第25話 斉田終了のお知らせ
「はぁ!?」
「何だこいつ、食器で――!?」
(こいつら日本人か。動きも素人だな)
「ふんっ!」
テーブルナイフで防いだ方の男のサイバイバルナイフを持つ手を思いっきり蹴り上げると、サバイバルナイフは宙を舞った。
その隙に俺はテーブルナイフをテーブルに置いてあるマスタードのボトルに持ち替えて、握りつぶしてその男の目に吹きかける。
「ぎゃあああ!」
「何やってんだ、オラァ!」
悶えている隙にフォークで防いだ方の相手がサバイバルナイフを引いて振り回してきた。
(素人は武器に頼っちまう。これなら殴りかかってくる方が厄介だったぜ)
サバイバルナイフを持つ腕を掴むと、俺はみぞおちに肘打ちを入れた。
これは上手くやれば子供でも大男を失神させることができる技だ。
その男は小さくうめき声をあげるとそのまま崩れるように床に倒れる。
「くそっ、視界が……!」
男が顔のマスタードを拭っている間に先ほど俺が蹴り上げて、宙を舞っていたサバイバルナイフが落ちてきたのでキャッチする。
それと同時に、床で失神している男の首元と手に持ったサバイバルナイフに今度はテーブルのケチャップをかけた。
マスタードを拭い終わったその男が目にしたのは、真っ赤な液体がしたたるサバイバルナイフを持った俺と首から真っ赤な液体を垂れ流して床に倒れている仲間の姿だ。
「お前も死にたいか? 嫌なら降参しろ」
「ひぃぃ……」
俺がハッタリをかますと、その男は震え上がって両腕を上げた。
これだけ錯乱していればケチャップと血の見分けもつかないだろう。
(……さてと)
そして、騒然としている店内の客に向けてペコリとお辞儀をした。
「"お料理をお待ちいただく間のちょっとした余興でした。いかがでしたでしょうか?"」
そうすると、最初の一人を皮切りに拍手が巻き起こる。
最初に大きな拍手をして、周囲に促したのはキッチンに居る金井だ。
英語も分からないだろうに俺の気持ちを察してやってくれたんだろう、マジで有能すぎるなコイツ。
ノリの良い外国人たちはすぐに指笛を吹いて湧き上がる。
「"わお! 忍者は本当に居るんだね!"」
「"ビックリした! 迫真の演技だったよ!"」
「"刀を使ったモノはないのかい? 侍のチャンバラも見たい!"」
外国人はサプライズが好きだからな。
俺は失神した奴を背負うと、降参した男を前に立たせて脅す。
「このまま倉庫に行く。逃げようとしたら殺す」
そして、今こいつらに襲われて唖然としたままの少女にも声をかけた。
「"アンタも一緒に来てもらうぞ。事情に心当たりがあんだろ?"」
「"――は、はい! すみません、巻き込んでしまって……"」
フードを深くかぶったまま、少女も一緒に倉庫へと行く。
皿洗いをしていた斉田が俺に突っかかってきた。
「おい、伏見! 何だそいつらは! あとテメェ、勝手に何やって――」
「店長、伏見が休憩入るので忙しくなります! 皿洗い、急いでお願いします!」
しかし、キッチンの金井が斉田を洗い場に押し込んで俺にアイコンタクトをした。
俺に任せた方が上手くいくと分かっているのだろう。
すまん、ついでに床にぶちまけたケチャップも拭いておいてくれ。
倉庫に3人を連れてきて、俺は首からケチャップを垂れ流して気絶している男を床に寝かせる。
このまま死んでいるということにしておいた方が話はスムーズに進むだろう。
「さて、お前らはどうして彼女を狙った? 死にたくなければ答えろ」
そう言って真っ赤に染まったサバイバルナイフを突きつけると、男は恐怖に涙を流しながら答える。
「か、金の為だ! そいつが誰なのかは知らねぇ! そいつを殺せば刑務所に数年入れられるが、その代わり莫大な報酬を用意すると言われたんだ!」
「その話を持ち掛けた奴の連絡先は?」
「こっちから連絡は取れねぇ! 嘘じゃねぇ、指示のメールと写真も俺が確認したら記録が消えちまう指示用の携帯で来てて――!」
(やっぱり、闇バイトってヤツか……こいつは捨て駒だ。これじゃ情報が得られねぇ、命がかかってるこの状況で嘘が吐けるようなタマじゃねぇだろうしな)
「分かった。あと、それ噓だからな。殺しても金なんか支払われねぇぞ」
「――へ?」
救いようのないバカは一旦放置して、俺は襲われた彼女に話しかける。
「"事情を話せるか?"」
「"はい、でも……聞いても分からないと思います……"」
そう言って、彼女はフードを取って俺に顔を見せてくれた。
肩まで伸びた金髪の髪に青い瞳、少し小麦色に焼けた肌。
見覚えのあるその姿を見て、俺は驚いた。
「"君はアーロンの……"」
「"――え!?"」
俺が呟くと、彼女は俺以上に瞳を丸くする。
「"ど、どうして
「"……俺は『SWORD』の隊長だった宮本龍二だ。娘である君の写真はうんざりするほどアイツに見せつけられたよ"」
俺は正体を明かすことにした。
その方が話が早く進みそうだ。
「"あ、貴方があの『無敵の龍』!? 信じられない……私と同じくらいの年齢じゃないですか!?"」
「"……日本人は童顔なんだ。今は高校生のフリして潜伏してる"」
「"確かに父も『龍二はガキっぽい奴だ』って言ってましたが……まさかこんなに……」
転生したなんて言ってすぐに信じてくれるのはシャルだけだ。
混乱させないよう、俺は生き残ったことにして話を進める。
「"あ、改めまして……私はアーロン・スミスの娘、エイラ・スミスです"」
「"それで、どうして命を狙われてるんだ? 教えてくれ、力になりたい"」
俺が力強い瞳を向けると、エイラは教えてくれた。
「"父が所属していた、『SWORD』が壊滅しました。そして父も、帰らぬ人となりました……"」
「"アーロンは俺たちを守って殉職した。……立派な最期だったよ。こうして平和な日本があるのは君のお父さんのおかげだ"」
「"ありがとうございます……!"」
俺の言葉に、エイラは少し涙ぐみながらお礼を言った。
「"ですが、最後のミッションは調べていくと不可解な点が多く。私は『SWORD』の皆さんが誰かにハメられたと思っています"」
「"俺もそれを思って情報収集してるところだ。もしかして……それが原因で襲われたのか?"」
「"そうだと思います。父の仇、『SWORD』を罠にハメた犯人を捜すこと。そして私はもう一つある目的を持って日本に来たんです"」
エイラはそう言うと、緊張したように息をのむ。
「"例のステルスミサイルは日本の最先端技術をマフィアが利用したモノです。恐らく開発者は日本人、今回の最先端科学技術展示会でも名前が出てきてるかもしれません"」
「"そいつが黒幕か?"」
「"分かりません、利用されただけかもしれません。ただ、問題は
俺はすぐにエイラの言いたいことが分かった。
エイラでも知っているということは、当然他の海外マフィアたちもこの情報は得ているだろう。
戦争を起こしてでも利益を得たい奴らはいる。
「"俺たちが阻止した計画がまた企てられているということか?"」
「"その可能性は高いと思います。嗅ぎまわっていた私が狙われたのが良い証拠ですね"」
「"なんてこった、せっかくあのマフィアたちは壊滅させたのに"」
「"他の海外マフィアたちが既に日本に入り込んでいます。きっと、再び日本を火種に戦争を起こそうとしているのでしょう"」
エイラの言葉を聞いて俺は大きくため息を吐いた。
(やれやれ、どうやら俺がこの身体でやらなくちゃいけないことはまだまだあるらしいな)
「"事情は分かった。エイラはこの後どうするんだ?"」
「"私だって傭兵の娘です。これくらいじゃ諦めません!"」
「"……分かった。だが復讐は俺がやるから、エイラは自分の安全を第一に動いてくれ"」
そう言って、俺はエイラと連絡先を交換する。
とりあえず、日本に入り込んでる海外マフィアたちに
「"まさか大衆の面前で襲ってくるとは思わなかったな。まぁ、馬鹿が利用されたせいだが。流石はアーロンの娘だ、今回はイレギュラーだったが潜伏の基礎は習っているみたいだな"」
俺が褒めると、エイラは頬を赤く染める。
「"あ……そうじゃなくて、日本料理がどうしても食べたくてこのお店に……。お好み焼き、とても美味しかったです"」
「"……君は間違いなくアーロンの子だよ"」
せっかくだから楽しんでやろうというその豪胆さ。
シャルも見習って欲しいようなそうじゃないような。
その後、襲い掛かって来た男の一人が気絶から目を覚ましたので脅迫してみたがやはり同じく何の情報も持っていなかった。
気絶してなかった方はお仲間は死んだと信じていたので、目を覚ました時は死ぬほどビビッてたが。
エイラを裏口から逃がすと、俺はそいつらを連れて警察署へ。
後は警察の方でも調査してくれるだろう、期待はできねぇが。
◇◇◇
「あっ、みんな! 甚太君が戻って来たよ!」
「早く助けて~!」
店に戻ると、ホールに居る女子高生スタッフたちが俺に泣きついてくる。
外国語が分からなくて、結構な数の外人のお客さんを待たせてしまっているらしい。
「"すみません、お待たせいたしました。ご案内させていただきますね"」
とりあえず、店先にいたスペイン人にスペイン語で案内をする。
女子高生たちはそんな俺を頬を赤く染めて、呆けた表情で見ていた。
おい、お前らも働け。
◇◇◇
「ふぅ~、終わった~!」
店を閉めると、キッチンで金井が大きく伸びをする。
そして、やっぱりまた女子高生たちが俺のもとに集まってきた。
「それにしても、甚太君ビックリしたよー!」
「そうそう、あれってお友達? 実は舞台俳優とか?」
「迫真の演技で凄かったよね~」
「ナイフを蹴っ飛ばしてキャッチしたり、運動神経も良いんだね!」
「すっごくカッコ良かった! 映画みたい!」
どうやらこいつらもさっきのは俺のサプライズ演出だと思っているようだ。
これだけ平和ボケした国なら海外のマフィアたちもやりやすいだろうな。
そんな風に思っていると、斉田が鬼のような形相でやってきた。
「ふざけんな、勝手なことしやがって! あの後お前が抜けたせいで大変だったんだぞ!?」
「確かに大変そうだったな、ホールの子たちが。お前は皿洗ってただけだろ」
「今朝言ったとおりテメェは今日でクビだからな! この話は堂島にも言っておくぜ? 上納金を払えない奴はぶっ殺されて見せしめにされる、楽しみにしてろよ!」
ついに斉田から『上納金』という言葉が飛び出した。
こいつも堅気じゃねぇんだろう。
そして怒りのせいなのか、もともとその程度の知能なのか。
俺をクビにしたら明日以降は店が回らないことも分からねぇらしい。
俺の背後ではすでに女子高生たちが「甚太君が辞めるなら私たちも全員で一緒に辞めよっかー」と話し合っている。
金井も呆れを通り越したような表情だ。
――そんな中、店の前に白い大型リムジンが停まった。
運転席から黒服の男性が出て来て後ろの扉を開くと、壮年の男性と女性が車から降りる。
ブリオーニとモスキーノのテーラードスーツでビシッとキメている彼らは今日最初に来ていたお客様。
この店『
――稲垣会長、そして水島社長だった。
――――――――――――――
【業務連絡】
今回もお話が長くなり、すみません。
ここからは痛快なざまぁ展開だらけにしていきたいです。
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