第7話 

 やはり、噂と言うのは恐ろしく、スマートフォンと言う文明の利器は、身内親戚に一気に話が広がるツールである。


 真飛流の父親が彼女に電話をして来たのである。


 真飛流は電話口で何か怒鳴られていた。



 夜弥美は、そんな真飛流が面倒臭そうな顔をしているのが印象的であった。



 内容的には、夜弥美の事が義理の叔母経由で耳に入ったらしい。


 真飛流はわざとスピーカー通話にして、親子の会話を、夜弥美と菜々緒に垂れ流す。



『ミョウコさんから聞いたぞ。例の勇者候補生。未だ付き合っていたんだな』


「あれ、言ってなかった?---ま、忘れちゃってるから、あんなクソ雑魚ナメクジ勇者連れてきたんだろうけどね」


『ぅ……。いつまでも連絡が無いからだ。---未だ固執するとはお前にしては珍しく」


「ヤミちゃんをアタシ好みの勇者にした方がマシ」


『ライウン様のどこが。気に入らん。例の候補生より優良物件だろ』


「全部」


『あのなぁ。……良い年していつまでも子供染みた事を言うんだ。そうだ、ライウン様と古今東西対決でもすれば良い。人柄と博識がよく判る』


「ああ?今からでも決闘出来るならしたいわ、ボケ!」


『また直ぐにお前は決闘決闘って……。まあ、本気の決闘となればライウン様も先日の失態は無いだろう。お前の結婚を賭けて戦う事を許可しよう』


「おう、言ったな、忘れんなよ、クソ親父!」


『ふん、その口の悪さの改善せねばならんな。---と言うか、お前。ライウン様を私情で不意打ちしたらしいな』


「……え?」


『しかも夜道で。---これについて1つ。本題なんだが、お前に説教をせねばならんが---』


「---いや、それは菜々緒のせいよ」


『…………マジ?』


「マジ」


『はあ〜〜〜……。---むぅ。…………それについては疑ってスマン。怪我が治り次第、決闘の儀を執り行え。この話は以上だ」


「あ、うん」


『---ところで、そこに菜々緒君は居るのかね?』


「居るわよ」


『そうか……。菜々緒君との同居が始まったと聞いたが、これも勝手に話を進めおって---』


「叔父様と菜々緒にそれは言って。アタシはヤミちゃんが勇者になったら実家に帰るつもりだったし、お母さんともそれで調整してたし。---アタシからしても不本意よ」


『……そうか。そうであったな。勇者候補生の部屋に外鍵を付けるとか訳の判らん事をしていたな。---何がしたい?』


「それは放っておいて」


『あ、ああ。---ん?……ああ。---イチコに代わる』


「お母さんに?うん……。---おひさー」


『ハロハロ〜?元気〜?ヤミちゃんと今も一緒〜?』


「うん。元気。ヤミちゃんも居るわよ」


『そう。飽きっぽいアンタがかなり粘着してるから、安心したわ〜。一度位、お母さんにヤミちゃんの顔見せてね〜』


「うん」


『絶対よ〜。あ、それでなんだけどね?この前の八閣家会議でアンタに話が上がっちゃったのよー』


「判った。んで、---何よ、それ。急に」


『それでね、勇者候補生とお付き合いしてる〜って言わざるを得なかったけど。---いっその事、真飛流の年齢の事考えたら、お父さんとの確執に拘らず、結婚しちゃえば良いのに〜---って話になってね。お母さん的には今からでもヤミちゃんとの結婚は認めます』


「マジ?お父さん、怒らない?」


『怒らせないわよ。当主に歯向かうのは例え配偶者でも容赦はしないわ』


「そ、そっか。---夫婦仲良くね」


『善処するわ。---この前もケツの穴の小さい虫ケラ勇者をあんたに送り込んだ時は、一発殴っただけなのにしばらく顔の腫れが引かなかったし、歳ね。治りが遅いわ』


「……そ、そっかー」


『---それに、34にもなって今更、相当お熱のヤミちゃんも手放さないだろうから、認めさせるしかないし、八閣家会議が後押しになったのは助かったわ〜』


「う、うん。---年齢の話は辞めい」


『だって、35歳からは高齢出産になるんだもの』


「判ってる判ってる」


『それで、ヤミちゃんが勇者になるのはそれみ間に合いそう?』


「多分、間に合わないかなー」


『じゃあ、尚更ね。決心が付いたらいつでも良いからね』


「判った。色々前向きには考える」


『それに、ライバルも居るそうだし』


「……菜々緒の事?」


『そう、菜々緒ちゃん。やっぱり、そうよね?トワさんから話は聞いたけども、横取りされそうなのでしょ?』


「うん、菜々緒もヤミちゃん狙ってる」


『だろうねぇ〜。---婚約者を連れて帰るまで勘当扱いみたいだし』


「ちょっと待って。それ初耳」


 ここで真飛流は菜々緒の方を向く。



 夜弥美と菜々緒は話は聞いていれど、静かにお茶を飲みながらぼーっとしていたので、少し反応が遅れる。



 真飛流は菜々緒に問う。


「菜々緒、アンタ勘当されてたの⁉︎」


「お?そうだが?」


 飄々と言う菜々緒。



 真飛流は更に問う。


「いつから?」


「ヤミ君をパーティー誘った辺り」


「……なんでまた?」



 菜々緒は「んー」と何かを思い出しながら言う。


「見合い断って、ヤミ君狙う話したらクソ怒られた。『30にもなって身を固めないとは何事だ!』って。ま、ヤミ君と結婚したら戻れるけど」


「それで、---あの時にアタシを蹴り落とそうと?」


「おう」


 胸を張って言う菜々緒。


 菜々緒も巨乳の部類なので、胸が強調される。



 真飛流は静かに且つ、冷徹な声色で言う。


「アンタ、一度殴り合う必要がありそうね?」



 そう言われた菜々緒は、


「勝てない喧嘩はしない」


「……よく言うわね?」


「---それはいいから、電話に戻れ」


 手をヒラヒラさせながら言う。



 真飛流は電話に戻る。


「あ、ごめん。お母さん」


『しっかり聞こえてたわよ。本当でしょ?』


「うん、マジだった」


『それに、アンタが死に掛けた時も納得したわ。手段を選ばない辺り、流石、アノ人娘ね』


「自分の娘が死にかけたのに軽いわね」


『ヤミちゃんと一緒にはぐれちゃったって聞いたし、アノコなら大丈夫って思ってたから』


「……そ。ま、ヤミちゃんのお陰で助かったわ」


『吊り橋効果ってアレね』


「かな?」


『余計にそれで仲良くこよしになれたのでしょ?菜々緒ちゃん、作戦ミスして完全にライバルね』


「まぁ、うん。ライバルだね」


『それでもヤミちゃんは真飛流に夢中なのでしょ?うっかり菜々緒ちゃんに寝取られないなら、大丈夫でしょ?』


「あー、まあ。うん。---そこはヤミちゃん次第かな」


『あら、急にどしたの?』


「んー、ちょっと色々あってね。直ぐには決められないし、色々なくても準備はあるし」


『あらー、てっきり真飛流の子供、---卯月家の孫の顔を見るのも近いって期待してたんだけど〜?』


「いや、孫って……」


『まぁ、孫に関してはトワも居るから、万が一、真飛流が破局してもナントカなるし。ヤミちゃんが姉妹丼に抵抗なければ、トワに紹介もありね』


「いや、それ今言う?あと不味く無い?」


『あら、トワはヤミちゃんの見た目は気に入ってるわよ。欧州の王子様系のコスプレさせたいみたいよ?』


「そもそもトワちゃん何歳?」


『今年で17になりました。---結婚させるなら来年ね』


「そっかー、でもダメだよー。アタシのヤミちゃんだよー」


『じゃあ、今からお手付きしても良いから、ヤミちゃんの手綱をしっかり持っておくのよ』


「普通、そんな話を自分の娘にする?」


『あら、急かすしてるつもりだったけど、案外冷静ね』


「まぁ、一応……お父さんとの約束もあるし」


『気にしなくても良いのよ---。って言いたいケド、アンタがそうした気遣いで我が家のメンツが保たれてるのは感謝してるわ。---ありがとう』


「まあ、紛いなりにも良家の娘ですし」


『あら、自覚あったのね。---まあ良いわ。出来たら虫ケラ勇者の処理が終わってからヤミちゃんを紹介してね。色々処理に時間掛かりそうなのよ』


「そっかー、大変だね」


『あ、お手付きしても良いのは本当だから。孫の顔は早く見れる事は良い事よ』


「だから、孫って、実の娘をなんだと思ってるの?」


『結婚を前提に付き合っているのでしょ?既成事実も作ってはいるのでしょ?』


「いや、まぁ、---そうだけども」


『既成事実があれば確実にヤミちゃんを捕まえられるわよ。---欲しいでしょ?ヤミちゃんとの子供』


「そりゃあ……いつかは欲しいです……けど」


『なら良いじゃない。菜々緒ちゃんも既成事実作ろうとするだろうけどね』


「実の親から既成事実って連呼される娘の気持ちを考えて」


『あ、ちなみに言うと、お兄ちゃんはお手付きで生まれました』


「え、マジ?」


『そうよ。お母さん、そりゃもうお父さんの事手に入れたいって恋焦がれて、ライバル多かったけど、そうして手に入れたのよ。---血は争えないの』


「血は争えないって……。お母さんのはちょっと違うなぁ」


『違わないわよ。そうして悠長にしてたら菜々緒ちゃんに先越されるわよ。アノ娘、一回アンタを蹴り落としてるのだから、油断したらダメ』


「ああもう、わかりました!ヤればいいんでしょ?ヤれば!」


『宜しい。ま、でも避妊せずに中出しして貰ってるのでしょ?』


「……してる」


『じゃあ、大丈夫ね、このあとにでも、ヤミちゃんに耳元で種付けしてとか言って、孕ませセックスでもしなさい』


「言葉の意味は判るけど、『中出し』だの『種付け』だの『孕ませ、せ、セックス』とか、親が娘に生々しい事言わないの!」


『あら、言葉って大切よ。いかに興奮させて、濃ゆいのを注いで貰うかで変わってくるモノよ』


「だから、親のそんな夜の事情とか聞きたくないって……」


『トワがデキた時もお父さん、誘いに乗って来た時はもうそれは凄かったんだから---』


「---娘に対して、友達感覚で惚気るの辞めなさい」


『---はいはい。ま、ヤミちゃん云々の前でも良いから、トワにも会いに帰って来てね。アンタの武勇伝聞きたがってるし』


「あー、うん。また会いに行く。そりゃ実の妹だし」


『あ、そうだヤミちゃん居る?』


「え?ヤミちゃん?」


『うん。居るなら代わって欲しいのだけど---』


「代らないよ!変な事言うでしょ!」


『あら、一言、娘を宜しく〜って言って、孫が欲しいって言うだけよ』


「切るよ!じゃあね!」



 菜々緒は時計を見る。


「いつまで、長話を聞かされるのかと思ったよ。---それに、嘘が上手だな。ヤミ君とは別れたってのに」



 真飛流はスマホをテーブルの上に置く。


「んー、……直ぐに終わるつもりだったんだけど、ごめん。あと、仕方無いじゃない。絶対余計な事が起きるし、別れ話は誤差よ誤差」



 菜々緒は驚く。


「何⁉︎真飛流が素直に謝っただと⁉︎」



 真飛流は呆れる。


「アタシを何だと思ってるの?」


「傍若無人」


「一番アンタに言われたく無いセリフね」



 真飛流はそう言いながら寝転ぶ。


「あーあ。この前の叔母様の詮索で、ヤミちゃんの個人情報がダダ漏れ事件だわ」



 菜々緒は笑う。


「ははは。世の中、そんなもんだ」


「しかもやんわりと、『冒険者ランク8の勇者候補良い人見付たから頑張らせる』って言ったのが、『勇者候補にツバ付けて遊んでる』って伝言ゲームになったのは笑えないわ。そりゃお父さん怒るわ」


「事実でないか」


「遊んではないわよ。真面目にクエストしたじゃん」


 真飛流は頬を膨らませる。


「---それに、菜々緒が家の事情をある日を境に持ち出していない理由もよく判ったわ」



 これに菜々緒は軽くあしらう。


「勇者と言う肩書きを使って、プー太郎したオレの怠慢が招いたツケだからな。---真飛流に寝取られるとは思わなかったが」


「勘当された事位、言いなさいよ。触れちゃダメな家庭事情とか嫌な話とか平気で言っちゃうじゃん」


「それも試練だ。家庭事情を触られて一々それで不機嫌になる位なら、勇者失格だ」


「……ストイックね」


「どんな理不尽にも耐えねばだ」


「……アタシを殺そうとしたのに?」



 菜々緒はここでそっぽを向く。


「ま、痴情のもつれは人を変える。恋も人を変える」


「それっぽい事言ってまとめるな」


 真飛流は呆れる。



 ここで菜々緒がヒートアップをする。


「だって……仕方無いじゃないか!陽太に別れ話をしても理解されないし、ずっとベッタリでしつこいし。それにヤミ君が気を使って離れていくし。しかも離れた先で真飛流とイチャイチャするし。そんな光景を見せ付けられたら、そりゃあヘイトは溜まるさ」



 真飛流は起き上がる。


「言いたい言い訳はそれだけ?」



 菜々緒は頷く。


「ああ。だから君を排除しようとした」



 夜弥美は焦る。


「喧嘩するなら外で……」


 そう言うが、2人は動かない。



 真飛流は菜々緒に言う。


「未だ隠し事、してない?」



 菜々緒は言う。


「してる!」



 真飛流はズッコケる。


「ちゃんと言いなさいよ、アンタ」



 菜々緒は首を横に振る。


「安心しろ。直接君達には関係の無い事だ。それを隠すのも勇者だ」


「……そ」


 真飛流は短く返事をしてまた寝転ぶ。


「……変なアイデンティティと言うか、変わった勇者像を持ってるわね」



 菜々緒は頷く。


「ああ。勇者はアイドルみたいなモノだからな。---皆の手本となる様、常に誰かに見られてる。監視されてる。後ろ指を差されないとか、十人十色の意見を求められるから、それを全て聞かねばならん」



 真飛流は「ふーん」と言いつつ、本質を問う。


「それは領主の娘が勇者になったから、でしょ?」



 それに菜々緒は頷く。


「ああ。だから、手を抜けない」



 真飛流も頷く。


「ふーん。……ご立派なモノね」


「そんな大それた事じゃない」


「そう?ま、アタシやライウンよりかは信念はマシね」



 真飛流は夜弥美を見る。


「……」



 眺められる夜弥美は「何?」と訊く。



 真飛流は首を横に振る


「なんでも無い」


 そう言って、寝転ぶ。


「生理前でしんどいのをヤミちゃんの顔見て落ち着くかと思ったの」



 菜々緒はそれに関心する。


「ほう、斬新だな。---で、どうだ?」



 感想を聞かれた真飛流は答える。


「ムラムラする」



 菜々緒は頷く。


「それはいつも何トキでないのか?」


「……そうね」


「そうなるとお互い大変だな」



 菜々緒のセリフに真飛流は少し違和感を感じる。


「アンタは特にね」


「……だな」


 まんざらでもなさそうな菜々緒。


 夜弥美も少し様子が変わった菜々緒に違和感を覚えるが、ここで来訪者---ガス屋さんが開通の手続きに来たので直ぐに忘れるのであった……。



(ずっと真飛流のお母さん、生々しい事言ってたけど、親子の会話ってこんなのなのか……?まぁ、また真飛流と今後やり直して、ちゃんと向き合うなら子供の事は明るい家族計画として話はしなきゃなぁ……)







 夜弥美は股間に感じる、最近では久し振りの感覚で目が覚めた。


「ん……。んー……。---菜々緒さん?」


「おや、目が覚めてしまったか」



 眼前には菜々緒の顔があった。



「えっと。……一応聞きます。---ナニしてるのですか?」


 徐々に意識が回復する夜弥美。


 目線を下腹部に向けたいが、本能的が『それはあとで……』と告げている。



 菜々緒はニヤっと笑う。


「ん?君は女の子からエッチなセリフを聞くのが趣味かい?」


「……この際なんで言っておきます。---そうですね」


 夜弥美は目線を下腹部へ送る。



(どう見ても合体してるんだけどなぁ、感覚的にも)



 菜々緒は夜弥美の要望に答える。


「ヤミ君を酒に酔わせて、セックスしてる」



 菜々緒は上体を起こす。


 所謂“騎乗位”の状態である。



 菜々緒はゆっくりと腰を振る。


「ま、安心したまえ。今までに何度かしてるからな。このまま、中に欲望のまま出したまえ」


「何度か……って、どう言う事ですか⁉︎」


「ああ。無理も無い。君の記憶を消してるからな」


「……」


「そう、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も君とこうしたやり取りをしてるけど、ゾクゾクするねぇ〜」


 恍惚の笑みを浮かべる菜々緒。


「---ああ、この背徳感。やはり辞められない」



 夜弥美は抵抗をしようとしたが、身体が上手い具合に動けない。


(夢、じゃないよな?)



 夜弥美は考える。


(記憶が消える?マジで?いや、そう言えば心当たりを聞かれたらら、何度か怪しい記憶はある。かと言って、検証の術は僕には無い……。んー……。---それはそれで何だか残念だなぁ)


 過去の記憶の無い自分は菜々緒とどんなプレイをしたのだろう。


 そう思いつつ……。


 夜弥美は自身の身体は正直なのを痛感する。


(……この状況下。僕に女の子を骨抜きにするテクニックが!---って、そんなモノはない)



 ---菜々緒の中で果ててしまう。



 菜々緒はそれが判ったのか、少し不服そうである。


「むぅ、早漏め。---だが、しかし。---未だ相手をして貰うからな?」


 菜々緒は前屈みなって、夜弥美の顔に近付く。


 その際、夜弥美は菜々緒の胸を眺める。


(真飛流より……大きいなぁ)


 夜弥美の記憶はそこで途切れた。










 翌朝。


「と言う夢を見たんだけどけど、合ってる?」



 夜弥美は真飛流が仕組んでいた自宅内監視カメラの映像をノート型パソコンで見る。


 真飛流は、


「……アンタの事は置いておいて、幼馴染のこうした姿を見るのは……。---何とも言えない気分になるわね」


 ジト目で「うーん」と言いながら、映像を見る。



 当事者その1である菜々緒は現在、風呂場でシャワーを浴びている。


 当事者その2と真飛流が、こうして鑑賞会をしているとも知らずに。



 真飛流は尋ねる。


「マジでこの記憶無いの?」



 夜弥美は尋ねる。


「んー、無いなぁ」



 真飛流は考える。


「……夢の内容は大分脚色あるけど、菜々緒、アンタを押し倒して半分気絶させてからサクッと一発シて、賢者モードで伸びた所を記憶消して『さよなら』って、事務的と言うか動物的と言うか……」



 夜弥美は同意する。


「そうなんだよねぇ……。夢は所詮夢かー……。」



 そう言うと真飛流は一瞬、夜弥美を睨むが、直ぐに表情は和らぎ、一言言う。


「……なんでも無い」


 夜弥美は特に何も言ってないが、勝手に真飛流が言ったのである。


 

 そろそろ菜々緒が風呂場から帰って来そうな時間なので、真飛流は映像を見ていたノート型パソコンを持って、自身の部屋へ行く。


 残された夜弥美は、菜々緒の魔術なり魔法で記憶が本当にほぼ完全に消されているのに驚く。


(記憶操作って、相当な魔力が要る筈なんだけど……。---いや、恐らく、僕と魔力融通して補っている可能性はある。……僕の、1時間寝たら魔力全回復する僕の魔力回復速度能力を知ってるから、魔力が全部抜き取られてる?その魔力で記憶消去を……?---と言う線が濃厚かな……)



 夜弥美の魔力回復速度は、例え魔力を全て使い切っても、1時間寝たら全開回復すると言う能力がある。


 知っているのは真飛流だけ。


 しかし、菜々緒に記憶操作をされて、そうした説明をした過去の記憶が無いと言う線も考えられる。


 なので、恐らく、


(菜々緒の記憶操作術は僕の魔力を、セックスによって融通させて奪っていると言う仮説。---ま、それを立てた所で検証する余地はない、か……)


 と、心に秘めておく。


 真飛流にも。



 そうこう考えていると、風呂上がりの菜々緒がリビングへ入って来る。


 菜々緒はこのあと出掛けるのだろうか。


 夜弥美は尋ねる。


「あれ、お出掛け?」


「ああ。これから『ダイニング』の都市へ行く。---知ってるだろ、ライウンって奴をオレがボコしたの」


「うん」


 夜弥美は頷く。



 真飛流の叔母から色々話を聞いた事は昨日の酒の席で既に話題にしており、真飛流の叔母の話は大体合っていた。



 菜々緒は溜め息を吐く。


「まあ、そのせいでしばらくはこの家と、『ダイニング』の街での下宿生活だ」



 夜弥美は苦笑いをしながら言う。


「そっか……。僕はここでハウスキーパーすれば良い?」



 菜々緒は目を丸くしつつ、


「面白い事言うんだな。---いや、強制はしない。好きに使え」


「ああ、まぁ、掃除位はするよ。クエストと並行でゆっくりとね」


「ホント、気にするな。唯、こればかりはすまない。---一時の気の迷いであのゴミ虫をボコしまった面はあるからな……」


 頭を下げる菜々緒。



 これに夜弥美は驚く。


 菜々緒は続けて言う。


「実はな。ギルド側からオレと真飛流に対して『ダイニング』の都市を活動拠点にしないかって言われてたんだ。いつまで宿屋、賃貸生活するなら、ギルドの管理不動産を格安でってな。---それがあまりにもしつこいから、真飛流と家を買うって出任せに言っちまったんだ」


 真飛流にはちゃんと説明していないらしいが、事の発端はそれだと言う。


「---真飛流も薄々、気付いているかもしれん」



 これに対して、リビングへ入って来た真飛流が一番開口、


「---はあ……。今、初めて聞いたけど?」


 そう言いながらも、真飛流は嬉しそうである。


「珍しく、菜々緒がヤミちゃんにちゃんと説明した上で、頭を下げて謝ったから、これ以上は言わないわ。---行くわよ、新幹線乗り遅れるわ」



 真飛流も出掛ける準備万端である。



「……なんだか怒涛の展開で目まぐるしいね」


 夜弥美は準備の早さに定評のある2人を見る。



 菜々緒は、


「んじゃ、ヤミ君。行ってくる」



 真飛流も、


「それじゃ、また連絡するから、着信拒否、解除しなさいよ」



 そう言って、2人は『ダイニング』に都市へ行くのであった。

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