第8話 

 月に1回ペースで一時帰宅として、菜々緒と真飛流は帰って来ると言う話だったが、大都市ならではの事情で、そうもいかないかもしれない。



 2人が『ダイニング』の都市へ行ってから1週間後位の事である。


 そうした連絡が菜々緒から来たので、話を纏めようとする夜弥美。





 大都会の割には、今まで勇者パーティーが1つだけだった。


 ナルシスト気質で、仕事をサボりがちなライウン。


 当然、滞る仕事。


 結果、ライウンの尻拭いをされる2人。





 従って、夜弥美はしばらく1人でクエストをしつつ、家の片付けや掃除、庭の手入れをする事になった。


 道具等は一式が倉庫にあり、買い足したり等の手間は無かった。



 そんな生活を半月程すれば、夜弥美に対して勝手な噂が回り始める。



『ダイニング』の都市から追い出されて、出戻りしたと言う話。


 郊外の家で使用人をしている。


 勇者を目指すのを辞めた。


 仲間レベルが0のまま。



 そんな噂を流している主な人間は、過去に夜弥美に対して嫌がらせ等を行った連中のみである。


 しかしそれは、夜弥美自身が蒔いた種のせいもでもある。


 敵が多い夜弥美にとって、この噂話しの一人歩きは、最近落ち着いていた精神状態から言えば、また負担になり始める。


 なので、クエストもあまり行けていない。





 それを見かねたタルトが、夜弥美に、


「2人で採取クエストへ行かないか?」


 と言う、誘いをする。



 夜弥美は誘いに乗り、早速、タルトと2人で山奥へ行くのだが……。





 現在、2人は冬眠を前に食糧補充をしている、ゴリラの様な熊の魔獣と対峙している。



 魔法除けの毛皮のせいで、タルトが弱点魔法の炎と水を放っても効き難い。


 夜弥美は刀で弱点部分、胸部、胸板を切り付けるが、分厚い毛皮で“居合い切り”の効果はイマイチ。


 しかし、夜弥美には作戦があるので、タルトと一緒に胸部へ蓄積ダメージを与える。



 傍から見れば、割と絶体絶命のピンチ。


 冒険者の中でも、討伐の最中、命を落とす危険性がかなり高い相手だと有名である。



 段々魔力が尽きてきたタルトは、魔獣からの殴り攻撃を受けてし、空中へ吹き飛ぶ。


 魔獣からの反撃をずっと交わし続けてはいたが、体力も限界。


 夜弥美は、放物線を描くタルトを見て、


(受け身は難しいだろうなぁ)


 そう思いながら、顔面から地面に突っ込むタルトを眺める。



「おーい、生きてるかー?」


 そう言いながら、夜弥美はしゃがんでタルトを抱え起こす。


「……普通、受け止めてくれるんじゃないの?」


「それは難しい問題だね」


 夜弥美はタルトに治癒魔法をかける。


 すると、パーツが若干歪んでいたタルトの顔は元通り。



 タルトは礼を言う。


「……あんがと」



 夜弥美はニコっと笑う。


「あのままだと、可愛い顔が台無しだからな」


「……そっくりそのまま返す」



 夜弥美はタルトの髪を手櫛で整える。


「---ホント、こうして見ると女の子みたいだな」


「……君は遠くから見ると女の子だ」



 そう言われた夜弥美はタルトに顔を近付ける。


「……近くだと?」



 タルトは顔を赤くして目線を逸らす。


「うぅ……。近い」



 そう言われた夜弥美は、立ち上がり、怒り狂ったゴリラが何か『氣』の塊を練り始めたのを見る。


「トドメを刺しますかな」


 そう言いながら、ここで懐からリボルバー式拳銃を取り出す。



「弾代……。高いから、ホント、最終手段だよ」



 タルトは頭に疑問符を浮かべる。


「魔術効果でも乗せて発射するんかい?」



 夜弥美はカラクリを答える。


「多分、属性乗せて撃っても効かない」


「じゃあ、何を?」


「1番効くのは物理攻撃だから、魔法で弾を発射する力を上げる。どっちかと言うと古典魔術に近いかな?---ちょっと特殊な弾なんだ」



 夜弥美は拳銃を構える。


「---力を集わし精霊達よ、我を依り代に力を放出せよ」


 簡易的な精霊降臨術で、弾の発射を高める力を込める。



 熊の魔獣は、夜弥美の入れた頭部の傷も深手なので、ふらふらしている。



「---いっけい!」



 その掛け声と共に発射される弾。


 反動で夜弥美は少しフラつく。


 それでも弾は進み、魔獣の胸元へ。



『があああああああ』



 もがき苦しむ魔獣。


 銃弾は心臓を貫通し、風穴が大きく空いた背中からの出血は多い。


 失血により、徐々に意識を失う魔獣は最期。



 大きな音を立てて横たわった。



(特に技の発動に固有名詞は無いけど、掛け声だけってのもセンス無いなぁ、僕)





 タルトは『パチパチ』と拍手をする。


「おー、流石だねー」


 危うく死にかける、死んでもおかしくない相手を夜弥美が討ち取り、安堵する。


 夜弥美は拳銃を見る。


「砲身も消耗品だから、あんまり使いたく無いけど。今日は仕方無い」


 2発目を撃てば暴発しそうな位にはガタが来ていた。



 タルトは夜弥美を見る。


「ねぇ、夜弥美。……今フリーなんよね?」



 夜弥美は、タルトがこの場には似つかわしくない、急に何故そんな事を言い始めたのかは判らないが、「うん」と答える。





 ここまでの道中、夜弥美は現在、菜々緒と真飛流が買った家の管理をしている旨は言っている。


 それを言えば『同居してるのも伝わる』と思って、細かに説明はしていない。


 それに加えて、真飛流とは友達からやり直す話はしている。


 なので、誰とも付き合ってはいない。


 もっと、真飛流とは現在、事実上の結婚を前提として友人であるし、菜々緒も夜弥美を狙っているが……。





 夜弥美の返事に、タルトはその質問の意味を自ら行動に移しながら言う。



 タルトは自分の両手で、夜弥美の右手首を握る。



「わい……えっと、−−−ボクね。やっぱりヤミ君の事が好きなんだ」



 そう言いながら、タルトは夜弥美の右手を軽く引き寄せる。


 声色も中性的な男性の様な声から、急に高い女性らしい声になる。


 表情も冷たい感じだったが、いつの間にか困り顔で目をウルウルさせる。



 夜弥美は、



「え?」



 と、間抜けな声を出しながら、タルトを見る。。



(待って。え⁉︎どゆこと?タルトは実は女の子?)



 夜弥美は固まる。


(いやいや、揶揄われてる?)


 そう思いながら、夜弥美は聞きたい事だらけだが、「え、あ、う?」と口をパクパクさせるだけである。



 タルトも顔を赤らめている。



「えっと……。ボク、実は女の子、……です、はい」



 恐らく、夜弥美の中では真飛流の帰還より驚いた瞬間であった。





「なん……だと⁉︎」





 驚き過ぎ、掠れた声で、声ならぬ声になる夜弥美。



 タルトは夜弥美の手を自身の胸に更に押し当てる。


 男の胸板とは違う、柔らかな若干の膨らみを感じる。


「驚いたよね?今まで隠しててごめんなさい。でも、そう言うつもりじゃないんだけどけね。色々あって言わなかったの。だけど……。やっぱり菜々緒様より早く好きになったのはボクだからね?---ね?ね?ね?良いでしょ?」



 タルトの思わぬ豹変振りに夜弥美は驚く。


(こえええええ)


 ここで断ったら何となく刺されそうである。



 固まる夜弥美。


 タルトは無反応な夜弥美に飽きたのか、彼の手を離す。


「むー、何か言ってよー」



 ここでやっと夜弥美の意識が戻る。


「はっ⁉︎夢だった⁉︎」



 これにタルトは抗議をする。


「むぅ……。それは失礼じゃないかな?」


「じょ、冗談です……。って、---ちょっと落ち着かせて」



 夜弥美はその場に座り込み深呼吸をする。



「---何から聞こうかと悩んでるんだけど……」


「ボクもすごーーく今更だけど聞いて良い?」


 夜弥美は逆にタルトに質問される。


「何?」



 タルトは前髪を少し弄り、隠れている左目を出しつつ、ショートカットの髪を少し頑張ってツーサイドアップにする。



 タルトは尋ねる。


「昔はこれより長かったんだけど、こんな髪型の女の子、覚えていない?」



 夜弥美は悩む。


「……昔、会った事があるの?」



 タルトは頷く。


「うん、お店でね」


「お店……」


「……やっぱり全部覚えてないかー、酷いなぁ〜」


 残念がるタルト。



 夜弥美は謝る。


「スマン……」



 タルトは髪型を元に戻す。


「良いよ。むしろ、今までバレない様にって、過ごしてきたし。---ま、皆んなボクの事を男だと勝手に勘違いしてたのは面白かったけど〜」



 夜弥美は思い出す。


(確かに、説明を受けた訳でないけど……)


 そう思いながら話をする。


「部屋が男部屋で一緒だったからなぁ……」



 タルトは頷く。


「まーね。でも、“不思議な行動”をしていたでしょ?」



 それを言われて夜弥美は思い出す。



 風呂も着替えも絶対一緒にしない。



 唯、これは同性同士でも『裸の付き合いが嫌な人は嫌』な部類も居るので、特に気にはしていなかった。


 トイレも必ず、大きい方へ行くとかも、


(お腹の調子悪い子)


 と言う程度の認識。



 タルトは言う。


「あと、ボクはこう見えて菜々緒様に虐められてたからねー」


「……マジ?」


「うん。---逆恨みだけど」


「そ、……そうだったのか」


 夜弥美は焦る。


(確かに、時たま無茶苦茶する人だけど、陰湿な事をするとは……」



 タルトは寂しそうな顔をして笑う。


「菜々緒様も、君がパーティーに来るまで傍若無人を体現してた人だからね。君が来てから変わったんだー。---すっごい腹立たしかったよ。恋ってそこまで人を変えちゃうにかって……。ま、---とは言え、ボクは人の事言えないけどね」









 タルトと菜々緒の出会いは単純である。


 菜々緒の暗殺目的でタルトは彼女に接触。


 しかし、それは失敗に終わり、タルトは菜々緒に返り討ちに合い、殺される。



 ところが、菜々緒の蘇生術で甦らされる。


「お前の呪いは死ぬ事で解かれる。---あとは自由に生きて欲しいんだが……。そうだな。丁度良い。オレと恋人を前提に付き合ってくれ」









 夜弥美が知っている話はここまでである。



 現在、2人はギルドの個室部屋に居る。


 ソファーで並んで座って、ギルドの職員を待っている。



 採取した薬草と熊の魔獣をギルドへ渡すと、しばらくこの部屋で待機をする事になった。


 どうやら、魔獣についての報酬と、毛皮の扱いと、その所在をどうするかの件でどうしても“揉める”らしい……。





 その暇潰しではないが、2人はそんな話をしていたのである。



 ちなみに、現地で少し興奮状態だったタルトを夜弥美が、


「兎に角、魔獣の処理をしよう」


 と言って、ある程度、血抜きの処理をして、そっちに夜弥美がかまける事でタルトを萎えさせたのである。





 タルトは皆が知っている話の真実を言う。


「『あ、えっと……。ごめんなさい。ボク、女です』って断ったら凄く驚かれたよ」


 そこから菜々緒のパーティーに属して、『男装をして“恋人のフリ”をしてた』、と付け加えるタルト。


「---『やっちもない見合い結婚をせがむ親へのカモフラージュ』、でね〜」


 そこからしばらく、陽太が来るまで長年、“恋人のフリ”をしていたと言う。


「---陽太とも色々あったみたいだけど、美少年好きなヤミ君が来てから、ボクに対してもうそれは凄い惚気だったよ。---ま、この地点でボクは菜々緒さんとも、真飛流さんとも違うアドバンテージがあったからねぇ〜、内心、黒い感情がヒシヒシと……」


(黒い感情については触らないでおこう……)


 兎角は尋ねる。


「……アドバンテージ?」


「うん、この後、幾つか答え合わせするねー」





 ここからタルトは夜弥美に幾つか質問をする。


「じゃあさ、『ガーデン』って名前のお店、覚えてる?」



 夜弥美は一発で思い出す。


「あ、僕が前いた街のキャバクラだ、うん。---あの時のパーティーリーダーの付き合いで行ってたよ。それがどうしたの?」



 タルトはニヤっと笑う。


「じゃあさ、『マーガレット』って名前の女の子、覚えてる?」


「うん。僕とパーティーリーダーが行くと、いつも僕に給仕を---ん?……アレ?」


 ここで夜弥美は思い出すが、タルトは続けて質問をする。


「その女の子はこんな髪色で、さっきの髪型を伸ばした感じでしていなかった?」


「…………うん」



 夜弥美はここで合点がいく。



 タルトはニコっと笑う。


「ボクの事、誰だか判った?」


「……うん」



 タルトは身体を夜弥美に向ける。


「改めまして〜。久し振りだね〜、ヤミ君?」


「うん……、えっと……。久し振り」


 夜弥美は何となく気不味かった。



 タルトはそれを察したのか、


「どうしたのかな〜?色々思い出しちゃった?」


 ニヤニヤ笑いながら迫る。



 夜弥美はそっぽを向きながら言う。


「ああ、まあ、うん」


「そんなに緊張しなくても良いよ?---お店を辞めたのは、ヤミ君と“あの時”の事がバレた訳じゃないし〜」



 寡黙で冷静キャラが徐々に崩れていたが、ここに来て、完全にそれは吹き飛んだ。





 タルトが言うには、菜々緒のパーティーで“菜々緒の恋人のフリ”をしつつ、タルトは冒険者とは別で、副業でキャバ嬢をしていたらしい。


 その時にタルトは『マーガレット』と言う源氏名で、夜弥美と出会った。





「君と飲むのは楽しかったよ。同じコミュ障同士で話も合うしね〜」


 タルトはそう言いながら前を見る。



 何度か夜弥美は当時のパーティーリーダーと通っている内に、タルトと仲良くなった。


 プライベートで普通に遊ぶだけなら、タルトは店から咎められないが、性接待は控える様に言われていた。



 しかし、2人はある日。


『ガーデン』で飲んだあとガッツリ、ホテルでそうした行為を一度だけしてしまう。



 それ以降は普通に客と店員として、店の中で接していた。


 あの日が無かったかの様に……。


 お互い口にしない。


 一時の気の迷いかの様に……。





 その3ヵ月後。


 タルトが店を辞めた旨を知った夜弥美。


 丁度、夜弥美もパーティーから追放されて、打ちひしがれていた時であった。


 慰めて貰おうと思っていたが、居ないと知り、『マーガレット』へもう行く事もなければ、その街を夜弥美は去ったのであった。





 夜弥美はタルトに尋ねる。


「辞めた理由は何かあるの?」


「うん」


「……もしかして---、相引きしたの、お店のバレた?」


 夜弥美は急ながら訊く。



 タルトは苦笑いしながら答える。


「さっきも言ったけど、バレて辞めさせられた訳じゃないから大丈夫だよ。---そのあと、職場復帰もしてるからねー」


「復帰?」


 夜弥美は問い返す。



 タルトは頷く。


「色々あってね〜。どうしても休職する事になったんだけど……。間違って伝わってたのかも」



 休職。



 夜弥美は何となくした理由を思い描く。


(あれ?……まさか?)



 しかし、それは運良くハズレ。


 タルトからそれが語られる。



「顔と足に怪我をしちゃってね〜」



 タルトは髪で隠している左目、顔の左半分を出す。


「ほら、君が嫌がらせの様に、ボクの隠している顔の左半分。大分痕も無くなったけど、オデコに切り傷出来てねぇ〜」



 そう言われた夜弥美はタルトに顔を近付ける。


「あ、ホントだ」


 薄っすらと横一文字に縫合後の切り傷があった。


「−−−辛い傷だ……」



 タルトは顔を赤くする。


「ち、近いよ?」


「あ、ごめん」


 夜弥美も顔を赤くしながら引く。



 タルトは髪型を元に戻す。


「ま、まぁ、仕方無いよ。菜々緒様の機嫌を損ねたのはボクのせいだし……」


 また菜々緒のせいだと言う。



 夜弥美は菜々緒の所業が気になるが、ある意味、ホッとする。


「そっか。大変だったね」



 そんな夜弥美を見て、タルトはニヤッと笑う。


「あらら?ナニか別の想像しちゃった?」


 タルトは夜弥美の耳元で囁く。



 夜弥美は「うっ」と言って、身体が固まる。


「さー、何の事でしょう?」



 タルトはからかう。


「子供がデキちゃったも思ったんでしょ?」


「……まあ、はい」


 夜弥美は顔を背ける。



 タルトも夜弥美から少し離れる。


「ははは。もし、ホントにデキてたら、速攻で婚姻届片手に突撃してたよ。ギルドから所在を問い合わせてね〜?」


「そ、そっかー」


「そうでなくても、菜々緒様が君に恋愛感情持ってなかったら、婚姻届を突き付けてた」


「そっちのルートも!?」


「うん。まーね?」


 楽しそうに言うタルト。



「でも、菜々緒様がずっと惚気けるから、流石に『昔の知り合いだった』って言えなかったよ。−−−変な事言うと、また虐められるかもしれなかったからねぇ」


 タルトは遠い目をする。



 夜弥美は菜々緒の評価を改めなければならないのでは、と思い始める。



 しかしタルトは、


「あ、菜々緒様にこの事全部言っちゃ駄目だからね?」


「だ、だけど−−−」


「−−−良いの。もし、夜弥美が下手な事を言ったらボクはまた虐められる。パーティーを抜けてても、情報なんか筒抜け。最悪、どこかで殺されるかもね?本来は生きていない筈の人間だから……」


 寂しそうに言うタルト。



 そう言われた夜弥美は何も言い返せなかった。



 タルトは深呼吸をする。


「だからね……。さっきボクは勢い余って君に告白したけど、今は未だ回答はしなくて良いよ」


「……−−−」


 夜弥美は何かを言おうとしたが、タルトが遮る。



「−−−ボクが菜々緒様と真飛流様と肩を並べるまで、待ってて」



 タルトの語気は力強く、何かを企んでいる目であった。


 なので夜弥美はこれ以上は何も言わなかった。








 夜弥美はここまで割と長話しをした気がしたが、時間は長話しをしていた証拠を突き付ける。



 夜弥美は部屋の出入り口を見る。


「長いなぁ」



 タルトは頷く。


「だねぇ。もしかしたら、ボクの事もあるかも?」



 夜弥美は頭に『?』と浮かべる。


「何かしでかしたの?」



 タルトはズッコケる。


「トラブルメーカの君らしいコメントだね」



 夜弥美は苦笑いして誤魔化す。



 そうこう言っていると、扉からノック音がする。


 夜弥美とタルトの2人は同時に「「はい」」というと、このギルドの所長が部屋に入ってくる。


 その後ろには、副所長とタルト、タルトが属しているパーティーのリーダー。


 例の綺麗で高身長なお姉さんである。



 所長は立ったまま、1番開口、


「お待たせ致しました、カトレア・タルト・ジルコン様。それと---……ああ、卯月君」


 と、ここで夜弥美はタルトの本名を知る。



 タルトは立ち上がろうとするが、所長は制止する。


「そのまま座って頂いて大丈夫です。---先に魔獣討伐の件をお伝えしてから、また後程……」



 タルトは夜弥美をチラッと見る。


 夜弥美は「ん?」と言うが、タルトは「何でもない」と返す。



 所長は夜弥美の正面に座る。


「さて、昨今。人食い熊として問題となっておりました、“血に飢えた大熊”の討伐をして頂き、ギルドとしては大変感謝しております。---この大物取りは後程、領主様、山の地主様、自治体の首長から礼が行くと思われますので、一先ずは報告させて頂きます」


 そのまま、所長はタルトの方へ頭を下げる。



 タルトは一瞬、何かを躊躇ったが笑顔で返す。


「はい、ありがとうございます」



 タルトの属しているパーティーリーダーの、


(確か『オクト』さんだっけ……?胸デカいなぁ)


 と言う感想を夜弥美は持ちつつ、オクトが所長の隣に座るのを見る。



 オクトはニコっと笑い、


「タルト、機嫌が出てるよ〜」


 見た目通りのおっとりお姉さんキャラで何故安心する夜弥美。


(そう、我々が求めているのはこう言う---いや、辞めておこう)



 タルトが謎の視線を夜弥美に送る。


(おっと、いかんいかん。僕の視線がオッパイなのに気付いたか)



 スレンダーで、男装をしているタルトの胸は主張が無い……。


(コンプレックスなのかな?)


 夜弥美はこれ以上、セクハラモロバレの視線を送らまいと、思いながら宙を眺める。





「---聞かれておるか?卯月君」



 夜弥美は所長の声で意識を取り戻す。


「はい、全然聞いておりません」



 ズッコケるタルト。


「夜弥美、ちゃんと聞いて」


 タルトはいつもの無愛想キャラに戻っている。



 夜弥美は、


「ま、大方、毛皮はギルドで研究加工、その分報酬は弾むから、要求を飲め、って事でしょう?」


 投げ槍に言う。



 所長は頷く。


「話が早くて助かる」



 夜弥美は問う。


「うちの頭に確認は?」



 所長は頷く。


「追々する」


「菜々緒さんが欲しいって言ったら?」


「卯月君の説得力の見せ所でないかね?」


 所長はヤラシイ笑い方をする。



 夜弥美は溜め息を吐きなが立ち上がる。


「真飛流に筋が通らないって言われて揉めるのは嫌なんで、その弾んだ報酬分は今は保留と言う事で」



 それを聞いた副所長は頷く。


「賢明な判断かと。---では、その手筈で報酬をご用意しますので、後程、受付へ」



「へいへい」


 そう言いながら、夜弥美は立ち去ろうとする。



 しかし、タルトが引き止める。


「待って、夜弥美。---このままだと、毛皮も報酬も貰えない」



 夜弥美は立ち止まる。


「……どうせもう毛皮は手に入らないからもう良いよ」



 それを聞いたタルトは所長をジロっと見る。


 所長は肩をすくめる。


「いやはや、そんなデマカセをまた。相変わらずだな、---君は」



 夜弥美は言い返す。


「菜々緒さんに許可を得ずに報酬を受け取って怒られる方が怖いんで」





 通常、ある一定の希少価値の高い代物を入手すると、ギルド側が研究等で買い取ると言うシステムがあり、それはほぼ強制的に接収されてしまう。


 しかし、勇者パーティーがそれを得た場合、勇者が欲すればその代物は勇者管理になる。



 なので通常、夜弥美が得た今回の毛皮は菜々緒、又は真飛流が必要と言えば、ギルド側は渡さなければならない。


 ところが、それをギルド側が持ち逃げしたと言う、ルール違反、汚職に等しい事をしたのである。





 夜弥美は扉を開ける。


「ホント、知りませんからね」


 捨て台詞の様に言って去ろうとする。



 タルトはもう一度、夜弥美を引き止める。


「夜弥美、少し落ち着いたらどうだ?そんなに拗ねてから……。君も少しは変わったと思ったんだけど?」



 夜弥美は鼻で笑いながら、そのまま、


「ふん、やっぱりタルトはそっちの方が落ち着くね。---それじゃ、ありがとうタルト。助かった」


 そう言いながら、部屋をあとにした。



「……全く、相変わらず、最後まで人の話を聞かない」

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