第26話 悪者に制裁を!
「伏見! テメェはクビだ! 堂島によ~く可愛がってもらえよ」
「分かったから、早くバイト代寄こせよ。いつも手渡しでくれてんだろ。今回は抜くなよ? ちゃんと満額寄こせ」
もともと、この店を続けるつもりはなかったからな。
情報もある程度手に入ったし、今日働いたことでこの身体の情報処理能力の限界も分かった。
だからもうここに居る必要はない。
だが、自主都合で辞める場合は法律的に2週間前に伝えないとダメらしい。
別に無視しても良かったんだが、こうやって斉田を怒らせて俺をクビにさせた方が確実だ。
だからわざわざガキみたいに煽りまくったんだが……拍子抜けするくらい簡単だったな。
「時給1000円だろ? 今日は8時間働いたから8000円だ。ちゃんと寄こせよ」
数万円分の働きはしただろうが、まぁ別に良い。
少しでもシャルに金を返しておかなくちゃな。
「馬鹿が、渡すわけねぇだろ。辞める奴に金なんか渡すかよ」
「――あ?」
まだ痛い目を見たいみてぇだな。
そう思って斉田を睨みつけると、店の入り口の扉が開いた。
「いけませんね。彼が働いていたのは私たちも見ていましたよ」
「えぇ、お客さんたちを笑顔にする良い接客でした」
そう言いながら入って来たのは高級スーツに身を包んだ稲垣会長、そして水島社長。
今朝、そうとは知らずに斉田が暴言を吐いた2人である。
「あん? なんだテメェら。どっかで見たことあんな」
一方の斉田はまだピンときていない。
お前が俺をクビにできるように、お前の事をクビにできる2人だぞ。
稲垣会長と水島社長は斉田に笑顔を向ける。
権力の大きさ的にはゾウとアリンコくらいの差があるだろう。
「
「提出された履歴書に書いていることは嘘だらけでしたね。おまけに以前の会社でもパワハラで解雇されていました」
「……な、なにふざけた事言ってんだよ。そうだ、お前らは今朝来てたジジイとババアじゃねぇか。何でそんなスーツなんか着て――」
斉田が戸惑っていると、2人の傍についている黒スーツの男性が声を上げた。
「ジジイ、ババアとは何だ! この御2方は『山岳ホールディングス』の代表、稲垣会長と水島社長だぞ!」
流石に親会社の名前くらいは知っていたようだ。
斉田は顔を真っ青にして雨にでも降られたかのように冷や汗をダラダラと流し始めた。
「良いんですよ、私たちはジジイとババアですから」
「そうですね。"今は"良いですよ。ただ、お客として来たのであればちゃんとおもてなしをしなくてはなりません。あんな態度では、当然いけませんよね」
「お、俺はクビになるんですか……?」
急にしおらしくなった斉田。
2人はニッコリと微笑む。
「クビ? 何生ぬるいことを言っているんですか?」
「言ったでしょう? 『貴方の事を調べさせてもらった』と。すでにいくつか心当たりがあるんじゃないですか?」
「……そ、それは。わ、分かりました! 辞めます、責任を取って辞めますからどうかご勘弁を……!」
すでにシャワーでも浴びたかのような汗を流して土下座をする斉田。
2人の表情は微笑んでこそいるものの、その瞳はすでに犯罪者を見るかのようだった。
「斉田直木、文書偽造罪や労働基準法違反を始めとした複数の罪で告訴をさせていただきます」
「貴方のような人間は周囲を悲しませる。社会の為にも法廷で、余罪含め徹底的に追及させていただきます。責任を取るとはそういうことでしょう?」
(斉田、お前にとっては一番恐れていた事態だろうな)
資金が潤沢な人が社会的正義の為に起こす裁判。
すでに勝敗は見えている。
そして、刑罰は重複する。
斉田が一体いくつ犯罪を犯しているのかは知らないが、シャバに出るまで結構かかるかもな。
「そしてもちろん、彼。伏見甚太さんにもちゃんとお給料を払っていただきますよ」
「先ほどの話を聞いていましたが、何ですか『時給1000円』って。この店の本来の時給は『1300円』でしょう? 貴方が提出している報告書にはちゃんとした時給で払っていると書かれていましたが?」
おいおいおいおい、マジかよ。
現金を手渡しの時点で怪しかったが、こいつ俺の給料を4分の1近くも抜いてやがった。
その言葉を聞いた瞬間、この店のスタッフたち全員が斉田を睨みつける。
「はぁ? どういうこと? 時給1300円?」
「噓でしょ? 全然違うじゃん」
「ふざけんな! 返せよ! 今まで私たちが働いてきた分!」
「ずっと、あんたが自分の金にしてたんでしょ!」
バックの堂島が怖くて強く不満は言えなかった彼女たちもこれにはブチギレる。
そりゃそうだ、1300円分の働きをして1000円しかもらえてなかったんだから。
斉田は憔悴した表情で彼女たちにも土下座をする。
「ね、ねぇんだ! 返せる金がねぇ! パチンコで全部使っちまって……」
稲垣会長と水島社長は俺たちに深く頭を下げた。
「お店を営業できているのはアルバイトの皆さんの頑張りによるものです、本当に申し訳ございません」
「斉田から取り立てるまで、ひとまず本社から補填いたします」
人が店を作っているということを2人は重々承知しているのだろう。
とても偉い2人に頭を下げられて、逆に女子高生たちが戸惑っていた。
「それから、もし余分に働いていた場合はその分の時間外手当も支給いたしますのでご遠慮なく申し出てください」
「この様子だと、タダ働きもさせられていただろうと思いますからね」
その言葉を聞くと、金井が俺を肘で小突く。
「えっ、マジ? 伏見ちゃんと申告しなよ。アンタいつも早めに来て仕込みしてたじゃん。しかも遅くまで残らされてたし」
何でお前が嬉しそうなんだよ。
まぁ、いいか。
とにかく俺は店を辞めるから、金だけもらって――
「……そして、伏見甚太さん。そして金井
「卒業後の進路はお決まりですか? もしよろしければお2人を幹部候補生として、本社で採用させていただけませんでしょうか?」
2人はそう言って、俺と金井に名刺を渡した。
金井は自分がスカウトされていることが分からず、目を点にしている。
「甚太さんの語学力、対応力は逸材です。これから進出予定の海外支店のオーナーを任させて頂きたい。最低年収2000万円はお約束しましょう」
「それから、金井さんの働きぶりは従業員の模範になると判断いたしました。貴方のような素敵な従業員を増やしていきたいです。どうか、共に良い会社を作っていきませんか?」
完全に営業モードに入っている2人は今日一番の笑顔を見せる。
金井の価値も見抜いてるみたいだし、やっぱり代表を務めるだけあってかなりのやり手だなこの2人。
「えっえっ、嘘! 私、就職できるの!?」
丁度就職について悩んでいた金井は犬が尻尾を振るように興奮する。
就職できるどころじゃない。
株式会社『山岳ホールディングス』の幹部候補生。
本来なら超高学歴の一部しか選抜されないエリートコースだ。
その中に金井のような人材も必要だと思ったのだろう。
飲食業を馬鹿にしていた金井の親はひっくり返るだろうな。
「誤解なさらず、あくまで候補生ですので入社してから頑張らないとダメですよ?」
「そ、そっか……クビにならないように頑張らないと……!」
クビとかそういう話じゃない。
金井はまだ『正社員になれるかもしれない!』くらいの気持ちなのだろう。
お前、会社動かす側の人間だぞ?
まぁ、一生懸命な金井なら問題ないはずだ。
そして、俺はもちろん断る。
「有難いお話ですが、俺は遠慮させていただきます」
そう言うと、周囲の女子高生たちは『え~!』と声を上げた。
残念だったな、俺以外の金づるを探せ。
「……そんな気はしていました」
「きっと貴方にはもっとふさわしい場所があるのでしょう。それでも、たまにはウチのお店に食べに来てくださいね?」
2人はそう言って簡単に身を引いた。
やはり人の上に立つ人間には何かを見抜かれてしまうようだ。
「板垣会長! 水谷社長! どうか、どうかご慈悲を……! 横領していたお金は働いて返します! 俺は、暴力団に脅されてて仕方なく……」
斉田は店の床を汗や涙やらで濡らしながら必死に命乞いをする。
あと、稲垣会長と水島社長だぞ。
「それは裁判所が判断することです。やはり反社とも繋がりがあるようですね、その時点で契約違反ですよ」
「それではお邪魔いたしました。金井さん、今度ご一緒にお食事にでも行きましょう。ご家族ともお話をさせて頂きたいです」
そう言って2人は店を出ていく。
魂が抜けたように床に倒れ込む斉田を店に置いて……。
「やった~! 頑張れば社員になれるかも! よ~し、今から沢山お店の事を勉強して頑張るぞ~!」
まだ勘違いしている金井。
まぁ、約束通り会長と会食すれば嫌でも分かるだろう。
きっとお前の両親も考えを改めるさ。
◇◇◇
「お~い、帰ったぞ~」
何だかんだで疲れた俺は家に帰った。
1300円の時給の8時間分、10400円を握って。
あの後、他の女子高生のアルバイトたちが俺にいくらかバイト代を分けてくれようとしたが断った。
俺の方が働いていたからだとか助けられたからだとか言っていたが、これ以上女子高生から金をもらうのはハタから見たら良くない。
俺が床にこぼしたケチャップも拭いてもらってたしな。
「ほら、甚太が帰ってきたよ! 見せに行こ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 心の準備が!」
玄関を上がると、亜美がシャルの手を引いてやってきた。
2人は送られてきた画像と同じように浴衣を着ている。
シャルの綺麗な金色の髪は後ろでまとめられていて、赤いかんざしで整えられていた。
金魚があしらわれた浴衣はシャルの白くて綺麗な肌とスラリとした体格に良く似合い、芸術品のようだ。
2人とも、お祭りを楽しんできたのだろう。
シャルの頬は亜美がもう片方の手に持っているリンゴ飴のように赤く染まる。
「やっぱり、スースーして少し落ち着かないです……」
「大丈夫、可愛いよ! ねっ、甚太!」
「…………」
息をするのも忘れるくらいに見とれていた俺は、亜美の腕を引いて耳打ちした。
「おい、この浴衣どうしたんだよ?」
「えへへ、買っちゃった。セールで、2着で1万円だったから」
「そうか。亜美、ほら1万円だ」
俺が今日のバイト代のほぼ全てを手渡すと、亜美は驚く。
「えぇ~、払わなくていいよ! 私が遊んだお金だし!」
「馬鹿野郎、シャルの着物姿は10万円分の価値がある。実質、俺は得してんだよ」
「わ、分かるような……全然意味が分からないような……」
「あとお前の浴衣、胸元に焼きそばのソース付いてんぞ」
「あぁっ! 本当だ、大変! 急いで水で洗わないと!」
謎理論で押し切り、亜美は俺の金を持って洗面台に駆け込んだ。
ちなみに浴衣姿は亜美と2人で20万円分の価値がある。
そして、玄関でシャルと2人きりになった。
「シャル、金返す。今日働いてきたからよ」
俺はそう言って、シャルに残りの400円を手渡す。
あまりのショボい金額にシャルは眉をひそめた。
「……龍二、返す気ある?」
「あるある! 大ありだ! それで……また3万円ほど貸してくれないか? ダンベルとか買いたくてよ」
「はぁ……まぁ別に返さなくてもいいんだけど」
シャルは呆れたように大きくため息を吐いた。
ヒモになった気分だ。
「そういえば、シャル。重道高校には入学できそうなのか?」
「うん、重道高校はとりあえず仮入学させてから様子を見る制度をとっているみたい。問題無ければそのまま入学できるって」
「なるほどな、仮入学はいつからだ?」
「もう連絡したから月曜日には入れるわ」
「早ぇな。明後日じゃねぇか」
「早朝に面談して、そのまま入れるらしいの。外国人だからサポートが必要だって言って龍二と同じクラスに入れてもらうつもり」
「そうか……となると、当然席も隣だよな……」
制服姿のシャルが隣に座っていて、俺は落ち着けるのだろうか。
そんなどうでも良い心配をし始めた。
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