第3話 

 夜弥美が今朝、起きたら台所で寝転んでいた理由。



 記憶は曖昧だが真飛流が押し倒してきたあと、胃が押されたのと、酒に弱いのにも関わらず、飲み過ぎで吐き気に襲われ、真飛流を横に転がしてトイレへダッシュ。


 少し吐いたあと、台所で水を飲んでいるまでの記憶はある。



 起きた後、自身の状態から察するに、そこで力尽きて寝てしまったのだろう。



 女性陣2人は夜弥美がそんな状態の時を始点として、遅くまで喧嘩をしていたらしく、先に起きた夜弥美が叩き起こすハメになった。


 グロッキーな2人は何故かそこは仲良くシャワーを浴びに行った。


 夜弥美は一言。


「---よくワカラン」





 その後、三人はコンビニで朝ごはんを買って、また真飛流の下宿アパートでそれを食べる。


 この時に、夜弥美は件の夢の話をする。





「---今日、これから今後の我々はどうすべきか、結局、決着つかなかったなぁ……」



 夜弥美は真飛流を見る。


 真飛流は気分が乗らないのか、


「んー、……今話す内容じゃない」


 と言って、黙々とおにぎりを食べる。



 菜々緒は何か考え込んでいる。


「まぁ、なんだその……。やはり、オレは婚前交渉はしない。---明るい家族計画って奴だ」


 これに真飛流がツッコム。


「あんたは急に何の話をしてるの?---って思ったけど、そんな話もしたわね。……下手にお堅いと、拗らせるのがよく判ったわ。---この処女ビッチめ」


 

 これに菜々緒は「ちっ、失礼な」と舌打ちをする。


 しかし、ここで菜々緒は何かを思い付く顔をした。


「そうだ、ヤミ君。パーティー継続して欲しいなら、真飛流と別れてわたしと子作りを前提に結婚をしよう。解散するなら、真飛流とヤミ君の邪魔をする。---名案じゃないか」



 これに夜弥美は少し考えて、


「あ、以外と言ってる順番は普通だったけど、その条件はどっちも受け入れられませんね」


 と、溜め息を吐きつつ、


「---はあ……。それされたらいっその事、冒険者辞めますよ」



 これに菜々緒は「うっ」と言う。


 これに真飛流は夜弥美に問う。


「何?夢を諦めるの?」


「だねー。---ここまで来たら運が無いと言うか……、センスが無いんだろうねぇ。諦めて、固定職にでも---」



 ここで真飛流は衝撃的な一言を言う。





「昨日、本当は言いたかったのだけど、再会の喜びと酒が入ったせいで忘れてたのは謝るわ。でも---、勇者にならない貴方に価値は無いから。だから、ちゃんと勇者になってよ?」





 ……。


(価値が……無い?)





 この一言で夜弥美は今までの思い出が無に還かける。





 夜弥美は考える。





 ずっと勇者になる事を応援してくれていた真飛流。



 恋人になる、結婚の話しも元々はそこが目標到達地点と同時設定していた。


 それが、かの事故で生き延びる為の目標とした結果、本当に生き延びる事が出来て結婚の話しが早まった。



 嬉しかった。



 しかし、ここで急に手のひら返しを喰らい、同時に現実へ戻される。



(『利用価値』としか見られてなくて、値踏みをされていたのか……)



 似た様な経験はある。



(最初から、シナリオ通り?皆んな打ち合わせの上で?」





 菜々緒を始めとした、他のパーティーメンバー含めて。



 計画通り?


 崩落事故も含めて?





 裏切られた過去。


 パーティーメンバーにハメられて死に掛けたり、逮捕されかけたり。


 散々であった。



 トラウマがフラッシュバックする。


 菜々緒のパーティーで過去を克服したつもりだったが、そうでも無い様である。



 夜弥美は俯く。



 菜々緒はそれを見て、


「おい、真飛流。言い方てあるだろ」


「……何よ、今更。---あんたも協力していた癖に」


 呆れながら言う真飛流。



 菜々緒は夜弥美の様子の変化を察した。


「それはそうだけどよ……。ヤミ君、---今のがトリガーになっちまったぞ?多分もうダメだ」



 真飛流は「面倒な男ね」と言いながら夜弥美を見る。




 夜弥美は顔面蒼白。


 空な表情に、上がる息。



 真飛流は『しまった』と言う顔をするが、時既に遅し。



 夜弥美は急に立ち上がる。


 荷物は元々広げていなかったので、直ぐにそれを抱える。





「っ!」





 何も言わずに、真飛流のアパートを飛び出した。


 真飛流が何かを叫んでいるが、聞かない。





 ---あんな事、『価値が無い』なんて言われたら、彼女達とはもう二度と関わる事は無いだろう。





 夜弥美はそう思いながら、涙を隠しながら走り去ったのであった。









 夜弥美は現在、乗り合い自動車の中で遭遇した陽太と一緒に座っている。



 陽太は溜め息を吐きながら言う。


「んだよ、シケタ面しやがって」



 涙の跡は無いと思うが、表情が表に出ていたのだろう。


「色々あったのです」



 陽太はそれを聞いて尋ねる。


「大方、真飛流さんと喧嘩でもしたか?」


「……そんな所」



 ここで陽太は気になる事を訊く。


「…………菜々緒は?」


「真飛流さんと喧嘩してる」


「……いつもの事か」


「そうだけど、若干違う」



 怪訝な顔をする陽太。


「若干?」


「うん。お互い、事前説明無しに利用しあってるせいで収集つかない」


「……やっぱり、いつもの事か」


「そう……ですね」



 陽太は未だ、『菜々緒の妊娠は嘘』と言う話を知らない。


 『菜々緒は陽太に飽きて別れる口実でそうした』話も勿論知らない。


『婚前交渉はしない』と言って、貞操を守っていたのに、いきなり婚外子を妊娠したと言う認識である。



 陽太はその相手を探すべく、何か調べているらしいが、段々真実に辿り着こうとしている。


「---菜々緒の奴、婚約者が居る話しが出て来た」


「……マジ?」


「ああ。しかも殿様の血筋らしい」


「へぇ〜。---そいつが怪しいと?」



 これに陽太は否定する。


「いや、当該時期にそいつは参勤交代で帝都へ居た」


「……へぇ〜」



『更に謎は深まるばかり』な雰囲気を出す陽太は車窓を見る。


「でもよ……。---段々調べてる内にアホらしくなったんだ」



 徐々に空模様は悪くなる。


 陽太はそれを眺める。


「本当は俺達に愛想尽かしたんじゃないかって」



 ---『達』ではないが、『陽太に飽きた』と、菜々緒は確かに言っていた。



 割と推理が得意な陽太は、いつか不要な火種に着火するのではないかと、夜弥美は少し焦る。



「正直言うと、……僕も真飛流さんに愛想尽かされた」





『価値が無い』


 その言葉が引っ掛かるが、それが真実だろう。



 陽太は目を丸くする。


「んだよ、お前もか」


 どことなく、バツが悪そうな態度を彼は取る。






 夜弥美は陽太の過去はあまり知らない。



 親に奴隷商へ売られて、買い取られてはまた奴隷商へ戻されたりを転々と繰り返されていた話。


 自己防衛や弾除け役で使い道になる様にと、奴隷商から剣技を教わった話。



 この2つだけ。


 むしろ、これ以上は訊かない。



 それでも、問題は無い。


 幾度もお互い、背中を預けてきた。



『菜々緒さんが信用してるから大丈夫だろう運転』



 そんな気概で。





 それが今ではお互い、事実上は恋人に捨てられ、意気消沈。


 傷の舐め合いはしないが、これからは悲しみに耐えて生きて行こうと必死である。



 吹っ切れる為にも、先ずは今まで居た土地から離れよう。


 都市間移送の乗り合い自動車なので、その内、大都市へ出られる筈。



 そう言う考えが合致した2人は自然と一緒に進むのであった。



 それが例え---、


「次のバス、1時間後ですね」


 ---バス停で唖然とする2人でバスの乗り継ぎ旅でも……。









 2人が仮目的としていた地域。


『ダイニング』と言われている都市に到着。


 最近、横文字が流行っているので、『台所』から『ダイニング』になったらしい。





 道中、他愛も無い会話をしながら来たので、割とあっという間にであった。


 日は既に沈みかけている。



 ちなみに、鉄道で来ようならば、時間はおよそ半分だが運賃が高い。


 高速鉄道を使えば更に速いが、運賃は更に倍になる。



 なので、庶民はこうしてバス移動が多い。





 夜弥美は街並みを見てふと思う。


「キッチンじゃないんですね」



 陽太は鼻で笑う。


「お前は何を言っている?」



 夜弥美は苦笑いをする。


「どうします?」



 自然と尋ねる夜弥美。


 これに陽太は少し悩む。


「……旅は道連れ世は情け。---とは言え、ここで解散しようぜ。……元メンバー」



 悲しい顔をしながら言う陽太。


 これに夜弥美は引き止め様か悩む。



 しかし、悩んでいる内に、陽太は足早に去って行った。


 なので夜弥美は叫ぶ。


「あ、えっと……。---またどこかで!」



 この30分後、また会う訳だが……。





 考える事は皆、同じである。



 陽太は「まぁ、そうなるわな」と言う。


 夜弥美は「冒険者ですから」と苦笑いする。



 2人は最寄りのギルドで再会。



 しかし、夜弥美と陽太でパーティーは組まない。


 陽太は既にパーティーを組んで、これから夜のクエストへ早速向かうと言う。



 夜弥美は軽く依頼書を見てから、今日のところは何も受けない。


 明日から軽い準備運動がてら、この地域のクエスト事情を探りつつ、長く組めるパーティーを探す。





 もう何度目のギルドと活動地域の転向か数えていない。


 今までは、事ある毎に打ちひしがれて憂鬱な気分であった。



 しかし、今はもう違う。



 少し、昔の高揚感が出て来た。





 勇者と言う夢が枷となり、心を蝕むならばもう諦める。





 そう言うのも肝心なのではないか。


 逃げると言う選択肢。



『折角生還したんだ。これからは健康に生きる。あと、命掛けて常に生きる理由は無いんじゃねぇか?』



 陽太からバスの中でそう言われて、気付いた。



 もう無理はしなくて良い。


 自分に合うコミュニティを探す。


 若しくは、このままソロか……。


 ---それもまた人生だろう。





 そう思いながら、夜弥美はギルドを去ろうとすると、人々がコソコソ話し始める。


(はて、何だろう)



 それを掻い摘んで聞いていると、こんな噂が流れて来た。



 ---勇者様がこれから来る、と。



(召集だろうか)





 かなりの権限を持つ勇者に与えられた唯一の縛り。



『妖魔軍幹部討伐召集に声が掛かれば必ず来なければならない』





 ---そして必ず打ち倒す。


 敵前逃亡は許させない。



『例え死してでも、幹部へ喰らい付き、倒せ』



 この国ではそうしたのが未だ美学、文化、シキタリとされており、諸外国からは異端だと言われている。


 故に、外国からの勇者は殆ど来ない。




 とは言え、---そんな『敵前逃亡禁止』と言う法律はそもそも無い。


 むしろ、勝てないのであれば禁戦略的撤退を幕府政権は推奨している。


 そう易々、貴重な勇者を失う訳にはいかない。


 しかし、文化が根強過ぎてそうも行かず、政府は頭を抱えているのである。



 最近、魔王軍の協力が薄くなりつつあるのは、そのせいだと言う噂も……。





 そうした事情があるが、勇者が来ると言うのは一大イベントである。


 一種の祭り状態。


 前夜祭的なアレである。



 別れ際まで割と破天荒、痴情のもつれで平気で喧嘩をする菜々緒と真飛流だったが、実は凄い実力の持ち主である。


 なので、通常であれば、このギルドの様に居るだけでチヤホヤされるアイドル的存在だが、アノ町では『変人』扱いされている。


 元はチヤホヤされるのが嫌で『わざとキャラクターを作っている』と言う説もある。


 真実は知らない。


 夜弥美が知っているのは、


『昔はそれはもう、見た目と性格も上面だけはお嬢様なお陰でモテモテ。しかし中身はトゲトゲした性格で、男を選り好みし過ぎて結果、行き遅れ。しかし、最近は夜弥美にデレデレし過ぎて別人かと思った』


 と、笑う、ギルド受付嬢の言葉である。


 菜々緒の事は、


『希望と下心を持ってパーティーに加わったら、1週間〜2週間。長くて1ヶ月で逃げ出す始末』


 と、ゲンナリする、ギルド受付嬢の言葉である。



 従って、勇者パーティーなのに、不人気パーティーなのである……。


 訪れる人は皆んな、幻滅して加入すらせずに帰る。


 中々、辛辣な現実でもある。





 夜弥美はこの都市の勇者が気になったが、スマホの充電は瀕死状態。


 予約しているカプセルホテルへ行かねばと、思いながら足早に去ったのである。









 翌朝。


 ギルドへ来ると勇者の話題で持ちきりだった。



 美女が2人。


 美男子が1人。



 3人もの勇者が来たと、盛り上がっている。


 それだけ、大きな戦いがあるのだろう。



 今日はクエストを受けるとか言う場合ではない様子である。



 誰もが勇者との交流を待ち望んでいる。





 ---ライウン様が来た!





 女性の黄色い声が聞こえる。


(成程、芸人顔負けの甘い顔に、スラっとして高い背丈。鍛え上げられた筋肉は服の上からでも判る。---これは相当な手練れ)



 その後ろにはパーティーメンバーだろうか。


 ゾロゾロとオッサンが付いてくる。


 皆んな、屈強そうな男であり、武器の大きさも違う。



 ライウンと言う勇者は、ギルドへ入る。



「おはようございます」



 そう低音ながらも、よく聞こえる声が受付フロア内に響く。


 その場に居る全冒険者が挨拶を返す。


 夜弥美もそれに倣う。



 そのあと、ライウン一行は2階の所長室へ消えていった。





 夜弥美は受付窓口へ行く。


 この地域での活動は初めてなので、個人情報カードを見せつつ、そこで軽いレクチャーを受ける。


「その若さでランク8は凄いわねぇ〜!」



 そう褒められつつ、『勇者にならないか』と言う旨を言われたが夜弥美は断る。


「いえ、僕は名も無き冒険者で良いです。それに……。---ほら、仲間レベルが0でして」



 オバチャン受付嬢は驚く。


「あらやだ、ランク8の冒険者さんなのに珍しいわね」



 苦笑いで夜弥美は返す。


「よく言われます」


「そうねぇ〜。でも、---あと1ヵ月すれば仲間レベル1だけども……?」



 夜弥美は驚く。


(未だ解散していない?)


「ああ、そのパーティー、もう抜けたと言いますか解散した筈なのですが……」


「あらそうなの。でも勿体無いわね、120回以上の高難易度クエストもしてるし、期間もあと少しなのに〜」


「そうなのですよ〜。---なので、削除して貰えますか?」



 夜弥美は決断する。


「良いの?」


 受付嬢は念の為、確認する。



「はい、構いません」


 過去との訣別。



(真飛流は結局、僕をどう利用するつもりだったかは知らない。……聞きたくもない)



 今まで心に負って来た過去の傷。


 これ以上、もう要らない。


 聞けばより一層、傷がまた広がり、次こそ再起不能だろう。



 どうせ再起不能になるならば、名誉の傷を勲章にして冒険者を引退する。


 それか、---冒険者稼業をしている以上、危険と隣り合わせ。


 クエスト中に命を落としても、今更、悔いは無い。





『吹っ切れたと言うか、それは自暴自棄になっているだけだな』



 陽太にはそう言われたが、そうかもしれない。


「いや、良いんだ。今までむしろ、何で気にしなかったのか位、考え無しだったから、お陰で気付けたよ。---ありがとう」


 陽太は何とも言えない表情でそっぽを向いたのが印象的であった……。





 パーティーメンバー削除の手続きが終わったあと、受付嬢は何かに気付いた様子だった。


「パーティーが存在している以上、もし、間違いだったりしたら、訂正出来るから言ってね。怪我とかでの一時離脱と扱いは変わらないから、安心してね」



 そう気を使ってくれたが、夜弥美の心はそこには無い。


「はい、判りました」



 そう一言言いつつ、クエストを受けたい旨を伝える。


「ドブさらいでも何でもします」


「……変化球の強いクエストね。この地域じゃないけど」


「冗談です。---本当は受けたいクエストがあるんですが……」





 夜弥美はそのクエストを受ける。


 受付嬢には冒険者ランク4の少しレベル帯の低いクエストだったので驚かれる。


 それに加えて、


「勇者様との交流は……必要無さそうだし、ゆっくりしてらっしゃい」


 そう言われ夜弥美は顔に出ていたのか、受付嬢に、


「あら、ごめんなさい。お節介で……」


「いえ、お気になさらず」



 そう言って夜弥美はギルドの建屋の外へ出る。



 その時、出入り口の窓に映り込む自身の顔が今にも泣きそうな顔になっていた。


(良かった……。ムスッとした顔じゃなくて)



 そう思いながら、夜弥美は現場へ向かうのであった。


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