第29話 堂島がお待ちかねです

「ただいまー」

「お邪魔します」


「お帰りー!」


 シャルと一緒に家に帰ると、先に塾から帰ってきていた亜美が笑顔で出迎えてくれた。

 亜美は一直線にシャルに向かって抱きしめる。


「――ってシャルちゃん、何その地味な格好! せっかく今朝綺麗にしたのに!」

「馬鹿野郎、シャルがあんな姿だとナンパされすぎて観光どころじゃねーだろ」

「あっ、そっか。ヘタレな甚太じゃ追い払ったりできないもんねー」


 俺がどうにか理由を付けると、呼吸をするように罵倒された。


「それと、シャルちゃん! 帰ってきたら、『お邪魔します』じゃなくて、『ただいまー!』って言うんだよ!」

「えぇ!? で、でも私の家じゃないですし……」

「何言ってるの! もうここはシャルちゃんの家だよ!」


 シャルは亜美に抱き着かれながら困惑の表情を浮かべた。

 家族のいないシャルにとっては『自分の家』だなんて感覚は持ち合わせていないのだろう。


「待っててねシャルちゃん! 今、美味しいご飯を作ってるから! お母さんが!」

「お前もたまには作れよ」

「手伝ってるもん! じゃあ、手洗いとうがいをしたらリビングに来てね!」


 亜美はそう言うと、また手伝いをしにキッチンに向かった。

 玄関で2人になると、シャルは俺に言う。


「早いとこ近くに家を探すわ。流石にずっとお邪魔するワケにはいかないもの」

「別にウチに居て大丈夫じゃねぇか? あの様子だと」

「気遣ってくれてるだけよ。他人が家に居るなんて落ち着かないでしょ」


 シャルはそう言って、洗面台に向かった。


       ◇◇◇


「「いただきまーす!」」


 手を合わせて夕食を食べ始めると母、伏見桜はいつも通りのほほんとした雰囲気でシャルに語りかけた。


「そういえば、シャルちゃんの親御さんにご挨拶したいわ~。大切な娘さんを預かっているわけだし」

「あっ、私両親はいないんですよ。どちらも小さいころに居なくなってしまって」


 シャルがそう言うと、桜と亜美は食事の手を止めて驚いた表情で目を見開いた。


「……ど、どういうこと?」

「母はどこかに行ってしまいまして、父はその……事故で亡くなってしまいました」


 流石に自分の手で殺しただなんて言えないシャルは言葉を濁す。

 ちなみに、シャルは傭兵として従事することですでに罪を償い終えている。

 まぁ、俺からしてみればシャルに罪なんてないけどな。


「…………」

「…………」


 シャルの境遇を聞いて、亜美と桜は絶句してしまった。

 重くなった雰囲気にマズいと思ったのか、シャルは慌てて笑顔を作る。


「あっ、でも父親が亡くなった時に保険金が沢山入って! だからこうして日本の留学に来たり、自由なんですよ! あはは!」


 笑い話にしようとしているシャルに、桜と亜美は席を立ちあがって両脇からギュッと抱きしめた。


「辛かったね……大丈夫、好きなだけここに居て良いから」

「シャルちゃん、これから貴方はうちの子よ」


 2人の様子にシャルは困惑の表情を浮かべる。


「い、いえ! 大丈夫です、ご迷惑をおかけするわけには……!」

「迷惑なんかじゃないわ。シャルちゃんが迷惑じゃなければね」

「うん、嫌だったら出て行って良いから。一緒に暮らそう」

「えぇっと……その……あれ?」


 2人の腕の中で、シャルは困惑しながらポロポロと涙を流した。

 初めて親の愛に触れて、家族だと言ってもらえた。

 シャルの中にある埋まらない心の隙間の一つが満たされたようだった。


「グスッ、ごめんなさい。何だか、涙が出て来てしまって……」

「いっぱい甘えて良いのよ。私も娘が一人増えて嬉しいわ」

「うん、馬鹿甚太も私も居るから。何でも言って。ね? 甚太」


 シャルと家族になれるなんて、俺にとっては長年の夢みたいなもんだ。

 俺は亜美の問いかけに応える。


「早く食わねーと、飯冷めちまうぞ」

「……あの馬鹿は放っておいていいわ」


 照れ臭くなってそう言った俺は、亜美に睨みつけられながら飯を食った。


       ◇◇◇


「…………」


 風呂から上がって自分の部屋に戻ると、シャルが俺の部屋でパソコンをいじっていた。

 今日、あのギャル達から抜いたスマホのデータを見て何やら手を打っているようだ。

 まぁ、それは良いんだが……。


「シャル、それ俺のシャツだろ。何で着てんだよ」

「……これ、ゆったりしてて丁度良いのよ。部屋を出るときには脱ぐわ」


 風呂上がりのシャルはダボダボなシャツを着た状態でタイピングを続ける。

 下は履いているはずだが、身体全体を覆っているせいで何も履いていないように見えてしまう。

 哀れな男の都合の良い脳内補完である。


(これじゃ、俺の身が持たねーな。やっぱり出て行ってもらうか?)


 そんな事を考えていると、スマホにメッセージが来た。

 送信相手は……堂島だ。


『明日の朝6時に学校に来い遅れるんじゃねーぞ』


 どうやら早朝に俺をボコって教師たちに見つからないようにしたいらしい。

 相変わらず句読点は使えていない。

 あいつのことだ、当然クラスメート全員を呼んでいるだろう。

 それで、全員に動画を撮らせて俺をボコボコにするつもりだ。

 そう上手くいきゃーいいがな。


 明日はシャルも転入してくるし、こいつの誘いに乗って、早朝にケリをつけておいた方が良いだろ。


(……さて、シャルの方はどうなるかな)


 悪魔のような笑みを浮かべてパソコンをいじるシャルの後ろで、俺はそんな事を思っていた。

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