第28話 胸が当たってます

  

 俺とシャルの前で彼女たちはゲラゲラと笑う。


 今、伏見甚太の中身は辛酸を舐めさせられながら戦場を生き抜いてきたアラフォーのおっさん傭兵だ。

 だからまぁこれだけ酷い経験も飲み込める。

 ――だが、まだ高校生の伏見甚太にとっては辛かっただろうな。


 シャルはベンチでうつむいたまま……こいつ密かに手元で機械ガジェットイジってやがる。


(遠隔ハッキングか。こいつらのスマホの中身を抜いてやがんな)


 シャルがエルマと一緒に開発していたハッキングツールだ。

 磁気で周囲のスマホを狂わせてから強電磁波を使い数分でデータを自分の機械にコピーできてしまう。 

 恐らく、このままここにいる全員の弱みを握るつもりだろう。


 こいつらが話し始めてからすでに5分くらいか?

 もう全員分は抜き取っただろうし、こいつらが立ち去るまでシャルはこのまま静かにしてるだろうな。


 そんな風に思っていたが、シャルはうつむいたままポツリと呟いた。


「……何が面白いの? 頑張って告白した……それって立派な事じゃない」


(――シャル?)


 ここで口を出すなんてシャルらしくない。

 いつもなら怒りを心に秘めて、相手に倍返しの復讐をするのがシャルだ。

 何か、相当頭にくることがあったのだろうか。


「はぁ? 何だよチビ、文句あんのかよ」

「告白は凄く勇気がいることよ。例えフラれたとしても……私はカッコ良いと思う」


 シャルがそう言うと、彼女たちは笑った。


「ぷっ、良かったじゃん伏見! こいつあんたにベタ惚れだよ!」

「結構可愛い声してるじゃ~ん! その前髪どうにかすれば?w」


 ギャルたちは笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。

 その一方で唯一笑わなかった山城は大きくため息を吐いた。


「あ~、萎えた。別にそいつが良いならもう放っておいてよくね?」

「え~、もっと遊ぼうよ。ほら、伏見の情けない動画だっていっぱいあるし……あれ? なんかスマホ調子悪いな?」

「もう良いからカラオケ行こ。早く行かないと時間無くなるでしょ」


 山城がそう言って全員を引き連れて行った。

 ベンチでシャルと2人きりになると、俺は話しかける。


「珍しいな。シャルがあんな風に怒るなんて」

「だって……だって……。伏見甚太は勇気を振り絞って告白をしたのよ。自分じゃダメだろうって思いながら、震えながら……」


 そう言うと、シャルは悔しそうにスカートを膝元でギュッと握った。


「それをあんな風に笑うなんて信じられない! 伏見甚太は立派よ、私は……上手く告白出来なかったから……」


 そして、シャルは突然隣に座る俺の頭を掴んで引きよせ、ボールでも抱えるようにギュッと胸に抱きしめた。


「――おいっ!? シャル!?」

「ごめん龍二。我慢して」


 シャルの胸に抱かれながら、身動きが取れなくなった俺は諦めて身を委ねる。

 どうやら何らかの気持ちが抑えきれなくなったようだ。

 傭兵として未熟だ、なんて気持ちがよぎったがそれはお互い様だな。


「……貴方は龍二だけど。伏見甚太の体験も残ってるんでしょ? じゃあ、きっと心は傷ついているはずよ」


 シャルは俺の頭を撫でながら優しい声で囁く。


「だから言わせて、貴方は頑張ったわ。私は絶対に笑わない。偉いわ、良い子」

「……良い子ってお前な」


 今まで子ども扱いしてきた仕返しかよ。

 なんて思ったが、意外と効果的なセラピーだったようで……。

 シャルの励ましの言葉に俺の心の傷が癒えていくのを感じた。

 俺の中の伏見甚太の人格が、救われているようだった。


「……おい、シャル。そろそろ離せ」

「え~、もう少しくらい良いじゃない」

「ダメだ。俺を解放しろ」


 シャルを説得してホールドを解かせた。

 正直言って、かなり危険な状態だった。

 まだ頬にシャルに押し付けられた小さな胸の余韻が残り、残り香に心臓がバクバクしている。


 そんな俺の気も知らないで、シャルは得意げに自分の胸を叩く。


「仇は私が取るわ! 任せておいて!」

「やり過ぎるなよ? あいつらはまだ高校生だ」

「私だってまだ高校生なんだから、ついやり過ぎちゃうのも仕方がないわよね?」


 シャルはそう言って小悪魔のような笑みを浮かべる。

 実際にやろうとしていることは悪魔のような所業なんだろうが……。


 まぁそれは良いとして、俺には気になったことが一つ。


(シャルにも好きな奴が居たのか……お前が告れば絶対に成功しただろうに。告白されなかったどっかの誰かさんは残念だったな)


 そんな事を思い、心の中で笑いながら俺たちは家に帰った。

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