いたら凄い文言であるが、飽くまでも『父親役』なので、性別は間違ってはいない……。



 八臣は言う。


「あれ?言ってなかった?」


「お、おう。---ってか、誰の子供だよ⁉︎彼氏居たっけか?」


「……秘密」


「そ、そっかー……」


 これ以上は何も聞かない方が良いかと、思ったのか、菜々緒は曖昧に相槌を打つ。


 八臣はあっけらかんと続けて言う。


「ま、勇者補助金制度で婚外子で幾ら孕まされても大丈夫よ」


 これに夜弥美は反応する。


「え⁉︎八臣さん、勇者なのですか⁉︎」


 菜々緒は「え、そっちに反応する?」と突っ込むが、


「そーよ。うちは代々勇者家系だからねー」


 これに夜弥美は「ほえー」と驚く。



「あ、ついでに丁度良い機会だから、うちの家訓教えてあげる。---家訓その1、勇者になるべし。家訓その2、その遺伝子を伝えるべく、30歳迄に結婚して子供を設けよ。家訓その3、家訓その1、又はその2へ極端に抵抗をするならば、勘当とする。尚、家訓を果たせば、家へ戻れるとする。家訓その4、30歳を過ぎて結婚が出来なければ婚活をせよ。家訓その5、円満な家庭を築きましょう。---ま、そんな感じ」


 流石に直ぐには覚えられない夜弥美だが、何となく判った。


 菜々緒の現状は。



 しかし、八臣の事に関してはよく判らない。


 年齢すら。



「んで、親父よ。うちの家訓言ったは良いけどよ。何か関係あんのか?」


「なんとなく」


「……そうか」


「あと、妊娠したのは嘘」


 うふふ、と笑いながら言う、八臣。


「おい!」


 菜々緒は直ぐ様ツッコム。


「冗談よ」


 八臣は夜弥美を見る。


「---夜弥美ちゃんは知ってたから、そっちは驚かなかったのよね〜」



 次にビシッと八臣は菜々緒に指を挿す。



「それより、本題って何⁉︎」



「親父も知らんのかい!」


「うん」


「ったく……。---何の為に来たんだ?」


「さあ?わたしが何となく真飛流ちゃんに、夜弥美ちゃんに会う話をしたら、『アタシも行くわ』って聞いてたのに、あんたか来ただけなんだけど?」


「……ちょっと待て、親父。---一体どう言う事だ?」


 2人はアレやコレやと会話をしているが、夜弥美は間に入れない。



(そろそろ帰りたい。……いや、ギルドへの報告が先か)



 そう思いながら夜弥美はしれっと移動をしようとするが、



「---待ちなさい、夜弥美ちゃん。お話しはこれからよ?」



 ……ですよねー。



 夜弥美は八臣に捕まってしまったのであった……。










 2人の間に認識の齟齬があった様子である。



 現在、3人は以前会った喫茶店を貸し切って話をしている。



 先ずは夜弥美の家の事について、八臣は本当は色々聞きたい事が幾つかあった話。


 それを聞き出そうと八臣は、予め真飛流に『会いたいけど、一緒に行きましょう』と、お伺いを立てたが、来たのが菜々緒だった事。



 菜々緒は真飛流から『八臣さん、ヤミちゃんが興味持っちゃったみたいよ?』と伝言ゲーム化。


 真飛流が体調不良で動けないのも相まって、代わりに菜々緒が来たと言う。



 菜々緒は、


「んだよ、全然話が違うじゃねぇか……」


 と、半分位はお怒りモードである。



 八臣は、


「んー、夜弥美ちゃんからアタックされるなら受け入れるけど、どうしよ?」


 と、何故か菜々緒に言う。


「いや、待て。何が悲しくて親父とヤミ君を取り合うハメになるんだよ」


「その前にハメハメはしてみたい気はするよ。真飛流ちゃんを虜にする、武器が気になるのよー?」


「……親父、そう言う話題本当に好きだな」


「そう?人並みよ。性欲は強いかもしれないけど」


「そうかー」


 菜々緒は面倒臭そうに言う。



 夜弥美は、


「それはまた別の話として、八臣さんが僕に尋ねたい事って何ですか?」


 と、八臣に尋ねる。


「あら、エッチな話題を流されちゃった、残念。---そうね、それよ。いやさー、卯月って苗字。別に珍しい訳じゃないんだけど、君の事を調べたら凄く困ってねぇ〜」



 八臣は懐から、紙を出す。


「これ。行方不明届け」


 夜弥美はそれを見る。



 そこには両親の名前と、


「夜風と真夜もですか」


 菜々緒はそれを聞いて、


「あれ、兄弟?」


「義理の姉妹です」


「義理?」


「はい、僕の実の母は病死したので、継母の連れ子ですね」


「あ、そうだったのか」


 少し複雑だと察した菜々緒はそう短く言った。



 夜弥美は八臣に尋ねる。


「行方不明届けが出ていると言う事は……」



 八臣は頷く。


「訪問者が居た」



 夜弥美も頷く。


「……多分、師匠ですね。僕の」


「……やはり、か」


 八臣は写真を出す。



 そこには夜弥美見覚えのある顔。


「---ハジメおじさん、だね?夜弥美ちゃんもよく知っている」


 そう言う八臣。



 夜弥美は頷く。


「そうですが……ご存知なのですか?ハジメおじさん」


「ええ。うちの親戚よ」


「あ、そうだったのですか〜」


 驚く夜弥美。


「ええ。しかもよくよく調べてたら、貴女の母親の血筋がうちの『九条家』と繋がりがあってね」


 八臣はそう言いながら菜々緒を見る。



「わたし達、相当遠いけど親戚みたいなのよ〜」



 これに菜々緒が驚く。


「おい、マジか⁉︎」


 八臣は頷く。


「うん。---しかもね。菜々緒の兄の様に、女系家族の九条家の中でも数少ない直系の男。それが貴方。夜弥美ちゃん」


「ほえ〜」


 驚く夜弥美は間抜けな声を出す。



 八臣は『ハジメおじさん』の写真を仕舞う。


「と言う訳で、行方不明になったと思われる時期は不明。捜索願いは出てない……と言うか、夜弥美ちゃん断ってるし。んで、---今は元岡っ引きの血が騒ぐのか、ハジメおじさんが自分で勝手に探しているわ」


 菜々緒はそれを聞いて、


「え?捜索願、出さないのか?」


 夜弥美に尋ねる。


「うん。忘れた頃にどこか行く人達だから今更なんだよねぇ〜」



 これに八臣は、疑問をぶつける。


「でも、どこも目撃証言が無いのよ」


「あ、だと魔族領に行ってますね」


「……」


 これに真顔の八臣と菜々緒。



 夜弥美は頭に『?』と浮かべる。


「ああ、継母は魔族なんですよ。多分、転移魔法で実家に戻ってますね」



 これに八臣が反応する。


「……即日問題解決したのは良いけど、なんだか複雑な気分ねー」



 夜弥美は申し訳無さそうに言う。


「何だか済みません。お騒がせして……。ハジメおじさん、オカンの仏壇を拝みに来たみたいだったのですが、僕の余計な一言のせいですね……」


 菜々緒は「また何を言ったんだ?」と短く訊く。


「えっと『あるとしたら、隠し財産が狙われたら大変ですねぇ〜』って……」


 菜々緒は聞き返す。


「え、あるのか?そんなもん?」


「無いですよ。むしろ、オトンの本業、魚屋でやってる蒲焼きのツケダレ位ですね。隠してませんし」


 夜弥美の父親、夜貝が作った大雑把なタレである。


「---それを面白かしく言ってるだけです。常連さんが別名で『隠し財産』って」



 八臣は「ふーん」と言いつつ、夜弥美に尋ねる。


「家族と連絡は取れるの?」


「魔族領でのローミング設定して無いんで、固定電話も教えて貰ってないです」


「……これは一言、ハジメおじさんに一言、言うしかないわね」



 この話は割とあっけらかんと終わった。



 菜々緒は、


「事件性なくてよかったな」


 と、八臣に言う。


「そうね。夜弥美ちゃんが断ったて聞いた時は『割と非情な人間』かと思ったけどね」


「そうか?皆んなが皆んな、家族愛とかに溢れてなんかないぞ?」


「そう?」


「オレと真飛流が良い例」


「……自慢するんじゃないの」


 菜々緒の頭を軽く『ペシ』っと叩く八臣。



 夜弥美は苦笑いをする。


「あー、何となく解ります」



 八臣は溜息を吐く。


「はあ……。---ま、良いわ。このお話しは終わり」


 そう言いながら、ここで初めてコーヒーに口を付ける。


「---次はお願いなんだけども、別に大した事じゃ無いから、軽い気持ちで聞いてね」


「おいマジか」


 菜々緒が棒読みで言うが、八臣は無視して言う。


「---折角、九条家で数少ない男性子孫なのを知ったからには、有効活用したいわね」








 女系ばかりの九条家は婿入りで家が続いている。


 菜々緒の実の父親も婿入りの傀儡。


 菜々緒の母親が男漁りで見付けて、そのまま騙くらかしてゴールイン。


 勿論、元勇者である菜々緒の母親の方が気が強い。


 菜々緒の父親が植物人間になってしまう原因となった手術前も、


『絶対に帰ってこい』


 と、かなり強く言ったが、


『君の愛には敵わないな……。でもごめん。無理』


 と返す位には疲弊していたとか……。


 ちなみに、割と歳の差婚で、菜々緒の母親が29歳の時、菜々緒の父親は16歳だったと言う。



 夜弥美は、


「君の家は無茶苦茶だね。真飛流さんの家もそうだけど」




 九条家は男性慣れをしていないのも多いらしい。


 菜々緒の母親の様に男漁りで結婚した者も居れば、男に騙されて婿入りさせたパターンもあるが、そう言う場合は、親戚が男側へ『躾が必要だ』と相当なパワハラがあるらしい……。


 それに加え、男性子孫の菜々緒の兄も親戚に虐められたり、時にはセクハラもあったりと苦労をした過去がある。



 その菜々緒の兄も勇者になって、真飛流の姉と結婚している。


 しかも真飛流の家、八閣家に婿入りしたので、嫌がらせからも解放された。



 ちなみに、真飛流の姉も真飛流と性格がそっくりである。



「ああ、弱ってる兄に近付いて、真飛流の姉、白昼姉に喰われたんだよ。---どこか似てるなぁ〜。『仲間レベル0をなだめている内に、可愛くなって食べちゃった、てへ』とか、最近になって本心言いまくって、デレデレな奴に〜」


 菜々緒は皮肉を込めて言う。



 夜弥美は「ははは……」と苦笑いをする。



 八臣はそれを見つつ、


「ま、有効活用と言っても、未だ決めて無いんだけどね。取り急ぎ、真飛流ちゃんと夜弥美ちゃんから許可を貰おうと思って来たのです。---しかし、それが菜々緒ちゃんになったので、真飛流ちゃんとの協議は後日になりました」


 と、夜弥美と菜々緒に言う。



 夜弥美は頷く。


「僕は……構いませんが、変な事じゃ無い限り」



 八臣も頷く。


「うん。変な事して真飛流ちゃんに一族根絶やしにされちゃ困るからね〜」



 夜弥美は笑う。


「色々と伝説は聞いてますが、『そう言うのしたら僕は真飛流さんを嫌いになる』って言ってるんで、大丈夫です。……多分」


「それが夜弥美ちゃん凄いのよ〜。あの狂人の手綱を握ってコントロールしてるんだもん。相当お熱ね、真飛流ちゃん」


 菜々緒に向かって言う八臣。



 菜々緒はそっぽを向く。


「んだよ。これからだよ、これから」


「もう、『そんな結婚するまで処女を守る』とか、もうそう言う時代じゃなくなったのだから、ちょっと真飛流ちゃんに失礼して、夜弥美ちゃんつまみ食いすれば良いのに〜」


 これに夜弥美はそっぽを向く。


 菜々緒も目を瞑って、考えるフリをする。


「ま、考えとく」


 そう言って何故か誤魔化す菜々緒。



 これに八臣はとんでもない言葉を発する。





「そう。---じゃ、そのままずっと貴女は勘当されたままね。少しは人が変わった。夜弥美ちゃんを狙ってるのを婚活とみなして、勘当解除しようと思ったのに。---残念ね。もう二度と、九条家の敷居を跨がないでね」





 冷たく言う八臣。



 夜弥美は固まる。


 菜々緒は興味無さそうに鼻糞をほじり出す。



 これに八臣は、


「やっぱり全然響いてないし、菜々緒ちゃん」


 と、呆れる。



 菜々緒は出した鼻糞を食べる。


「ああ、どうせオカンがほざいたんだろ。オレの事、駒としか思ってないからな」


「ご名答」


「勘当の判断もどうせ元はオカンだろ?」


「回答は控えるね」



 また2人だけでやり取りが始まる。



 親戚身内に対する愚痴大会になる。


 八臣も八臣で苦労が絶えないと言う……。






 その最中、夜弥美は静かに2人の話を聞いていたら電話が掛かる。


「真飛流からか……。---もしもし?」


『もしもーし、愛しのヤミちゃん〜」


 甘えた声で言う真飛流。


「珍しいね、電話だなんて」



 電話が苦手なのか、真飛流は中々掛けて来ない。


 それに加えて、メッセージアプリを使っても、メールも殆どしないのである。



『そう?---ま、良いわ。菜々緒と八臣さんは?」


「今、目の前に居るよ」


『そ。---変な事してない?」


「してないよ。されてもない」


『あら、菜々緒ったら、猫被ってるのかしら?』


「……何を?」


『いいえ、こっちの話』


「そう……」


『ま、良いわ。---良いニュースと悪いニュースがあるけども、どっちが聞きたいい?』


「また、テンプレート的な常套句を……」


『そうよ』


「……じゃあ悪いニュースから」


『アタシ、この街で雇われ勇者をさせられそうだわ』


「おいマジか……」



 雇われ勇者。


 真飛流は現在、菜々緒名義の家に住民票がある且つ、その地域内のギルドを拠点に活動している、『固定地域勇者』である。


 別のギルドを活動拠点にするとなると、転属するパターン。


 ギルド同士で折り合いを付けて、呼ばれたギルドを一時的に活用拠点にするパターンとある。



 後者と、たまに居る『活動拠点を持たない流浪勇者がギルドから一時的な指名』を受けたら、どちらも『雇われ勇者』と言う俗称になる。


 正式な名前は無い。



 あっても『ギルド側から指名された』と言う程度の話であり、所謂『なぁなぁ』状態である……。

 





『現状、アンタがこっちに来れば良いだけの話だから、パーティゴッソリ長期出張ってところね」


「成程。---そうなれば僕もそっちへ行くよ」


『ん。判った』



 金銭面や住まいは十分、ギルドから出ると言う。





『---次に良いニュースはライウンとの婚約は正式に破棄となりました〜』


「あ、未だ燻ってたんだ……」


 例の菜々緒が襲撃した件以降、破棄になりそうな話はあったが、正式な決定に関する続報が無かったのである。


『そうよ。政治が動く案件だったからね』


「そっか。良かった」


 安堵する夜弥美。



『なーに?アタシとの結婚、ちゃんと考えててくれてたの?』


「そ、それは、まぁ、追々ね」


『ま、それに関してもう一つ。良いニュースがあるわよ』


「もう一つ?」


『ええ。アタシとカトレア、同時に妊娠しちゃいました〜。---勿論、アンタの子供よ〜』




 ……おうふ。



 真顔になる夜弥美。



『ちゃんと一緒に産むからね、ヤミちゃんの赤ちゃん。今から楽しみね〜』


 甘える様な声で言う真飛流。


『---あと菜々緒に言っておいて。猫被らず、ヤミちゃんの性欲処理ついでに、孕まされちゃえ、ってね』


「……僕がそんな事言うと思う?」


『宜しくね〜、パパ〜』


 一方的に電話を切られる夜弥美。



(さて、どうしたモノか……)



 実は夜弥美は真飛流とだけでなく、カトレアも混ざってセックスをしていたのであった……。


 カトレアに至っては、


『この日を狙ってピルを飲んでた』


 と言って、夜弥美は安心していたが、解釈が違った模様である。


 妊娠の可能性が高い日に夜弥美とセックスをする、と言う方である。


 真飛流に関しては偶然であった。






 菜々緒と八臣は、夜弥美が電話口で何を話していたか聞いて無かったので問う。



「んで、真飛流からなんて?」


 隠す必要は無いが、夜弥美はどう言おうか悩む。



「実は---」

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